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ぷろろーぐそのさん 始めようか天体観測~The STARGAZER~

 姉が帰ってくる?時間まで後20分を切った。始めはあれこれと雑談に花を咲かしたり二人きりでUNOをしていた僕たちも、時間が経つにつれ会話が減り、沈黙の中彼女の帰還?が来るのを待つ。タイムスリップの瞬間に立ち会うという極めて非日常的な出来事を前に緊張しているのか、それとも僕の姉がどんな人なのか気にしているのかは分からないが、隣に座る伊織は心なしか浮ついて見える。

 そういや彼女の紹介が遅れていたな。彼女は麻生伊織。四月から御崎原高校(みさきはらこうこう)の2年生になる。生命力の塊だった僕の姉とは対照的に、少しでも触れてしまえば消えてしまいそうな儚げな印象を与える美少女である。しかし蓋を開けてみると、その儚げな見た目によらず運動は一部を除いて完璧にこなし、加えて成績は学年でもトップクラスにおり、1年生の時点で赤門で知られる某有名大学の赤本を一夏でマスターしてしまったという逸話まである。挙句の果てには良いとこのお嬢様にも拘らず、何一つ厭味に感じさせないその振る舞いと物言い、そして何より癒し系ボイスで学園の男女どちらからも好かれている。確か去年は「芸能界にスカウトされた」だとか、「告白してきた男子(たまに女子)の数は百人にのぼる」だとかどこまでが本当か分からないエピソードを持っている。

 ちなみに所属クラブは僕が顧問をする天文部。また天文部唯一の部員でもある。他の部員は皆先日の卒業式を向かえ、それぞれの進む道に旅立っていった。というわけで天文部は絶賛部員募集中だ。興味がある方は御崎原高校西棟4階地学室へどうぞ。おいしい紅茶とちょっとおかしな先輩が待ってるぞ。

「先生、ちょっとおかしな先輩で悪かったですね」

 モノローグは読むもんじゃありません。

「いや、声に出てましたよ?」 

……気をつけます。というか独り言でクラブの宣伝ってそれはそれでどうなんだろうか。とはいえ部員一人だとクラブとして認めてもらえないわけでして。

「別に僕は先生と二人っきりでもかまいませんよ? まあ、廃部になったらその時はその時で考えましょう。別に望遠鏡さえあれば天体観測は出来ますし」

 さらっと凄い子といってないか、こいつ? 後、卒業された先輩方。どうやら天文部はいきなり廃部になるかもしれません。ここは教師らしく反論してみましょう。

「伊織は良くても僕はよか無いんだなぁ、実は。天文部が廃部になったら僕も顧問じゃなくなる。するとどうなるか?他のクラブの顧問になる可能性が高いのだよ。言っておくけど僕は運動部の顧問は嫌だぞ」

「先生はどちらかというと文化系ですしね。セパタクロー部とかセクシーコマンドー部とかの顧問している姿が想像できませんもの」

 セパタクロー部はうちにはないぞ。後二つ目のやつ、この学校どころか普通の学校にはないからね。

「そうだろ。それに僕はただの社会科教師だ。絵を描けば画伯(悪い意味で)と呼ばれ、歌を歌えば音痴と罵られる。そう考えたら僕に合うクラブは天文部ぐらいなんだ。顧問をするのに特殊スキルもいらないしね。なにより伊織が毎回持ってくるお菓子が美味しいし。天文部は僕のオアシスといっても過言ではないよ」

「あら、そこまで言っていただけると、お菓子を持ってきた甲斐がありましたね」

 微笑みながら言う。ホント柔らかな笑顔しているよな、こいつ。詩人っぽく言うと「地上に舞い降りた月の女神(アルテミス)の微笑み」とでも言うのかな。

「先生、流石にそれは恥ずかしいです」

 月明かりに照らされた彼女は呆れたように言う。ってまた聞こえてた!?

「はい、ばっちりと。心の中で思ったことを無意識に言葉に出す癖は早いうちに直したほうが良いですよ?」

 サ○ラレかよ!?

