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姉が過去からやってきた。  作者: ゴリヴォーグ
閉ざされたドアを開けてよ
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初恋なんてそんなもの~Zzz~

「冗談……だよね?」

 初恋の相手は先生なのです。そう彼女は言った。嘘だろと弱弱しく確認する僕の声に反応せず、ただ何も言わずにこちらを見つめる。言ったはずよ、これだから言いたくなかったんだとでも言わんばかりに。どうしようもない沈黙が部屋を支配する。外から聞こえる雨足はさっきより強く、僕らの不安を増長させるBGMとなる。指揮者は不二で、僕らはオーディエンスだ。

「ははっ、いやだな詩雪ちゃん、これは私の初恋の相手を当てるゲームじゃないんだよ?」

 あっ、初恋の相手弟でしたか。なんかスンマセン、こっちは姉の親友で。そんな場違いなことを考えていると、沈黙を続けてきた不二が口をいた。

「冗談じゃないのです。ゆきりんの初恋は小学校の先生なのです」

 どってんころりん! 吉本みたく心地いいぐらいの転倒ありがとうございました! 前回から引っ張っといてそのオチってどうよ! 最終章詐欺みたいなもんじゃないの! 一触即発のシリアスモードは、思ってた以上にくだらないオチのおかげで少し和らいだ。

「全く南雲先生なわけないのです。ゆきりんは健全な女子高生だから恋だってするのです! ちょっぴり心外なのです! ゴキュ、ゴキュ……」

「悪かったな、心外で! っておい!?」

 恐らく彼女の素もやや入っているだろうけど、馬鹿にされた子供のように怒っている。心の中はどうかは別として、見てくれは全然怖くない。プンプンと可愛らしい擬音がぴったりだ。しかしいきなり立ち上がり、何をするかと思うと、急にペットボトルのコーラに口をつけ一気に飲みだした。あまりの展開に目が点になる僕らに対して、当人はというと、無我夢中で飲み続けている。ゴクゴクと喉を鳴らすにつれ、2リットル程の黒いソーダ水はみるみる吸い込まれていくのだ。骨が解けるという迷信が本当なら、立ってられなくなるだろう。

「ぷはぁ! やっぱりこの一杯のために生きているのです!」

 あっという間にペットボトルの底が見えた。綺麗ではないけど透き通ってカーペットの模様が見える。2リットルもの炭酸を一気に飲み干したらゲップが出るだろうと思ったけど、彼女は何事もなかったかのように話す。もしや魔法で消したのか? どちらにせよ某芸人もびっくりだ。僕らも言葉を失ってしまう。もっと言うことがあるはずだけど、やっとこさ出てきた言葉は、

「アンタは仕事帰りのサラリーマンか」

 と随分間抜けな突込みだった。サラリーマンと言われたことが気に食わなかったのか、一瞬顔をしかめる。だけどすぐに営業スマイルを作り、

「飲まなきゃやってらんないのです」

 やっぱりサラリーマンみたいなことを言う。これに関しては本心だろう。しかし1つ疑問。魔法少女を名乗っていいのはいくつまでなんだろうか? 二十歳を超えたら魔女と呼ぶべきなのだろうか? 魔法は生涯使えるものなのか? 掘れば掘るほど出てきそうだけど、挙げるとキリがないのでこの辺にしておく。もしかしたら20年後ぐらいに仕事帰りでおでんの屋台で飲んでいる不二を見ることがあるかもしれないな。

『カァー! 結婚なんてあせっちゃダメなのですー! コンチキショー! こちとら魔法処女だっての!』

『まぁまぁ、ガンモでも食べて落ち着いて下さい。これはサービスですよ』

『親父ぃぃぃぃ』

 うわぁ、こいつは重症だ。行き遅れの魔女だ。どうか彼女にも良い人が来ることを祈っています。

「それじゃあ次古村君!」

「あぁ、俺か」

 とりあえず初恋の先生とやらが僕ではなかったことに安心したのか、さっきのテンションに戻して古村に振る。古村もやっぱり来たかって顔をしており、ある程度覚悟済みだったのだろうな。特に詰まることも恥ずかしがることもなく、自分の初恋を話してくれた。

「俺の初恋は中学の時の野球部のマネージャーかな。それが結構可愛い子でさ、気に入られるためにも頑張ってたんだわ。それに胸大きかったし、ボール拾うのに屈むとちらりと見えんだよ」

 在りし日を懐かしむように言う。目はギンギンとしており、妄想中ということが見て分かる。しかし中学前半は真面目な野球少年だったと聞いているけど、やっぱり胸に目がいったり、憧れの相手の気を引こうとするあたり、例のチャラ男の片鱗は隠れていたのだろう。

