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姉が過去からやってきた。  作者: ゴリヴォーグ
閉ざされたドアを開けてよ
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加納早苗の苦悩~Good wine makes good blood.~

 時刻は6時半、お日様の昇っている時間は短くなり、辺りはすっかり暗くなってしまってる。12月へ指しかかろうという今日は今年一番寒い。といってもすぐにその記録は更新されるだろう。これからどんどん寒くなる、そのうち雪も降り町を白くコーティングするだろう。下駄箱から買ったばかりのおニューの靴を取り出し、掛けられている靴べらを使って丁寧に履く。新品だから汚れていくだけなのは分かっているけど、どうせなら長く使いたいのだ。まぁ早い話貧乏性だ。だけど新しい靴を履くときのワクワクっていうのはみんな感じるんじゃないかな? 周りのことが見えなくなるぐらいにさ。

「南雲、今時間ある? 有るわよね、車出せ」

 ほらね。首根っこ掴まれてるのに全く気が付きませんでした。

「なんですか、加納先生。僕をタクシーか何かと勘違いしてせん?」

「間違っては無いでしょ。電話一本無料のタクシー君よ。とにかく車に乗せろって」

 加納先生は掴んだ手に力を加えて、僕の車まで強引に引っ張る。はぁ、また振られたか? 姉さんに晩御飯いらない、文句があるなら加納先生にどうぞとメールを送り、流れに身を任せることにする。


――


「珍しいじゃん。お酒飲まないなんて」

「禁酒よ禁酒、カポーティよ」

 禁酒時代と掛けたいんだろうけど何一つ上手くないしそもそも間違っている。トルーマンは関係ないだろうに。一応一般常識なんだけど、これはこれでスルーしてたほうが面白そうなので黙っておく。

 加納先生に連れてけといわれたのは、ちょっとばかり背伸びしたくなるようなショットバー。後ろでカコンとキューが玉を打つ音がする。おいしいカクテルに酔わされ大人なムードが漂っている。普段大人しいあの子も大胆に胸元を見せたくなるような、そんな異質な空間に僕らはいた。だがどういうつもりか加納先生、お酒を頼まないでキャラに合わないオレンジジュースを飲んでいる。アッシー君である僕は当然飲めないんだけど、アル中の疑いがある加納先生も遠慮している。何のため来たんだ、とマスターが困惑した顔でこっちを見ている。そういないよな、バーに来てオレンジジュースだけを頼む男女なんて。色気もなんもありゃしない。

「この空間に来てもお酒を飲まない、それが私なりの禁酒よ」

 で、保険として呼ばれたと。実に単純な理由だ。バーからしたらいい迷惑だけど、お酒ばかりの空間でアルコールを一切絶つ、ある種の煩悩との戦いだ。案外効果的なのかもしれない。

「でもそれだけじゃないでしょ。何か僕に用があるってとこ?」

「用、ね……。アンタに話すこと自体お門違いなんだけど、聞いてもらえる?」

 珍しくシリアスな空気を醸し出す。万一ここでお酒を飲んでいたらもう台無しだけど、流石に酔いの勢いで話せる話題でもないらしい。

大河駿おおかわはやおって覚えてる?」

「大河って、去年僕のクラスにいた大河?」

 覚えているも何も忘れるわけが無い。なんせ彼は僕が始めて担当したクラスの生徒だ。忘れるなんてそんな罰当たりなことが出来るか。そして彼の名前を印象づける物があった。

「当然よね。職員会議でもしょっちゅう出てる名前だもの。……不登校生徒ってさ」

 弱弱しい加納先生の声。無理がないのかもしれない、彼女は担任なのだから。そして彼が不登校になったのは最近のことだ。去年は休みがちなところはあったけど、学校にはちゃんと来ていたし、友達付き合いも悪くはなかった。クラスメイトに恵まれていたのもあるかもしれないが、不登校になるなんてその時は思ってもなかった。いや、その可能性から逃げていただけ、たまたまその時に彼が爆発しなかっただけなのだ。

 彼の中学時の資料にはこう書かれていた。

『被いじめ生徒』

 もちろんストレートにそう書いていたわけじゃなく、友達の輪に入りにくい、といった感じオブラートに包んでたが、そう捉えるのが自然だった。わざわざそこから1人入学するかしないかの遠い地区から御崎原に来ているんだ、推して測るべし。

