三度目の暴君中篇~Children do not know the extent of their parents' love~
鍋料理はおいしい。それは当然のことだろう。嫌いな人はそういないと思う。普段お目にかかれないような超高級食材をふんだんに使い、大多数で語らいながらつつく。1人で食べる食事が味気なくても、誰かと食べる、それだけでおいしく感じることが出来る。ことわざに鯛も1人では美味からず、というものがあるけど、まさしくその通りだろう。だから前半の肉を奪い合いながらも活き活きとしていた間はこれ以上ないくらい美味しかった。それは僕だけでなく、ここにいるみんな思っていることだろう。それでは後半はどうだ? 王様ゲームという(一応)盛り上がること間違いなしの鉄板ゲームを始めたため、もっと鍋が美味しくなるかと思っていた。ところが、
「王様だーれだ……」
もはや義務でやっている感がすごい。次から次へと、盛り上がるどころか逆になんともいえない微妙な空気になっていく命令、もしくは受刑者のコンボにより、僕らは無駄に疲弊していった。鍋を前に爛々と目を輝かせ、戦場とも呼べた肉の取り合い興じた皆も、一部を除いて今となれば死んだ魚のように濁った目をしている。これほどまでに楽しくない鍋パ-ティーがあってたまるか。いやならやめろと思うかもしれない、でも彼らはそうはいかなかった。王様になりたい、そして命令して優越感に浸りたい、その心だけが彼らを突き動かしている。それは恐らく僕も例外ではないだろう。
「はーい、ゆきりんなのです☆」
幸いなことにまだ目が死んでいない不二が王様になる。どうかここは1つみんなの目が覚めるような形勢逆転の命令をして欲しいものだ。不二は先ほどの古村と同じように周りを見渡し、何か思いついたのかニタァと口元を緩ませる。
「それじゃあ、1番がー、いや、ここはあえての4番でいくべき、それとも2番と3番が……」
すぐに命令せず、あーだこーだ悩んでいる。それも口に出してワザとらしく。5番が、6番が、とあれこれ言う。自分の番号が言われた時一瞬ドキッとしたけど、不二はそれを無視して独り言を続ける。いつ自分にくるか分からずビクビクしている内に命令が決まったらしく、もう一度メンバーを確認するように不二は僕らを見渡した。そしてこれでいくか、と呟き王様のお告げタイムに移る。
「それではゆきりんからのの命令なのです! 3番の古村君が携帯のアドレス帳の登録番号1番に日ごろの感謝の気持ちをこめてプロポーズするのです☆」
「名指し!?」
これそんなゲームじゃないって!
「しかも俺本当に3番だしよおおおお!!」
近所迷惑になりそうなぐらい絶叫し箸を落とす古村。
「マジでか!?」
予想外の展開に全員がざわめく。そりゃそうだ、名指しで番号まで当てちゃったんだからな。隣に座っている古村の箸を拾い、細工されてるんじゃないかと注意深く見る。見たところ僕の箸と大きな違いがあるわけがなく、強いて言えば書かれている番号が違うという当たり前なものだけだ。騒然とする僕らを薄ら笑いで眺めていた不二は、マイペースにお茶を飲み、
「言っておきますとゆきりんは他の皆さんの番号も分かっているのです☆ 先生は5番、伊藤君は2番なのです」
不二が言う通り、僕が引いた箸は5番だった。同じように指定された伊藤も驚いた顔を見せているところを見ると、彼の番号もドンピシャで当てられたのだろう。
「ゆきりんの魔法にかかればお茶の子さいさいなのです! ネタ晴らししちゃうと、ゆきりんが番号を言うと皆さん表情が一瞬変わるのです。当てられてヤバって思ったのです。ただ麻生さんと茅原さんだけはポーカーフェイスで読み取れなかったのです。悔しいですがお見事なのです」
パチパチなのですといいながら拍手をする。成る程、表情を読み取られちゃいましたか。卑怯な気もするけど、これも1つのテクニックなんだろう。しかしそんな大技があるのなら、古村と山本に手をつながせて薬局に妊娠検査薬を買わすという超鬼畜技も出来るというわけだ。そう考えると俄然やる気が出てくる。てめ-ら、覚えておけよ! 常日頃の恨み晴らさせてもらうよ!!