「まあ褒められて悪い気はしませんよ。ただアルテミスと言われたのは生まれて初めてです」

「僕もアルテミスなんて他人に言ったことは初めてだ」

「ふふ……先生の初めて……頂いちゃいましたね」

「意味が違うだろ!? 何故顔を赤らめる!?」

「まあまあ、少し私も言い過ぎました。謝りますよ」

 ホント、伊織には勝てない気がする。年齢七つぐらい下なんだけどな……

「まあ、部員が入るかどうかは気長に待ちましょう。さっきも言いましたが、廃部になったらなったで仕方ないと思いますけど、だからといって僕と先生との関係が切れるわけではないですから、何時でも遊びに来ていただいても良いですよ?」

 そりゃそうだけど。けど流石に遊びに行くのは後ろめたいぞ。教職者として特定の生徒に肩入れしすぎるのは褒められた事ではないからな。伊織とは去年からの付き合いだ。新任教師としてこの御崎原に戻ってきた僕が始めて担任を任されたクラスに伊織はいた。彼女はクラス委員として、教師としてぺーぺーだった僕をいろいろと補助してくれた。新米ながら担任をなんとか1年間乗り切ったのは伊織のおかげとも言っていいかもしれない。プラス天文部の部員と顧問ということもあり、他の生徒に比べると伊織は僕に近しい生徒でもある。また伊織自身教師で一番仲が良いのは誰かと聞かれたら僕の名前を挙げるだろう。いや、下手すると学園内で伊織と1番仲の良い存在かもしれない。だからか、伊織と会話しているとあちらこちらから殺意を感じるのは……。先生は生徒に手を出すと思われているのかな……。少し悲しいぞ。そんなに伊織と仲良くなりたかったら天文部に入部すればいいのに……と思ったが去年伊織目当てにやって来た生徒が50人ぐらいいたな……。ただ当時の部長の入部テストとやらで皆追い返されちゃったけど。いったい何をしたんだ?また今度聞いてみるか。


 さて、気になってた人もいるかもしれないが……伊織と仲が良いのは分かるけど何で今一緒にいるのかって? 夜の学校の屋上でナニをしようとしているのかって? ナニって……一緒に待ってるだけですよ。姉の帰還を。

「タイムスリップ? 面白そうじゃないですか。それに是非とも僕もその瞬間に立ち会いたいものですね。何ですか? 信じるのかって? 信じますよ。先生が僕に嘘をついてもすぐ分かりますし。だから……部室の冷蔵庫にあった私のエクレアを食べたのは先生ですね?」

 あのエクレア美味しいんだもん……。僕に罪はない。悪いのはエクレアだ。じゃなくて、つい出来心でやってしまった盗み食いの罪を不問にする代わりに、屋上に一緒に来てもらった。まあ、証人は多いほうがいいかもしれないとも考えていたので彼女の提案を受けない理由はなかった。エクレアの件もチャラにしてくれたし。



「それにしても、いくら天文部とはいえ部員一人、顧問一人の弱小部なのによく開かずの屋上を使う許可を出してくれましたね。もし何らかの事態が起きれば学校の責任問題になるのに」

「フフン、理事長を買収したんだよ」

「まあ、それはそれは……嘘ですね」

「中途半端なノリ突っ込みはされたほうが惨めになるぞ。正解は理事長にお願いしたら貸してくれた。でした」

 諭吉一枚を生贄にして。

「そういえば理事長さん親戚なんでしたっけ?」

 この学校の理事長御崎原峰子(みさきはらみねこ)は僕の叔母に当たる。この学校で教師として雇ってくれたのも、彼女のおかげだろう。そのせいか、大学の仲間には縁故就職と言われ続けた。まあ仕方ないか。ただでさえ社会科教師は志望者が多いのに、チート的な裏技を使われたら僕だって同じことを思うだろう。

「10年目の失踪事件……、というよりうちの姉がタイムスリップしたときもこの場所を使ったんだ。その時にここの鍵を貸したのが開けたのは峰子おばさんだからさ。姉は何かを発明するたびここに来て実験してたみたいだし、その日もいつもと同じ、くだらない子供の発明と思ってたんだろうな。」

 御崎原高校に進学予定だった女子がその高校の屋上で跡形もなく姿を消した。残っていたのはその女子の弟一人だけ。しかも鍵を貸したのがそこの理事長ときたら、責任問題を問われないわけがない。その一件以降、屋上への扉は通常開かないことになっていた。

 姉のタイムスリップについてだが、峰子おばさんも信じてくれた。だからこそ姉が帰って来るらしいこの日、特別に鍵を貸してくれたのだろう。10年前からの忘れ物をとりに行かせるため。可愛い姪っ子にもう一度会いたいがゆえに。

 刻一刻とその時は近づいてくる。

 



 2011年3月31日23時44分、姉帰還予定まであと16分

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