「もちろん様子を見に何回も行ったのわ。これでも教師の端くれよ、教え子がSOSを発信してるならそれに応えなきゃいけない」

 オレンジジュースの入ったグラスをお酒みたいに回す。禁酒と言ってもやっぱり普段の癖は抜け切っていないみたいだ。

「親御さんには案内してもらうんだけど、大河は取り合ってくれないのよ。私が何を語りかけても、去年同じクラスだった子が語りかけても何も返してくれない。普通麻生さんが話しかけたら喜んで出てくるでしょう? よっぽどよ。関係ないけどこんなの神話でなかったかしら?」

「天の岩戸伝説?」

 そう、それよ。靄がかったものがすっきり晴れたみたいに言う。引きこもりを神話と同格にするのもまた妙な話だけど、あながち間違ってないからなぁ。アマテラスはこの国最強にして最古の引きこもりなのだ。太陽の女神が引きこもる、後は分かるよね?

「神話とかと違って理由がはっきりしないの。それに親御さんも知らないみたいだから、私はどう対処すべきか、何が出来るのか分からない。苦しいのよ、親御さんがやつれていくのを見るのは」

 グッと歯を食いしばっている。そこにあるのは「悔しい」と言う感情。それは自分の無力さを呪っているのか、何も話してくれない大河にイライラしているのか。それとも僕に助けを求めていることか。

「大河は私のクラスのせいとよ、でも南雲、アンタの教え子でもあったわ。こういうのは我侭だって分かってるし、迷惑なのも理解している。けど南雲、」

 その目に涙を浮かべて雫がグラスに入る。そんな小さな音ポチ聞こえるわけがないのに、なんとなくポチャンと聞こえた、そんな気がした。そして彼女は口を開く、

「助けてよ……、私を、大河を……」

 ムードに酔わされたか、僕の体は彼女の両手にホールドされる。後数センチで顔がぶつかってしまいそうなぐらいの距離、頬を伝う涙が僕の腕にこぼれる。普段の彼女を知ってる人から見ると異常な光景だろう。強気な加納先生が、奴隷が如く足でこき使う僕に泣きながら抱きついている。でも僕は覚えている、こんな時どうすればいいかを。

「早苗さん、1人で抱えすぎです」

 いい子いい子するように頭を優しく撫でる。以外かもしれないけど、この人はこれが好きなのだ。落ち込んでいたときとか、怒って話を聞いてくれない時とか、僕は決まって頭を撫でていた。頭にスイッチがあるのか分からないけど、そうすると彼女は落ち着くんだ。今みたいに、ね。

 ん、と小さく息を漏らして彼女は僕の顔を見上げる。

「早苗さんって呼ぶな」

「んじゃ早苗って呼んでいいの?」

「呼び捨てすんな。生意気だっつーの」

 どこか甘えるような彼女の声。効果は抜群だったようだ。マスターと一瞬目が合ってしまったが、空気を読んだのか、どうぞごゆっくりと小さく呟いてそそくさと会計に行く。周りを見るとビリヤードしてた人らもこっちに注目している。ニヤニヤとしている人や、興味なさ下に一瞥してキューを構え直す人、幾つかの瞳に恥ずかしくなった僕らはお金だけ置いてそそくさとその場を去っていった。結局ビリヤードやってないな、でも等分出禁なんだろうな、精神的な意味で。


――


「ここまでで良いわ」

 彼女の住むアパートの前に車を停める。これ以上行き様がない気がするけど、ここまででいいならそういう事にしておこう。

「そんじゃ明日ですね」

 随分と急な気がしないでもないけど、もともと先生たちは行く予定だったらしい。そこに僕がドッキングする形なので、そう感じてるのは僕だけだ。

「えぇ、悪いけどお願いするわ。後皆を送る都合もあるから車もお願い。みんな私の運転嫌がるし」

 そりゃそうだろう。警察仕事しろと何回思ったことか。

「わっかりました。そんじゃおやすみなさい」

「えぇ、おやすみ。ありがとね、航。少し楽になった」

 少し恥ずかしそうにはにかむ先生。航って何年ぶりに呼んでくれたんだろ、脳内でタイムスリップしながら、タイムスリップできない車のエンジンを入れる。

ちょっぴりアダルトな先生方。お酒が飲めない身からすると酔っ払いとかの描写が想像の産物になっちゃうのが悩みかな。

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