御崎原峰子の回想~優しき魔法使い~There is no intention of kidnapping~
「虐待……、ねぇ」
虐待。例えば泣き止まないから、例えば言うことを聞かないから、例えばご飯を食べないから。そんな簡単な理由で虐待は行われる。幸いなことに、私はそのような環境で育つことはなかったが、悲しいことに、虐待、ネグレクト、育児放棄……、子供を取り巻く問題は日々深刻になっていく。
パチンコに言ってる間に熱中症になりました、泣き止まないから叩いてたら動かなくなりました。嘆かわしいことだ。なにより子供は無力だ。それ故に、親に対抗しえる手段を持ち合わせていない。
ふととある姉弟のあったかもしれない未来を思い描く。それは形ばかりの家族、彼女たちは遺産引換券に過ぎない。遺産が入れば後はどうでも良い、十分ありえた未来だ。
子供は親のオモチャなのか? 子供は親のペットなのか? 子供は親のなんなんだろうか? 何のために生まれてきたのか? 当時のことを思うと、私はまだ物事を良い、悪いでしか見れていなかった。もし私に子供がいたら、この物語の悪役と同じ気持ちになったのだろうか。
――
「私の家の近くに橋爪さんって人が住んでいるんです。お父さんは余り見たことないんですけど、お母さんと娘さんの3人で過ごしてるのは確か。でも今まで一緒にいるところなんか見たことないかな。ずっと外にいるからかな? 毎日いつも夜遅くまで公園でボーってしているから覚えちゃった」
彼女は淡々と語りだす。彼女の家の近くということは、御崎原から結構離れているな。なんてことを思う。
「その子が、虐待を受けているとでも言うのか?」
先ほどの話の流れからしてそうなのだろう。
「飽くまで私の憶測だけどね。でも先生がみても同じ感想を持つと思う。だって4歳ぐらいの子が1人で公園にいるんだよ? それもさ、生気もない顔で。最初は気にはしてなかったけど、それが何日も続くから思い切って聞いてみたの」
『ねえ、君はどうして帰らないの?』
「そしたらさ、彼女こう言ったの」
『帰りたくない……、ママとあの人に怒られるから』
「ってね。その時気付いたんだけど、彼女の体に痣とか傷がたくさんあった。見てるこっちが痛々しいぐらいにね。聞いてもこけただけだなんて言うんだけどね。ねえ先生」
彼女は何か決心したようにこっちを見て、
「彼女助けれないかな? 私たちに出来ることは何かないのかな?」
具体性も何もない。どうしてと聞かれたら、理由は単純に彼女がかわいそうだから。はっきり言って哀れみでしかない。自分より立場の弱いものに見せる一種の自己満足、まぁなんとも綺麗事で第三者らしい返答だが、そのような重い話をされて、無視するなんてマネができなかった
なんせ私は教師だからな。
「なるほどな。少し動いてみるか」
「ありがとう先生! 私は何したらいい?」
そんなもの決まっている。
「勉強しろ。それともう直ぐ学園祭だろ、こんなところで油売ってていいのか?」
「あっ! 三琴に怒られる! それじゃあ先生、また何か分かったら教えて!!」
学生の本分は飽くまで勉学。いくら私でもそれぐらいは強いるさ。
――
「橋爪古都、ね……」
私が個人的に調査した結果、被虐待疑惑のある少女の名は橋爪古都というらしい。まだ幼稚園に通うような年齢だが、近隣の幼稚園、保育施設には通っていないという。
「さらに橋爪家は他者とのかかわりが薄い、か」
橋爪家、その言い方は少し間違ってるかもしれないな。フィリピンパブで働く橋爪母と古都、彼女達と同棲している男。その男が問題なのだ。
まぁ有体に言えば、ヒモだ。職業は自称パチプロ。パチンコというまぁ効率が悪いことこの上ない玉遊びで生計を立てているなんていう男だ。別にパチプロが悪いとは言わないが、女の稼いだ金でパチンコに行き、勝ったら自分のため、負けたら周りに当り散らす、挙句の果てにはある秘密を持っている。言い方が悪いが、典型的な虐待野郎だ。しかも古都とは血の繋がりはない。もっとも母親も自分の娘が誰の子か分からないなんて有様だ。1000万円貰ってもこのような家庭では過ごしたくない。典型的なケースだった。
「いかにも、な状況だな。誰が見ても立派な虐待じゃないか」
はぁ、と溜息をついてしまう。
「一度会ってみるかね」
目で確かめたものだけを信じる、それが私。
――
「って古都ちゃんハーフなの!?」
しかもフィリピンって……、誤解が無いように言うが、差別や区別する気は無い。ただなんというか、ゲームやらドラマやらの影響でフィリピン人女子から水商売を連想してしまうのはある程度致し方ないことだとは思うけど、修羅場やなー。
「でも古都ちゃんには少なくとも母親がいるんでしょ? それなのになんで峰子さんが?」
