笑いたまえ、この有様を~Comic song~
全世界は一つの舞台であり、すべての男と女はその役者にすぎない。彼らは退場があり入場があり、ひとりの人間が一度の登場で多くの役を演じる。byシェークスピア
芝居というのは実は簡単なんだよ。日常のしぐさを再現すればいいんだから。by花沢徳衛
ありがちをたっぷり詰めたこてこてのファンタジーじゃなくたっていい。客の涙のために人を殺すような悲恋物語でなくたっていい。語り継がれてきた昔話からインスピレーションを得なくたっていい。ただこのクラスをそのまま、そう飾ることなく見せるだけで面白いのだ。なのに、
「姉さん!!」
「こう君!!」
「なに10年待たしとんじゃああああ!!」
「ひでぶ!」
なーんで僕らは再現してるんでしょうか? 演じているんでしょうか? あの日、そう忘れることのできない4月1日を。
――
『姉が過去からやって来た。』
作者は峰原ミサキ先生、絵はキリブ先生、作家のほうはまぁぶっちゃけるとうちの叔母、御崎原峰子理事長の副業であるライトノベル作家活動時ののペンネームなんだ。
「ちなみにキリブの正体は木村だ」
と新事実があっさり流されてしまったが、執筆活動も身内2人でやってるようなものだ。同人でやれ。なのにどういうわけか、いつの間にかドラマCD化したという。そこを鑑みるとまぁそれなりには売れているのだろう。でも最近はなんでもかんでもメディアミックス展開に持ち込む傾向があるから、そこまで珍しいことではないかもしれない。
これが純粋なるオリジナル、まぁ幾分かパクリにならない程度のパロディやオマージュがあるぐらいなら僕らも文句を言わないんだけど、残念なことにこちらのラノベは多少脚色しているところがあるけど、ノンフィクション、つまり実際にあった出来事をテーマに書かれたという斬新過ぎるライトノベルなわけでして。勿論フィクションと言ってはいるけど、ページをめくると僕らが体験した出来事がちらほらと出てくる。4月1日に姉さんが帰ってきたこと、4月7日に誕生日パーティーを開いたこと、生徒会選挙で三人のカナヅチ美少女が水泳対決したこと、夏休みに教え子と2人っきりの温泉旅行に行ったこと、僕の日記のように書かれている。名前もまんまだからなぁ。南雲航介に南雲桜子、他の人も加藤詩織やら羽鳥伊名とどこかで聞いたことある名前を捩ったものになっている。
流石にこれを全編やると時間が足りないので、始まりの部分である姉との再会はそのままに、その場に全生徒がいるという脚色がなされた。確かに史実通りだと、3人いれば済む話だ。しかもうち2人は4組の生徒じゃないというね。無理やり感がしないでもないけど、ミュージカルという形式ならありなのかもしれない。
んでもって練習風景にいたるわけだ。
――
「こう君本気で頭突きしたよね……」
頭を抱えながら文句を言う姉さん。
「仕方ないさ、僕らは役者さ。常にガチでぶつかり合わなきゃいけないんだ」
同じように頭を抑えて言い返す。
「2人とも御疲れ様です」
「ありがと、伊織ちゃん」
マネージャーみたいに伊織が濡れたタオルを持ってくる。学年、クラスは違うけど、ゲストとして劇に参加することになっているのだ。……、主人公南雲航介が片思いしている女生徒役として。なんのいやがらせだ、これは。
「あのー、いっすか? ここパッチギにする必要あるんすか?」
いや、確かにしましたけど。どちらかといわなくてもその場のノリでしましたけど。
「そりゃあ、パッチギでしょ。10年間溜め込んでた感情を一気にぶつける場面なんです、ぶつけるに決まってるでしょう!」
監督兼脚本家たる山本はニヤニヤしながら言う。このいフィールドでは彼女こそ絶対、侵すことの出来ない権力を持っているのだ。
「山本さん! コーラ持って来ました!」
従順なパシリ(丹下君だから別にいっか)まで侍らせて、ホント何様なんだか。
「ありがと、って丹下君、どうしてドクターペッパーを買ってきたの?」
「な!? 間違えただとっ……」
「買いなおし。ゴー。あっ、お金は自分で払いなさいよ、後1分以内に帰ってこなかったらひどいから」
周囲がドン引く女王様っぷりを見せる。こんなキャラしてたっけ? 素直にいうことを聞く丹下君に生まれて初めて同情した。愛という鎖が有る限り、彼は逃げることが出来ないのだろう。
「はい、もいっちょ行きます! 3、2、1!」
結局、僕ら姉弟は監督様が満足するまで頭突きをさせられた。脳細胞がどれだけ死んだのだろうか、それはそれで気になるところだ。
――
「あのー、なんでここの台本白紙なんですかね?」
中盤、なぜか白紙のページが続く。
「何故白紙なのか、説明願いたいものね」
他の人の反応を見る限り、みんな白紙らしい。手抜きか? 落丁か?
