大いなる絶望へ挑みし者たち~Hercules~
『デカァァァァァいッ説明不要!!』
そう、彼を形容する言葉は、でかい。それに尽きる。
『まさかここでとんでもないのが出てきたぞおお! つーか去年こんなでかい子見なかったぞ!?』
上に載っているのが放送部の毒舌パーソナリティ天野だから、ディダラボッチ(仮称)も同じクラスなはずだ。それなら去年も1年生の担当をしていた僕も見覚えがあるはずなんだが……、2Mは軽く肥えてそうな巨体を教えた記憶がないし、世界史の授業でも見たことない。
「彼は本多忠久。成長期真っ盛りの2年生です」
本多? こんなでかかったか!? 成長期ってレベルじゃ説明つかんぞ……。最早改造人間というレベルだ。
「そして苗字から分かるよう、本多忠勝――」
まさか、子孫?
「をリスペクトしてつけられた名前です」
リスペクトかーい!! あっ、何組かずっこけて失格になった。
「しかし、彼は先の英雄本多忠勝の英霊とでも言う存在です。さて皆様? 私たちを超えることができますでしょうか?」
すっかり悪役な台詞が定着した天野。心なしか、顔もいつもの3割増で悪人面になっている。
「来ませんか? それではこちらから攻めさせていただきましょう!! バーサーカー!」
「■■■■ー!!」
これ、怒られないか?
「く、来るなああああ!!」
まさに地獄絵図。あまりにも絶望的な状況に実況するのも忘れてしまう。彼が突進するだけで一気に騎馬が崩れる。しかも高いため、天野にも届かない。彼らは今、動く要塞と戦っているのだ。
「どうしましたか? まだ走っただけですよ?」
涼しい顔で言う天野。圧倒的過ぎる力、これが絶望というのだろうか?
『だが忘れては困るな。絶望に抗うことのできる希望もあるということを』
希望……、その希望を見失わない限り、僕たちは前を向いて歩いていける。
『いまこそ、団結すべきじゃないだろうか!?』
「ねえ、南雲美桜」
「なに、理名ちゃん」
「一つ提案があるんだけど力緩めてもらえる?」
「分かった――って言いたいところだけど、緩めた隙を突かれるかもしれないから」
「それはこっちの台詞よ! 知ってる? アナタだまし討ちの南雲美桜って呼ばれてるのよ?」
「クリーク!? 誰が言ってるの!?」
「今私が考えた」
「もう意地でも離さないよ!!」
だーめだ、あの2人。他に期待しよう……。氷上破れた今、あの絶望に戦えるのは……。やっぱり小町ちゃんかな……。
――
「うーん、流石にあれはボク1人でもきついよ」
「でもあの人らを止めないとみんな仲良く倒されちゃうよ?」
「どうすればいいんだろ……」
「あのー、少し良いですか?」
「? えーと、麻生先輩でしたっけ?」
「良くご存知で。二宮さんに西邑さんですね? 提案があってきました。ですので、少しの間はちまきを取るのを遠慮願いたいのですが……」
「はぁ、良いけど……、で提案ってなんぞ?」
「ご理解いただきありがとうございます。さて、その用件といいますと、一緒に天野さんと本多さんを止めませんか?」
「共闘ってところですか?」
「そうですね。私たち個人個人で彼らにかかっていっても返り討ちにされてしまいます。ですが、三本の矢なら、複数でかかれば止めることが出来るのではないでしょうか?」
「私もいるけどね」
「五十鈴っち?」
「山本さんがいるところに私あり! このようなワンサイドゲームは校則違反だ!!」
「校則中毒も……」
「さきりんを忘れたら嫌なのですっ!」
「痛い痛い! バシバシ叩かないで!」
「べ、別にアンタのために戦うんじゃないんだからね!?」
「不二さんに伊藤君と……、初めて見る人」
「あっ、一ノ瀬亜矢って言うの。この馬鹿の腐れ縁よ」
「この馬鹿って俺のことかよ……」
「他に誰がいるのよ」
「まぁまぁ、喧嘩しないで!」
「ま、アイツを止められるのは俺ぐらいだろうしな」
「ゴメン、アンタ誰だっけ? 米沢さん?」
「江原だよ!!」
「嘘嘘。知ってるっての。あ、私神楽って言うんだけど」
「良く茅原っちとか小川っちに絡んでる人だ」
「ああ、あの子らのクラスの子か。どう、音楽してみない? 今なら2割引で楽器を売るけど?」
