体育館の決闘者~The beautiful duelist~
「は?」
全員がポカンとする。当事者の一人の姉さんも素に戻って呆気にとられた顔をする。
「受け取りなさい!」
香取理名はそういって剣道の防具袋みたいな物体と棒のようなものを投げる。これは、剣?
「そう、剣よ。正確にはフルーレというわね。これが何を意味するか分かる?」
フルーレ? ニコ・○ビンか?
「フルーレ? フェンシングでもするつもり?」
ああ、フェンシングね。ってことはレイピアみたいなもんか。んでもって大きな袋にゃ防具が入っていると。どうでもいいけど、レイピアってなんか良いよな。炎の紋章では主人公武器だったりするし。というかどっから用意したんだよ。うちの学校にフェンシングなんかないぞ? あっても剣道部ぐらいだし。「あら? こう先生には言ってなかったっけ? 私これでもハンガリーではそれなりに名の知れた剣士なのよ」
初耳だよ。それよりハンガリーにいたってのが意外過ぎるわ。アメリカにいたとかいう人はいても、ハンガリーにいたって人はそんなにいないと思うんだが。
「こう先生と別れた後すぐに親が離婚しちゃって、母親について行ったらいつの間にかハンガリー人と再婚しちゃってそれで私もハンガリーにいたってわけ」
後日談ぶっ飛びすぎじゃね!? そりゃ日本のどこかにいるとは思っていたけど、まさかハンガリーとは……。
「まあ色々大変だったのよ。察して頂戴。それよりどうする? その剣を受け取ったら決闘を受け入れる意思があると見なすわ。それとも手袋を投げたほうがよかったかしら?」
「雰囲気に酔っているところ水をさす様で悪いけど、決闘だなんて言っておきながら自分の得意分野で仕掛けるのは卑怯じゃない?」
姉さんが体育館内の全員の気持ちを代弁する。フェンシングの盛んな国から来た経験者にずぶの素人が太刀打ちできるわけがない。いや、それ以前に!
「何が決闘だ馬鹿馬鹿しい!! そんなもの許可するわけないだろうが!!」
藤堂先生もかなりキレている。そりゃそうか、スルーされたんだからな。PTA会長もワナワナしているし、香取さん、これは非常にマズイことをしてくれましたね……。
「今すぐふざけた荷物を持って立ち去れ!! さもな『その必要はない』」
怒り心頭、ズラがズレているのにも目がくれず熱くなった藤堂先生の言葉を何者かが遮る。
「誰だ! ふざけたこ……、理事長!?」
「わざわざ紹介ありがとう藤堂先生。新入生諸君、私がこの学園の理事長を勤める御崎原峰子だ。とりあえず入学おめでとう」
今まで静観を決め込んでいた理事長がついにその重い腰を上げる。入学は『とりあえず』おめでとうですか。
「君は香取さんと言ったかな? 彼女に何やら因縁があるようだが、せめて理由を教えてくれないか? 決闘というのは不意打ちでするものじゃない、そうだろう?」
理事長はさとすように話す。いや、今の言い方じゃあ決闘自体を否定してないぞ!
「そうね。決闘とはそもそも互いの命を賭けて闘うもの。大事な部分を割愛したから混乱を招いたなら謝るわ」
演技かかったような口調でサッと頭を下げる。なんつうか中世の騎士みたいな振る舞いだな。
「南雲美桜!! 私はアンタに南雲航を賭けて決闘を申し込むわ!!」
はっ?
「あの……、かと、いや理奈ちゃん? あなたは今、なんとおっしゃいましたか?」
聞き間違いだよな、そうだよな? な?
「大声で言ったんだけどな……、まあいいわ。南雲美桜!!! 私はアンタに南雲航を賭けて決闘を申し込むわ!!!」
パードゥン?
「南雲美桜!!!! 私はアンタに南雲航を賭けて決闘を申し込むわ!!!!」
あれかな? ハンガリー語で聞かなきゃダメかな? え~と、
「Ez egy lag」
理事長、流石っす。僕たちに出来ないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅぅ! 意味は分からないけど多分パードゥン的な意味ですよね?
「いや、それは残像だって言ったんだが」
どうしてこのタイミングでそんな一般人が余程のことがないと使うことがないような文句が言えんだよ!? なに? 僕残像なの!? 存外に残像なわけ!?
「今のは軽いハンガリアンジョークだ」
すんません、ハンガリアンジョークって初耳です。
「アッティラがいたぞ、あってぃら!!(あっちだ)」
「……」
「フン族の間でダッフンダが流行ってんだって、ふーん」
「……」
理事長、なんであなたは、そんなダジャレをドヤ顔で言えんのさ!?
「……、ハッハッハッハッハ、流石理事長は素晴らしいお方だ! 笑いすぎて腹筋が割れそうだ!」
藤堂先生、無理に御機嫌とらなくても良いと思います。
「なにやってんのよ?」
うわー、香取さんすっげえ冷ややかな目でこっち見てるよ。凄いよねー、この子もさっきまで決闘とか言ってたのに……。
「そうそう、こう先生が頭抱えているうちに、決闘決まったからね」
はっ? 今なんと?
「だから、南雲美桜も決闘を受け入れたってことよ」
「こう君、私の剣があなたを絶対護ってみせるからね」
はあああああああ!?
「良いのかしら? ハンデを与えるとは言ってもフェンシング初心者なんでしょ? 今なら突いて守ってジャンケンポンでもいいわよ?」
「そんなものいらないわ! 私はあなたのフィールドで正々堂々勝ってみせるわ!」
「あら? 本気で私に勝てると思ってるの?」
「思ってる? 甘いわね? 思ってるんじゃなくて、勝てるのよ! なぜなら私は、」
あれ? 嫌な予感がしてきたぞ? せーの、
「お姉ちゃん『の娘ぇぇぇぇぇぇぇ!!』!」
体育館の皆様が僕に視線を集める。仕方ない、仕方ないんだ! 姉さんを守るためなんだこんちきしょー!!
「今日の私はこう君を守る騎士よ!」
守るのなら僕の立場を守って下さい……。