「いいえ、アドリブです」
ははは、聞こえちゃいけないワードが聞こえた気がするぞ?
「ゴメン、もっかい言ってもらえたら嬉しいなぁ」
聞き間違い聞き間違い。
「アドリブです」
「ブチ抜きで?」
「ad lib」
「それっぽい発音しやがって!」
「その方が雰囲気でるかと。いつも通りのHRをしてくだされば構いませんよ」
キャラ変わったよなー、山本。台詞だけ取り出したら高梨か茅原に聞こえるぞ。
「ちょっといいかしら? みんな完璧に忘れてると思うけど、どのあたりでミュージカル要素が出てくるのかしら?」
今回の作曲担当茅原嬢。音楽関係は彼女に任していれば問題ないだろうと満場一致で決定した。本人はミュージカルは範囲外と言ってたけど、信頼されて仕事を与えられたことに、満更でもないような顔をしていた。
「短めの曲が3、4曲あればいいですね。感動の再会シーンは外せませんね」
あれ? 何でこっち見てんの?
「歌いますね?」
「いや、僕教師なんだけど」
「歌いますね?」
「だから僕は」
「歌いますね?」
「前向きに検討します」
真顔でどんどん迫ってくるんだ。その眼力に気圧され、首を縦に振らざるを得なかった。いや、あれはある種のホラーだったぞ。山本にシェークスピアかなにか取り憑いてるんじゃないだろうか。
「こう君良いの?」
なぜか心配そうな姉さん。なにか心配されるようなことしたっけ?
「仕方ないよ。生徒にここまで言われたらね」
生徒の期待には応える。それが教師の生き様なのサ。
「そういうわけじゃないんだけどな……」 なんだろうか? 何が不満なんだろうか?
「とりあえず先生達の歌唱力がいかほどか知りたいわね。少し待ってちょうだい」
茅原は自分の机からヴァイオリンを持ってくる。茅原和音による南雲先生ありがとう一生着いていきますリサイタルでも開いてくれるのかな?
「お金取るわよ。迷惑料で」
うん、毎度のことながらモノローグが漏れていたみたいだ。ここまで見事だと最早悪癖を直すってのもどうでもよくなってきた。
「今から伴奏を弾きます。それに合わして歌ってちょうだい」
チューニングしながら説明する。にしても何も見ずに合わすこと出来るんだ。絶対音感って奴だっけ?
「それじゃ弾くわよ」
そう言って茅原は合唱でお馴染みの楽曲を弾き始める。成る程、これなら僕も分かるや。
「さん、はいっ!」
「コノオオゾラニーツバサヲヒロゲートンデーイキタイヨー♪」
「ストップストップストップ! ストップザムジーク!」
英語とドイツ語が混じってるぞ。
「先生……、周りを見てください」
「周りをって……、ハッ!」
そこには苦笑いのみんな。
忘れてた――。自分のことなのに忘れてた。
「だから言ったのに。こう君はね、音痴なの。5人組の中居ポジションなの」
姉さん、その例えはあんまりです。
「いや、そんなレベルじゃないわ……。ジャイアンみたいに叫ばなかっただけマシだけど」
みんなして僕を苛める。
「どう歌えばそこまで音程を外すことが出来るの? 喧嘩売ってるの?」
茅原は信じられないという顔をしている。
「これは根本から鍛え直さないとダメね……。事前に確認しといて良かったわね。こうなったら仕方ない、他のみんなも聞かせて貰うわ」
茅原さん、滅茶苦茶顔が怖いです。
――
「ふぅ、これで全員終わったかしら? 流石に先生レベルの音痴はいなかったわね。これならそれなりに聞かせれるわ。さてと、先生」
「今から特訓して貰うわ。みんなは先に進めといて。私はこの壊れたジュークボックスを直してくるから。間に合うかしら……」
こ、壊れたジュークボックスて……。
「同じ南雲でもあれだけ差があるとはね」
茅原の言うように、姉さんは完璧というにふさわしかった。商業歌手として充分やっていけるレベルだ。音楽番組に出ても口パクいらずだろう。
「まぁ良いわ。とにかく今は先生を微笑ましい音痴ぐらいにしないと」
「なんだよ微笑ましい音痴って」「先生の音痴は笑えるレベルじゃないのよ。例えるなら、カラオケで場の空気を白けさせてしまうぐらいなの。1曲歌い終わったらマイクが回ってこなかった経験はないかしら?」
はっはっは、心当たり有るわー。
「だからせめてネタに出来るぐらいに持って行きましょう」
はぁ、心を抉られる……。せめて姉さんの3分の1ぐらいの歌唱力は欲しかったと思う今日この頃。