「それは遠慮しとこうかな……、ボク音楽ってより『音が苦』だし」
次から次に希望の下に集まる者たち。初めて会うもの同士でも、目的が同じならばそれはもう仲間だ。
「私たちの目的はただ1つ、」
互いの目的、主義主張を超越し、ただ1つの目的のためにドリームチームが結成された。
「狙うは、あのはちまき!」
「ふん、愚かですね。愚か過ぎて笑っちゃいます。もう爆笑、わっはっは」
感情を感じさせない笑い。それが逆に彼らを馬鹿にしているように見える。
「ふん、笑ってられるのも今のうちだ」
「アンタ騎馬じゃないの。頑張るのは上の人でしょ?」
「少しぐらいカッコつけたっていいだろ!! それに、俺が一番あいつのことを分かっている。不本意とは言え、一緒に校内放送をする仲なんだ。あいつの弱点はすべふぇえ!!!」
いきなり江原隊が潰される。戦争は、始まったのだ。
「い、いきなり来たわね……」
「当然です。いつまでも空気を呼んで待ってると思ったら大間違いです。折角共闘してもらったところ悪いですが、たまには悪が勝つところもみてみたいでしょ? というわけで、沈んでください」
「みんな、散らばって! ここは私が食い止める!!」
神楽の一声で散らり距離をとる。しかし、
「きゃあ!」
「神楽さん!!」
あっけなく飛ばされる神楽隊。
「次、行きますよ」
そう冷たく宣言すると、あたりを見渡し、
「だ・れ・に・し・よ・う・か・な・、・て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・り・にするのも癪なんで、貴女潰します」
最初から狙ってたかのように突進してくる。
「わ、私ぃ!?」
巨体が山本隊に迫り来る!
「山本さん!!」
「丹下君!?」
しかしそこを単騎受け止めた丹下君。馬から飛び、身を呈して山本を守る。
「あら、順番が変わってしまいましたね、でも」
天野はひょいっと山本のはちまきを奪う。
「運がよかったですね。彼のタックルをまともに受けたら洒落になりませんよ」
捨てるように吐く天野。
「残りは4組ですか。最強の令嬢、師弟関係ペア、自称魔法少女にラノベ主人公、テンプレツンデレ幼馴染ですか。どうしましょうか? まとめてかかって来ますか?」
負けるわけがない。彼女の表情はそう物語っていた。
「ねぇ天野さん。情けないお願いなんだけど、私たちに時間もらえませんか?」
「時間? 作戦タイムでもするおつもりで?」
「どうせこのまま戦っても面白くない結果になると思います。それにそちらも疲れてるでしょうし。少し休憩をかねた作戦タイムを要求します!!」
こっちを見る伊織。え、僕らが決めるの?
『いいだろう。ただし、他の生徒も待たしてしまうから、3分間だ。3分間待ってやる』
それ言いたかっただけじゃないの?
「ありがとうございます」
――
「なぁ、俺ら行かなくていいのか?」
「無理じゃないかな? 僕も行くべくだとは思うけど」
「ぐぬぬぬぬ……」
「ぐぐぐぐぐ……」
「この状態じゃねぇ」
2組ほど、はぶられていたのだった。
――
「どうするんですか? やっぱりまともに行っても難しいと思います」
「拓也が生贄になればいいのよ! そうすれば役に立てるわよ」
「なんでだよ!! しかも俺1人じゃないからな! 騎馬戦なの! 他にもいるの!」
「そうですそうです! ゆきりんは痛いの嫌なのです!!」
「2人の言う通り、今更いけに枝なんてそう言うわけにも行きません。1騎を犠牲にしたところで、本多さんの反射神経は直ぐに次のターゲットを捕捉します。全員が倒れるまでのその間、1分も持たないかもしれません」
「そ、そうですよね……」
「ただ、本多さんと天野さんがクローズアップされてますが、その2人に隙がないとしたら? 前から攻めるのは得策ではありません。ですが、この騎馬の構造上どうしても避けることができない問題があったんです。そこをつけば……」
――
『タイムアップ!! 作戦タイムは終了だ!』
峰子さんの宣言によって最初で最後の作戦タイムが終わりを告げる。
「さて、皆様。覚悟は御決まりですか?」
「ええ、問題ありません。ところで、1つ確認しておきたいルールが有るのですが……」
今更ルール確認?
