丹下衛に対する客観的な考察。その2。尾行~The early bird catches the worm~
インタビューの結果、丹下衛という人物の人となりがある程度分かった。さて、運命の日は明日。今日のところは真っ直ぐ帰った(寄り道をしない)らしいので、僕らも各々の家に帰ることにした。
「なんというか人によって評価が極端に代わる奴だな……」
風紀をきっちり守るという点では教師受けはいいが、よくよく考えたら、うちの教師陣はアニオヲタゲーヲタ理事長を始め、先にこっちを取り締まれよってぐらい自由な教師が多い。そう考えたら、彼を評価してるのは藤堂先生ぐらいじゃないのか?
「でも明日は彼の弱点をすっぱ抜いてあげる!」
姉さんはやる気満々だ。
「でもどうするんだ? 彼の朝はめちゃくちゃ早いぞ」
話に聞くと競りレベルらしいし、朝4時からジョギングしてるとも言われている。朝起きるのが苦手な僕には信じられない所業だ。
「それじゃあさ、今から行こうよ」
「はっ?」
――
翌日。
「こう君、こう君! 来たよ!」
バシバシと叩き起こされる。
「ふわぁ? 後5分……」
まだ4時前じゃないか……。
「ほらほら! 丹下君出てきたよ!」
丹下? 桜か?
「もう、寝ぼけてないで!」
「ってええっ!?」
あのー、何で僕ら公園で寝てるんでしょうか……。
「もう! 昨日から見張ってたでしょ!」
ようやく思い出す。朝が早すぎることに定評がある丹下君を尾行するために、近くの公園で一夜を過ごしたのだった。
「つーかホントに4時起きかよ……」
まだ眠いんだけど……。
――
「こんな早くからどこに行くんだ?」
学校指定のジャージを着てテンポよく駆けていく。
「あれ? 何か拾ったよ?」
足を止めて拾う仕草をする。
「あれ万札だよ!」
オペラグラスで覗いていた姉さんは驚きの声を上げる。万札とか……、早起きは1万の得ってか? それなら僕も早起きしようかな……。
「ってこっちに戻ってくるぞ! 隠れよう!」
万札を拾った丹下君はこちらに方向転換し、走ってくる。
「今度はどこに行くんだ?」
僕らの前を通り過ぎたことを確認し、見つからないように彼を尾行する。
――
「交番?」
丹下君が駆け寄った場所は交番だった。
「あれじゃない? 1万円拾ったから交番に届けます的な」
一瞬でも早起きしたら1万円ゲットできると思った自分が恥ずかしい。
「だけどこんな朝早くからこられてもお巡りさんも迷惑だろうに……」
休ませてやれよ。
――
「あっ、また何か拾ったよ。チョット見難いなぁ」
オペラグラスを回して倍率を調節する。
「今度は100円玉だね」
すると丹下君はまたこちらへ方向転換をする。
「まさかとは思うけど……」
「そのまさかじゃないかなぁ?」
――
交番なう。
「丹下君は近所でも評判の正直者、と」
「りーんりーんらんらん双生児」
微妙に違います。
「しかし100円のために調書やら書く方のみにもなってあげなよ……」
融通が聞かないほどの真面目君と聞いていたが、100円ぐらいラッキーって感覚で拾えば良いのに。
――
その後も何か拾うたびに交番による丹下君。動物の森みたく落ちてるものを積極的に取っていくのも考え物だけど、1円玉ぐらい良いだろうと思う。本人に悪意はなくとも、結果としてお巡りさんに迷惑をかけているような気がする。
「というかこんな時間から学校開いてたんだ」
いつの間にか御崎原の制服に着替えていた丹下君は、守衛ぐらいしかいない早朝の学校に入っていく。噂通りの3時間前登校だ。3時間もなにするんだ?
「花壇に水をやってるね……、鼻歌まで歌ってるし」
実に楽しそうだ。しかし歌っているのがやたら軍歌調なのが凄い気になる。それ大丈夫なの?
「――♪」
――
「1、2、3、4っ!」
どこからともなくラジオ(校則違反じゃないの? と思ったけど、あれは学校のラジオだった)を取り出し、広いグラウンドでラジオ体操をする。……ソロで。
「1、2、3、4っ!」
姉さんもこっそりラジオ体操をしていた。
「はい、こう君も! 1、2、3、4っ!」
「2、2、3、4」
何で僕まで……。
――
「というのが今朝の丹下君。交番に持っていった落し物だけど、10往復ぐらいしたんじゃないかな」
「ちなみに、お金を拾ったのがうち6回。総額10122円なり」
「落し物は交番へ!!」
「でもま、ほどほどにね」
――
「おはようございます!!」
「そこっ! スカートが短い!!」
「イアホンを外しなさい!!」
朝の校門で挨拶活動をする丹下君。せいが出るが、行っているのが彼だけというのが何か悲しい。適当委員長の言う通り、真面目にやる方が少なすぎるのだろう。それでも我関せずと言ったように校門チェックをする。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
選挙活動でもするのか?
「おはようご……ざいます」
ん? 歯切れが悪いぞ。どうした?
「はぁ、おはようございます」
山本じゃん。こっちこっちと手招きする。
「おはよう、山本」
「おはよううございます先生、美桜さん。なんですか、呼び出すなんて」
気付いてなかったのか?
「いやさ、丹下君をずっと観察していたんだけど、他の生徒と山本に扱いの差があるといか……。山本相手では素直におしゃべりできないって感じだったよ」
元気いっぱいの挨拶も尻すぼみになってたし。
「TSUNAMI?」
そのつもりはなかったんだけどな……。
「これである程度確信したよ、丹下君はスーパー風紀委員校則中毒である前に、普通の恋する男の子ってことがね。あれは惚れているリアクションだと思うよ?」
「マジですか……。何で私なんだろう……?」
知らんがな。好き嫌いは個人の問題なの。
――
3時間目、5組の授業にて
「皆はまだ生まれてないけど、1989年に消費税が導入されたんだ。中学やら小学校でやったかもしれないけど、当初は3%だったんだ。それを制定したのは時の総理松上昇。当時は低所得者層からは凄いバッシングを受けたんだ。タレントの孫のDAIGOSANという身内にまで攻撃が来るぐらいにね。ウィッシュウィッシュ言ってるけど結構苦労してんだよね」
総理の孫があんな風に育つなんて誰も予想しなかっただろうに。しかも姉は婦女子気味の漫画家だし。三代続くと変なとこに行ってしまう。同じく三代目の伊織も何かに目覚めるのだろうか?
「先生!」
ビシッと空を切るように手を挙げる丹下君。周りはキターって顔をしている。恒例行事なのか?
「どした、丹下君」
名に聞かれても恥ずかしくないように予習済みさ――
「ウィッシュってなんですか? 願いですか?」
ずってーん!! 精神的に皆がずっこけた音がした。
――
「というド天然君です。どうもテレビはニュースか国会中継、たまに警察24時ぐらいしか見ないみたいだからDAIGOSANを知らないんだと」
まさに大誤算。なんちって。
「はぁ……」
どうしろとって顔をする。こっちが知りたいよ。
「以前取材したという新聞部の先輩にも話を聞いてみましたが、百戦練磨の向田さんでも扱いに困ったと聞きます」
向田さんが誰かは知らないけど、新聞部も扱いに困る他ぁ相当な問題児だな。
「只者じゃないよね、彼」
「どうする? 行くならそろそろ行かないと」
山本は少し考えるそぶりを見せて、
「行きます」
そう力強く答えた。