トップオブザアイドル~Economic girl~
40人超の国民的アイドルグループのセンターを張るアイドルの中のアイドル、江原遥。
いつまでたっても名前を覚えられない名前だけ派手な元生徒会長現DJ、江原彼方。
同じ苗字ぐらいしか共通点はないと思われがちだが、実はこの2人、同じ日に同じ時間同じ場所で同じ親から産まれた双子だという。
「双子?」
「そっ、双子。彼方が兄で私が妹。あんま似てないって言われるんだけどね、そんなに似てないかなぁ、目元とかクリソツだと思うんだけど」
こりゃたまげたな……。二人を並べてじっくり見ると、確かに似てなくはない。特に目元のあたりは自分で言うだけあって合成写真かってぐらいそっくりだ。メイクして可愛く飾ったら、江原もアイドル代理になれるかもしれない。誰が予想できただろうか、この新事実を。
「江原、お前凄かったんだな」
トップアイドルの双子の兄なんてとんでもない設定だぞ。
「俺は別に凄くねえよ、遥が凄いんだよ」
自分のことのように誇らしげに言う
「いや、寝癖の話なんだけど」
誰も身内が凄いだなんて言っちゃいないぞ。
「悪かったな! 旋毛がやや左にあるから、その辺が発芽米みたいになりがちなんだよ!!」
力説する江原。
「はいはいそこまでー、トップアイドルの妹ほっぽいて漫才だなんて寂しいことしないでよ。でなんだっけ? サイン欲しいの? そうね、今日は彼方にも会えたし私の機嫌がいいのから、スペサルプライスでご奉仕しちゃうけど」
にひひって笑うアイドル様。アイドルの頂点に立つだけあって、その営業スマイルは素晴しく可愛いという印象しか与えない。古村たちが夢中になるのも納得できた。けど、
「別にいらないんだけど」
積極的に欲しいと思わない。つーかスペサルプライスって金とるんかい。
「えー、ファンのみんなからしたら喉から、いや心臓から手が出るほど欲しいって代物なのに。オークションに出したら100万円でも安いぐらいだよ? それを驚きの8割引にしてあげるんだから、ささ、遠慮しない遠慮しない」
凄い驚きようだ。サインを拒絶されたのが初めてだったのかな。
「それは相手がファンだったらでしょ。僕は別にファンでもないもん。つーかそれでも20万じゃん」
色紙に名前書くだけなのに20万とか金銭感覚が狂ってるとしか思えない。お金の使い道なんて人それぞれだけど、そういう使い方には感心しないな。
「いらないってのなら別にいけど。でも後悔しても知らないよ、こんなサービスめったにしないんだからね。って忘れてた! ねえ理事長室ってどこかな? 挨拶するようマネに言われたんだけど……、つーかここ広すぎ!! かれこれ1時間は彷徨ってるよ! 幸い誰にもばれなかったけどさ、もう足が限界なんだけど」
そこまで広くないんだけどな……、大学なら分かるけど、高校で1時間も迷うのは痛いな。
「聞けばよかったじゃん」
生徒が全くいないってわけじゃないんだから、道行く生徒に聞けばよかっただろうに。
「いやだよー、だってばれるじゃん」
帽子を目深に被り、素性を隠す。しかし既に僕にばれてしまったのだが。
「でもばれちゃったものは仕方ないわ、というわけで彼方ー、案内ヨロ」
なんつうか、本当にトップアイドルなんだろうか。ここまでオーラがないのも凄いぞ。
――
「よく来てくださった! ささっ、お座りください。それと江原君と南雲先生、2人もいてくれたまえ」
理事長室に案内した僕らだったけど、理事長によって呼び止められる。
「なん……、どうしてですか?」
なんで? と間抜けにも聞きかけたけど、すんでのところで言葉を飲み込む。いくら叔母とはいえ、あまりなれなれしく話すもんじゃない。それにほかの人もいるしな。
「それとあと一人来るんだが……、」
「遅れてすみませーん!!」
理事長が言いかけると、空気を呼んだかのようにけたたましくドアが開く。
「生徒会長香取理名ただいま参りました」
すべての張本人、遅れて登場。しかしアイドル様は1時間近く歩いてたっていってたけど、ホントは何時に会うつもりだったんだ?
「……1時間前」
思いっきり遅刻じゃねえかぁ!!
