恋は盲目~Love is blind~
「ふむ、季節は紅葉が美しい秋だというのに、今日も願い叶いし美桜のしたにあらたなるカップル誕生の瞬間が訪れる……。美しきかな、青春。せめて心のファインダーで焼き付けよう、二度と戻らぬ甘酸っぱい日々を」
「なんでアンタがいるんだ」
いつの間にか現れて、恥ずかしいポエムを音読する理事長。人一人巻ける絆創膏を持ってきて欲しい。出来れば布亀製。
「こんな面白そうなことをこの私が見逃すとでも思ったか? 甘ぇよ。でもその甘さ、嫌いじゃない」
「中途半端にパクるな」
仕事しろよ。
「心配には及ばん。なんせ私には優秀すぎて怖い秘書がいるのだからな。今頃彼女が全て終わらせているところだろう」
木村さんのことかな。余り表には出ないけど、この人の秘書やるぐらいだから徒者ではないんだろう。
「しかしあの丹下君がなぁ……。風紀の鬼と呼ばれたほどの人物が恋をするなんてな。明日はラフレシアでも降るんじゃないか?」
どんな状況だよ。異臭騒ぎじゃないぞ……。
「まぁ、弱みは握っておくことに越したことはない。私も彼にはさんざん煮え湯を飲まされてきた。ここらでハッキリさせておくべきだろう。理事長に喧嘩を売ることがどれだけ愚かな行為かと言うことをな。教育的指導の始まりだ!」
いや、ゲーム没収に関してはアンタの自業自得でしょ。
――
「来てるね」
「来てますね」
校庭に一本離れて立っている美桜の木。そこに今回の中心人物丹下衛君がいた。
ちなみに、この木の下で結ばれたカップルは永久に幸せになれるとかなれないとか。断定しないところがいかにもって感じがする。まあ伝承というのは曖昧なもので、本人らにその気があれば、例えウサギ小屋のなかで告白しても死が2人を分かつまで一緒にいることが出来る。まあ信じるか信じないかはその人次第。当たるも八卦当たらないも八卦ということだ。
「普通は春の別れの時期にするもんなんだがな。2年間待てなかったか?」
峰子さんが言う通り、この木に満開の花が咲くころに思いを伝えるのが普通だ。卒業式の日、伝承を信じたものたちが告白し、新たなカップルが生まれていく。中には思いが届かず悔し涙を流した人もいる。喜びも悲しみもこの木は全部見てきたのだ。そういや僕が学生のころは行列ができていたな。余りにも混雑するからといって、整理券なんてものが配られたぐらいだ。
「整理券とかギャグだよな……」
思い出しておかしくなる。6番と書かれた札、今まで喋ったことのない後輩からの告白。彼女元気してるかな……。
「どうしたの? 急にセンチになっちゃって」
「んあ? ちょっと昔のことをね」
もしどこかで会うのなら、そのときは互いに別の人が隣にいるのでしょう、か。どこぞの失恋ソングかっての。そもそもそのとき初めて話したのにさ。最後ぐらいは勇気を振り絞ったけど、僕はそれを受け入れなかった。あれから6年だけど、時々その日のことを思い出す。
「また私の知らないこう君がいる……」
半分ぐらい隠し事をしてる人に言われたかないね。
「しきりに時計を気にしているな。まだかまだかという心の声がここまで届くよ」
そろそろ時間だろう。
「いや、ここで彼を試してみようよ」
山本に動くよう促そうと思った矢先、姉さんに制止される。
「あえて遅れるの。彼の性格じゃ許せないことなんだろうけど、これから告白しようとする相手に厳しいこと言えないと思うんだ。それなら校則中毒とか呼ばれて融通が利かないと評判の彼も惚れた相手には弱いなんて人間臭い一面があるってことになるし、もし五十鈴ちゃんに説教し始めたら、相手を全力で良い方向に持っていこうとする良く言えばおせっかい、悪く言えば独善的な面が有るって分かるし。そういった意味ではテストかな。評判や後ろからついていくだけじゃ分からない情報を知ることができるしね」