姉さんは僕が聞きたかったことを聞いてくれた。色々複雑だとは思うけど、児童養護施設という手段もあるし、なにより御崎原邸には橋爪古都という少女がいた痕跡がなかった。
「まぁ色々あるんだ。話を続けるぞ――」
――
「~~♪」
鼻歌を歌いながら1人ブランコをこいでいる少女。本当なら明るいアニソンだが、夕焼けに当たる彼女の顔は沈んでおり、それは例えるなら死刑執行を待つ囚人のようで。メジャーコードもマイナーになってしまいそうだ。
「プリキュアかい? ブルームとイーグレットどちらが好きだい?」
自分で言うのもなんだが、この切り出し方は見事だったと思う。
「おばさん、誰?」
お、オバサン!? オバサンダト……。いいや、抑えるんだ御崎原峰子。ここでギアスを使って訂正するのもありだが、相手はいたいけな幼女だ。歳をとるにつれて価値がなくなる……、ゲフンゲフン。今のはオフレコで頼む。ふぅ、幼女相手にムキになるのもいけない話だ。
「私は……、そうだな、君を助けに来たよき魔法使いさ」
キリッ。
「まほうつかい? 白雪姫ちゃんいじめちゃダメだよ!!」
「ぐえっ!!」
勢い良く振り子運動をするブランコからの飛び込みロケット頭突きをくらう。ちゃんとよきって言ったのに……。彼女からしたら魔法使い=魔女=毒林檎の権化と思ってるのかもしれない。
「これでこりたらいじめちゃダメ!」
「ふぁ、ふぁーい……」
どうしてこうなった。どちらかと言うと私はシンデレラの魔女だぞ?
――
「多分だけど、悪人面してたんじゃない?」
「ちがうよこう君。きっと幼女キターーーとか思って子供でも自己防衛しちゃうレベルのリビドーを振り回してたんだよ」
「なるほど」
好き勝手言ってくれるな。2人とも覚えておけよ……。
――
「ごめんなさい……、シンデレラちゃんのまほうつかいさん……」
涙目で謝る古都少女。しかし幼女の涙目というのは素晴らしい。会議の疲れも飛んで行きそうだ。
「ふぉっふぉっふぉ、気にすることはない」
「ホント? ぶたない?」
「ああ、ぶたないとも」
「けらない?」
「ああ、けらないとも」
「みずぜめとかしない?」
「ん?」
「おたばこの火をつけない?」
「なっ!?」
この時良く分かったよ。彼女の体中の痣はこけただなんてチャチなもんじゃない。極めつけはひたすらに謝り続ける少女。それが彼女の家でのルールなのだろうか?
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいあついのはいやなの……」
「すまない古都少女。私の名前は御崎原峰子」
「みさきはらみねこ?」
自信無さ気に反復する。ああ! いじらしいなぁ!!
「さぁ、これで私と君は知り合いになった。というわけで、ついておいで!!」
「ふぇ!?」
そうして知り合い、もとい友人になった私達はある場所へ駆けていった。
――
「「この人誘拐犯だー!!」」
姉弟でシンクロする。双子かこいつらは。
「誤解だ。後々考えると確かにあれは誘拐と評価されるかもしれない」
その時の私は若かった、それだけのことだ。
「後々考えなくても犯罪だよ!! 姉さん、ポリへゴー!!」
「えーと、881だっけ?」
「いや確かにやばい(881)けど!!」
なにやっとるんだこいつらは……。
――
「ここまで揃ってなんであんたらは動かないんだ。彼女を見ろ、傷だらけじゃないか。よくもまぁこうなるまで放っていたものだ。それともなんだ? 近隣の皆様の通報が今までなかったから動かなかったってのか?」
古都少女を(8割がた強引に)連れて、警察署へ向かう。署に着た私達を迎えたのはあまりにも他人事な態度だった。それが気に食わず警察相手に軽く啖呵を切ってしまった。民事不介入とは言うが、それで全てが遅れてしまったらどうするつもりだったんだ?
「し、しかし通報がなく……」
「戯け! 橋爪家ならびに古都少女が時間を潰す公園は貴様らのパトロール区域だろうが!! 見ろ! 彼女おびえているじゃないか!!」
……誰だ? 誘拐されたからだろとか叫んだからだろってぬかした奴は。
「ええと、お嬢ちゃん? パパとママに虐められているの?」
もっと他にいいようって物があるだろ。あまりにも無神経な警察の言葉に再びキレそうになったが、古都少女を泣かすのは不本意だ。よし、理性に勝った。
「……あの人はおしおきって言ってタバコを当ててくるの……。ママはそれを泣きながら見ている……」
ママに怒られるといっていたが? 母親なりに彼女を助けようとしているのか?
「そういうことだ。なんなら他の証言もやろうか? 今から1時間あれば私は警察が動かざるを得ないだろう状況を作ることが出来るぞ。そうだな……、先日捕まったコカイン売りにこの男の写真を見せるがいい。しがないパチプロの軍資金の出所は彼女の母だけじゃないってことが分かるさ」
そう、男の持つ秘密。それは、麻薬さ。