「騎馬が崩れても、騎手が地面につかなければ問題はないのですよね?」
『ああ、例え肩車になっても、はちまきさえ生きていれば大丈夫だ』
「なるほど、了解しました」
「OKですね。それでは、再開しましょうか!!」
3分間のインターバルで回復した天野隊の動き、正確には本多君の動きは先ほどと比べ物にならない。彼限定で言ったのは、前と後ろで分断しそうになっているからだ。
「キビキビ行きますよ!!」
それに気付いていないのか、さらにスピードを上げる天野隊。彼らが捕まえたのは、
「やっぱ私!?」
伊藤のツンデレ世話焼き幼馴染一ノ瀬だった。
「亜矢! 作戦通り行けよ!」
伊藤隊は彼女たちに併走する様にに走る
「分かってるわよ! みんな、ちょっとの間頑張って!!」
騎馬を鼓舞し、天野隊の追撃から逃げる。
「もう少し!!」
一ノ瀬が駆けて言った方向には、
「――」
「――」
相変わらず揉めている2人。まさか……、
「みんなありがと! ゆっくりして良いよ!」
一ノ瀬隊はわざと自分たちで騎馬を崩し、一ノ瀬は、
「こっちだ! 亜矢!」
「しっかり捕まえなさいよ!!」
「でも捕まえるのはゆきりんなのです☆」
「な!?」
併走していた伊藤隊に飛び乗りエスケープする。突っ込んできた本多くんはというと、
「ちょっ!! なんか来たんですけど!!」
「2人とも離れて!!」
「「へ?」」
「「わああああああああああ!!!!」」
哀れ、タンクローリーがごとく本多タックルによって吹き飛ばされてしまう。
「はずしたか!?」
体勢を戻そうとする天野隊、だが、
「スターダスト☆ジャッジメント!!」
「はあああ!!」
「やあああ!!」
残り3体に背後を取られ、後ろの2人を攻撃される。
『って思いっきり蹴らなかった!?』
『大丈夫だ、問題ない』
『セーフなの!?』
『さっきから普通に突進でぶっ飛ばしてる人がいるだろう。その時点でルールも何も有ったもんじゃないぞ』
それを言われたら返せない。
「どわっ!」
「わぁ!」
さっきから全力疾走に付き合わされた2人は、実はもうヘトヘトで着いて行くのに必死だったのだ。しかも3分間のインターバルは、照りつける太陽、上に乗る重さ(天野に睨まれた気がする)によって、逆にあの二人を疲れさせる結果となった。そんな状態で全力のタックル(プラス蹴り)を受けたんだ。耐え切ることができなかった。
「ちっ!! 小癪な!」
それに気付いた天野は本多君に肩車してもらう要領で飛び乗り、天野隊は2人にしてしまう。
「だがこちらには本多君がいます。彼1人で一騎当千レベルなんですよ? こんな風にね!!」
両腕をラリアットのように広げて襲い掛かってくる。
「■■■ー!!」
「わぁ!!」
「危ないっ!」
「行けッ!」
3体まとめて畳み掛ける。腕に巻き込まれた皆は吹き飛ばされてしまう。どんな腕力してんだよ!!
「はっはっは! どうですか!? 私たちこそ無敵なのです!! 無様に転がっていなさい!!」
完璧にキャラが崩壊している天野。いや、これが本性なのだろうか……。末恐ろしい……。
「無敵ですか……、でも名乗るには……、まだ早いと思いますよ?」
地面に突っ伏した伊織が息も切れ切れに答える。
「なんですか? 迷いごとを……」
その瞬間だった。
「小さくても強いんですよ? あの2人は」
上から2人が降ってきたのは。
「な!?」
「小町ちゃん!!」
「任せて! 歩もしっかり掴んでよ!」
小町ちゃんと西邑の師弟コンビは、太陽を隠すように落ちてきて、
「もらった!」
一瞬出来た隙を見逃さず、
「きゃあああ!!」
はちまきを奪い取ると、
「小町ちゃん!!」
宙を待って彼女は彼氏の腕の中に包まれる。
「おっと!!」
俗に言う、御姫様抱っこだ。
『勝負あり!! 勝者は、二宮隊!!!』
グラウンドを割らんばかりに響く歓声。そう、勝ったのだ。勝ち目のない絶望に、打ち勝ったのだ。
――
「みんな、御疲れ! これで一気に点が入ったぞ! 次のスウェーデンリレーで優勝したら僕らの逆転優勝だ! それじゃあラストラン行ってみようか!!」