「さて、ネタ晴らしはこの辺にして、古村君、命令なのです! アドレス番号1番にプロポーズするのです!!」
おっと、ゆきりんテクニックに気を取られて罰ゲームのことを完璧忘れていた。アドレス番号○番に告白だなんてのは王様ゲームの鉄板ネタらしいけど、相手がアドレスを聞いてそれっきりの人ならかなりキツイな。古村はというと血の気の引いた青白い顔をしている。って番号1番ってことは……。
「まさか古村……」
「あ、ああ。マ、カーチャンだ……」
したり顔で早く早くと急かす不二。やっぱりここまで計画通りだなんて……、恐ろしい子!! 古村は物凄くいやそうだけど、王様の命令は絶対。ついさっき王様になった人間が逃げると言う選択肢をするなんて都合がいいにも程があるのだ。一向に動かない古村を見かねたのか、不二は携帯を分捕ると、高速の親指でメールを打つ。古村はそれを取り返そうとするが、先ほど痛い目に合わされた善本が差し出した足に引っかかり頭からこけてしまう。勢い良く地面に頭突きしてしまったため、意識が飛んでしまったようだ。
「ここ僕の部屋なんだけど……」
誰も聞いちゃいない。掃除は全員でしてもらおう、うん。
「送信なのです! いやぁ、いいことをした後はお肉がおいしいです☆」
とんでもないことをしても悪びれる様子は微塵もない。まだかまだかと返信が来るのを待っているようだ。
「なぁ、一体どんなメール送ったんだ?」
気になって携帯を見せてもらう。
『toママ』
「ぶほっ!!」
ちょっと待て、いきなり凄いもん見ちゃったんだけど!!
「どうしたのこう君……、ってえぇ!?」
姉さんも思わず噴出しそうになるがそれを堪える。
「だ、ダメだよこう君……。ププッ、いい子じゃない、お母さんを大切にしてさ」
「や、やべぇ……。どこまでも腹筋を破壊してくれるやつだ……」
これ以上見るとこっちまで気が狂いそうになるので、スライドして本文を見る。途中新着表示があったけど、ママからのかもしれないので、後で見ることにし送信メールの本文をチェックする。
『タイトル 愛しきママへ』
『ママ、今まで育ててくれてありがとう。ママがいたから俺は甲子園にたつことが出来たと思ってるし、ママが支えてくれなかったら今の俺はなかったと思う。一時期凄く迷惑をかけたけど、それでも心配をしてくれたママに甘えきっていたと思う。だけどさ、俺気付いたんだ。ママのことを安心させられる人間になるためには、ずっとママのそばにいなきゃって。だからママ、俺と結婚して欲しい。社会とか親父とかそんなの関係ない! 俺はママと愛し合いたいんだ、例え世界が俺達を憎んでも俺だけはママのそばにいる、どうかこの思いを真摯に受け止めて欲しい、愛しきママへ、I love mam』
ええと、ここをこうして、
「本文転送to南雲」
返信メール。
『fromママ』
『タイトル Re.愛しきママへ』
『まぁついにママの気持ちにこたえてくれるのね!♪~♪ d(⌒o⌒)b♪~♪ ママは潤ちゃんを産んで以来今日ほど嬉しい日はないわ! さぁ、今すぐ市役所にいって婚姻届をもらって帰りましょう! PS.今日帰ってきたら、私の部屋で待ってるから(///∇//)テレテレ キャ、言っちゃった!』
「」
「」
「oh……」
予想以上だった。読むのも恥ずかしいキモメールを送って、親御さんがキレるとばかり僕らは思っていた。だけど現実はどうだ? 携帯の画面に映る文字は怒りや呆れどころか、その逆の狂気じみた喜びを感じさせる文字群と絵文字。挙句の果てには誘ってまでいる。何をか? というのは各自の想像にお任せしよう。ただ言っておくと、間違ってもオセロだとかそんな優しいもんではない。白と黒では表すことの出来ない世界なのさ。
「これはゆきりんも予想外なのです……。古村君、ゴメンなさいなのです」
全ての元凶をもって、ゴメンなさいと言わしめた衝撃の結末。僕はその返信メールをサブメニューを開いて、
「本文転送to南雲」
からの、
「削除」
どうか彼には強く生きて欲しい。心からそう思った。
「こう君、君も結構鬼だよ……」
さて、なんのことやら。ポケットの中で携帯電話が震え、メールが届いたことを知らせる。後でロックしておくか、うん。
「んが? 俺何してたんだっけ?」
あれこれしていると、ダウン状態の古村が復活したようだ。それでもまだ意識が朦朧としているのか、フラフラと立ち上がり、覚束ない足取りでこっちに来る。
「あぁ、携帯落としてたぞ」
「あ、悪い」
どうやら前後の記憶は完全に抜けているようだ。どうか思い出さないで欲しい。彼のためにも。
「なんか変な夢見てたんだがなんだっけか、思い出せねえ……」
「いいんじゃないかな、無理しなくても。さぁ、王様ゲームを続けよう!」
さっきの1回をなかったことにする。周囲の皆も察してくれて、記憶から飛ばしてくれたみたいだ。もう古村の痴態を知るものはいない。
僕を除いて。