「だってあんなに迷うと思わなかったんだよ!?」
「先生、遥は筋金入りの方向音痴なんです」
マネージャー同行してやれよ……。この子一人じゃお使いもできないぞ。
「ふむ……、いくら今年転校してきたとはいえ、君まで迷ってどうする」
大体分かった。つまりは一向に来ないアイドル様を理名ちゃんが探しに行ったけど、そうも上手く会わず、仕方なく戻ってきたってところだろうか。お目当てのアイドル様は、その間兄に対してタックルアンドマウントデレと言うえらくバイオレンスな愛情表現を見せていたんだけど。
「仕方ないじゃない! 探しても探してもどこにもいないし、だからと言って江原遥見なかった? なんて聞いて御覧なさい? 間違いなくパニックに陥るわよ……」
珍しく疲れたように愚痴る理名ちゃん。生徒会長もいろいろ大変なのだ。
「さて、全員そろったから早速本題に入りたいもだが……、その前に、木村、例のものを」
専属秘書の木村さんは心得たといわんばかりに何かを取りにいく。
「江原遥さん」
「はぁ……」
「サインください」
例のもの=色紙とペン。ってええ!?
「えーと、50万ぽっきりで」
さっきより高くなってる!! ホントさっきのは良心的価格だったんだな……。つーかアイドルがそういう商売して良いのか? 華やかなイメージから一転かなり泥臭くなってきたぞ。
「ローンは可能か?」
そこまでして欲しいの!?
「えーと、月々1万円からの50ヶ月で」
4年かかるの!?
「いや、そこまでなら結構だ。前金として30万、後は月々2万でどうだ?」
「構いませんよ♪ はい、これ契約書」
サインひとつにここまでするか普通。てか最早詐欺じゃないか?
「詐欺? 人聞き悪いなぁ。私のサインにはそれだけの価値があるの、いわばフェアトレードよ」
えっ? どこか悪い? って感じであっけらかんと言う。
「別にそれを転売して利益を得るのも自由、まっアイドルなんかいつまでも人気があるわけじゃないしね。役者とかにシフトチェンジ出来たらいいけど、それでもピーク以上の価値はないかもね。私のサインはある種の株みたいなもんよ、今限定のね」
妙にエコノミックな子だな。強かというか何というか……。しかしローンを許したり、気分で値段を買えたりするあたり、株なんかよりも余計たちが悪い。
……20万で買って転売したら倍以上貰えたんじゃね?
「キュッキュッっと。はい、どうぞ」
鼻歌を歌いながらサインを一丁仕上げる。
「えひゃひゃひゃひゃ! えはりんのサインだ! これこそ萌え!」
この人一応三次元も行けるらしい。
「で、理事長。本題って何ですか?」
一向に話が進まないので、流れをぶった切る。
「ああ、本題だが」
一瞬でキモヲタモードから理事長モードにシフトチェンジする。この変わりようは最早芸術の域だ。
「これよこれっ!」
理名ちゃんはダンボールを机の上に置く。
ドスッ!
明らかに重量級の謎の物体Xが入っているみたいだ。
「何これ? ファンレター」
「違うわよ! PV出演希望者の書類よ! さすがアイドル、私だけじゃここまで集まらなかったわ!」
こんなに来たの!? これが今をときめくアイドルの力なのか……。
「他にもパワフルガイファンとかランチ券やらおまけにつられた人が大多数ね」
ですよね。僕だってシール欲しさにチョコ買ってたし。
「えー、ひどくない? 私食玩扱い? ビックリマン?」
アイドル様は頬を膨らましてぶーたれる。それすらも可愛く見えてしまう。あれ? あいつらに毒されつつないか?
「あら、あなた達だってそうじゃない。ファンは曲よりもそれに付属するオマケが欲しい。間違ったこと言った?」
理名ちゃんは、挑発するように返した。ちょっとそれは言い過ぎじゃ……。
「今何つった?」
突然肝っ玉が震えてしまうような声が聞こえた。
「聞こえなかった? ファンが欲しいのは曲じゃなくて、オマケ」
しれっと繰り返す。
「ふふふふふ……、随分口の悪い会長さんね、今にリコールしちゃうよ? 彼方が」
あわわわわ! 頭の中にスタンハンセンの音楽が流れてくる!
「俺が!?」
しかもまさかの他力本願。まぁ行ってる学校違うからリコール出来ないしね……。
「あはははは……、あら、ひょっとして歌うまいと思ってたり? こう先生の微声と対して変わらないわよ?」
微声ってなに!? 一瞬美しい声かと思ったけど、カラオケ的な意味では微妙な声の意味か!?
「「……」」
一触即発の最悪の空気が流れる。まさにコールドウォー、冷戦じゃないか。
「あの……、その辺にしてくれませんか……」
「遥もその辺でストップ!」
調停役として、2人を丸く収めよう。はいその辺に、
「「いつか殺す!」」
「「ヒッ!」」
しましょうね……。うん、先生からのお願いな。大丈夫か、この2人……。
「ふむ……、これは面白くなってきたな」
楽しそうだな、あんたは。