その上で山本に選ぶかどうかを考えさせるということだろう。
「まぁ様子見ながらするから何時間も待つなんてことはしないよ」
丹下君には気の毒だけど、ここは一つどんな人か試させてもらおうか。
――
「時計を何回も見ているね」
5分待つと、さっきより頻繁に時計を見だした。
「ふむ、指で時計を叩いているな。5分ぐらいでイライラしだしたらデートなんか出来ないぞ」
アンタ2次元専門だろ。
「しかしどうしてでしょうか。なにか様子がおかしいですが……」
落ち着きがないのはいつものことだけど、伊織が指摘するように、怒ってるようで困ってるような顔をしている。まるで割り切れないみたいに。
「ちょっと早いけど頃合かな……。じゃ、張り切っていってみよー!!」
「わっ!!」
他人事のように明るい姉さんは山本を押し出す。
「グッドラック!」
驚く山本に対してサムズアップで応援する。
「グッドラック」
つられて僕らもしてしまう。
「ええ!」
山本は決戦の地、美桜へ向かう。
――
「えーと、これをこうして。よしっ、これでクリアに聞こえるよ!!」
前も言ったけど盗聴は犯罪です。
「良いじゃん。気になるでしょ?」
でもバレなきゃ合法です。
「この物語はフィクションです。よい子の皆様はマネしないで下さい」
「なに言ってんの?」
「いや、言わなきゃだめかと思いまして」
「何のこっちゃ」
――
『あのー、丹下君?』
恐る恐る桜の木の下で待つ丹下君に話しかける。さて丹下君はどう出る?
『遅いっ! 6分47秒23の遅刻!!』
細かっ!!
『ぴっ!』
可愛らしい? 悲鳴を上げる山本。多少覚悟はしていたのだろうけど、遅刻を咎めてきたことに驚きを隠せなかったようだ。
『はっ!! いつもの癖で注意してしまった! すまない!!』
「あれ? 説教モードに入らない?」
説教に入るかと思いきや、意外にも詫びを入れる丹下君。
『ちょっと、そこまでしなくても!!』
見事すぎる土下座で……。入射角、スピード、どれをとってもプロ並だ。
『私を許してくれるのか?』
捨てられた子犬のような眼で見上げている。ただまぁ、1つ要望があるならば、男でその眼はやめて欲しい。
『許すも何も遅刻したのこっちだし……顔上げてください』
何だこの茶番。
「こう君、言わない御約束」
サーセン。しかし明らかにこっちに非があるのに、逆に謝るという彼の行動は嫌われまいとしているようにも見えなくない。
「あれだよ。やっぱり校則中毒なんか言っても人間なんだよ。フェアすぎる人でも、恋をすればその相手を贔屓したがるんじゃない? 恋は盲目って奴?」
成る程ね。納得がいく。
『すまない……』
膝についた砂を振り払いながら立ち上がる丹下君。
『山本さん、私は貴女に伝えなければならないことがある』
整然たる立ち振る舞いに戻り、本題へと入るみたいだ。
「告白キター!!」
理事長は黙ってろ。
『山本さん、私の心はあなたに盗まれた』
ホントにそれだったんだ……。
『よって貴女を……』
『刑法235条3項により、』
『私の彼女にします』
そう言い切ると。
カチャ
『へ?』
こともあろうことに、丹下君はなんと手錠を二人の手にはめる。
『へっ? へっ?』
『さぁ、署まで来て……』
そのまま2人は……、
「ちょっと待たんかあああああ!!」
「ぐふっ!」
飛び掛った姉さんのシャイニングウィザードをもろに受け倒れる丹下君。
「なんで、」
「なんで間違った認識で告白してるのよおおおおお!!!」
桜の木の下で、叫ぶ姉さん。