「自分で言うのもなんだけど、俺野球は上手かったし結構イケメンだからマネ子も俺に興味を持ってたみたいなんだと。実際2年の大会前に一緒に縁日に行ったしさ。そんとき俺甲子園行ったら告白しようと思ったもん。で、すったもんだあって俺が退部したら、いつの間にかキャプテンと付き合ってたんだわ。それ以降俺はチャラチャラするようになりました、ちゃんちゃん。つーかチャラ男とか今では黒歴史だっつーの。なんであんな逃避したのかねぇ」

 全ての悲劇を引き起こしたのは君が口にした死亡フラグのせいじゃないだろうか? そうそう、あまり関係ないけど、後悔先に立たず、後の祭、覆水盆に帰らず。手遅れを意味することわざってやたらあるよな。それぐらい昔の人も黒歴史を背負ってきたのだろうか。そう考えたら少しばかり微笑ましくなった。

「何笑ってんだ、おい」

 顔に出てしまったのだろう、ジト目で僕を見る。女子のそれならご飯3杯はいけるけど、野郎の、しかも坊主のはノーセンキュー。需要がどこにあるというのか、少なくとも僕にはない。

「ゴメンゴメン、それにしてもチャラ男時期が黒歴史とは……。ゴメン、来年野球部に入部するマネージャーに伝えたくなる病に今さっきかかった」

「今ここで治してやろうかぁ!? あぁ!?」

 無駄に高い瞬発力で僕に飛び掛ってくるが、不二が差し出した足に引っかかりまたもやずっこけてしまう。今度は意識を失わなかったけど、上から見下げる僕に激しい憎悪の視線を投げかける。

「あれっ、こんなところにボーリングの玉が……、なんだ古村か」

「だあああああ!」

 まあ何事も落ち着くとこに落ち着くもんで、結局いつも通りくだらないやり取りになってしまった。ムキになる古村ほど弄り甲斐のあるものはないよ。ちなみに僅差で山本が2位にランクインしている。どれぐらいの差かというと、カバーガラス1枚分さ。

「さて次はこう君……の初恋は心底不愉快な話なんでこれでお開きにします」

「えぇ!? 美桜ちゃんはなし!?」

 自分から振っておいて、自分に都合の悪いことはほっぽり投げる、まさに外道だ。当然納得のいかない山本と古村(不二はどうでもよさそう漫画を読んでいる。結構ドライだよね、彼女)は姉さんに詰め寄っている。逃亡は許しちゃいけないけど、今回は姉さんに賛同しておこう。心底不愉快と散々な言われようだけど、僕としても黒歴史はあまり話したくない。それに万一身バレしたら加納先生にもなんらかの被害がいくかもしれないし。大袈裟かな? ポテチを齧りながら生徒達のやりとりを遠い目で見る。塩味は喉が渇くな、コーラコーラ。あっ、さっき飲み干されてたんだ。仕方ない、下でお茶でも飲もう。ついでに騒がしいからもうリビングで寝るかな。軽く暖房つけてたら風邪ひかないでしょ。

「んじゃグッドナイー」

 そう言って自室を出る。揉めている3人は退出に気付かなかったみたいだけど、漫画を読み終わったタイミングと被ったみたいで、不二だけが軽く会釈してくれた。明日休みだからって夜更かしするなよー。


――


「あれ、電気ついてるな」

 階段を下りると、台所の電気がついていた。誰かいるのかと慎重に近づくと、そこにいたのは意外だけど当然の人。

「あれ、お兄ちゃん、こんな時間に何してるの?」

 古都ちゃんが眠そうな顔でお茶を飲んでいた。冷蔵庫が開けっぱだから冷たい風が肌に当たる。夏なら気持ち良いけど、冬だと余り当たりたくないかな。

「それは僕の台詞。古都ちゃんこそどうしたのさ」

 結構寝つきがいいほうだとは思っていたけど、喉が渇いたのかな?

「うん、ちょっとうるさくて目が覚めちゃった」

 ふぁーあと可愛らしい欠伸をしながら言う。それにつられて僕も欠伸をしてしまう。昔テレビでもやってたけど本当に欠伸って伝染するんだな。どっちも眠いだけだろうけど。

「あぁ、ゴメン。怒っておくよ」

「ううん、いいよ。お茶飲んだらすぐに寝るから……」

 既に半分ぐらい寝ている。このまま階段を上がらすのも怖かったので、背中に乗せて古都ちゃんの部屋に連れて行く。背中に体温を感じた時には、ぐっすりと夢の世界に旅立っていた。階段を上る時、耳元でゴニョゴニョと声がすーっと入ってくる。

「私も夜更かししたいな……すぅ……」

「ふふっ、もう少し大人になってから、だよ」

 子供らしく可愛い夢に思わずほっこりする。いつの間にか夜行性になっていくんだよね、人という生き物は。さてと、夜更かし組をちょっくら静かにさせてきますかね。

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