男はカッコつけたがるもの~Bacouple go go~
「喫茶店自体がオルゴールみたいになってるね」
からくり人形からの粋なプレゼントをありがたく受け取った僕らは、コーヒーが無料になるオルゴール喫茶『響』に足を運ぶことにした。小腹が良い感じに減ってきて、今なら何でも美味しく頂けそうだ。それに教えてもらったスーパー会計テクを実践してみたくなったのだ。御手洗いに行くと見せかけて会計をしておく、するとなんと言うことでしょう。気になるあの子も、『素敵っ! 惚れたっ! 結婚しましょ!』ってなるに決まっている。後半2つは既に言われてるような気がしないでもないが、まあいっか。
無料券に書かれた地図を頼りにオルゴール喫茶を見つけ出す。出来るものならもっと丁寧な地図がよかったな、思ってる以上に雑だぞこれ。中に入った僕らを待ち受けていたのは、あたり一面に整列したオルゴールたち。BGMも誰もが知ってるようなヒットソングを美しくアレンジして流している。オールゴール軍団の中には、神戸さんの工房で見たこと有るものもあるな。オルゴールネットワークでもあるのだろうか、少し気になるところだ。それより気になったのは、
「僕らがオルゴールの中に入った、そんな感じがするなぁ」
そう。正方形にかたどられた店内には鐘のオブジェが吊られており、テーブルも回転台の上におかれている。それと入る前に見つけたんだけど、決定的なものとして、外側には大きなネジが巻かれていた。試しに回そうとしてみたが、到底動くわけが無く、体力を無駄にしてしまうだけになってしまった。
「あれは巨人専用なんだろうか……」
そもそも巨人がオルゴール回すんかいなんて突込みが聞こえそうだが、あえてスルーする。こういうのはイマジネーションの問題さ。
「ねえ航さん、何食べる?」
そろそろ奇妙な新婚夫婦みたいな呼び方にも慣れてきたが、やっぱり降参って聞こえてしまう。それは良いや、メニューを見ると意外とバリエーションは豊富だ。喫茶店よりレストランを名乗ったほうがいい気がする。オムライスにカレー、リゾットとソバ飯なんかもある。気のせいだろうか、米物ばかりな気がするのは。
「航さん、これ食べてみない?」
伊織が指差す先には、
『カップル限定エクレアパフェ』
何このピンポイントで喜びそうなメニュー……。渾沌と混乱と狂熱が入り混じってそうだなおい。しかもお値段もそれなりだ。流石にどこかの王様みたいな暴君価格ではなかったけどさ。
「だめぇ?」
「うっ」
上目遣いでおねだりしてくる。何か自分の芯の部分から噴流が如くこみ上げてくるものが有るけど、ここでそれを暴発させてしまうとジエンドだ。つーかデート中幼児退行してないか? どれがホントの伊織なのか分からなくなってきたぞ……。女はいくつも顔があるというが、ここまで極端とはな。リードしてるつもりがいつの間にか手綱引かれてるかもしれんね。
「分かったよ……。すんませーん! えーとリゾットとコーヒー、伊織は何かいる?」
「じゃあミニオムライスとアイスコーヒーで。それと」
分かってますね? って顔でこちらを見てくる。僕が言うのかよ……。
「カップル限定エクレアパフェ一つ……」
店員さんがニヤニヤしながらオーダーを通す。チラチラとこちらを見てくるけど、悪意しか感じない。
「お待たせしました。リゾットとミニオムレツとアイスコーヒーです。エクレアパフェはもう暫く掛かりますのでお待ちください」
相変わらず苛ただしいほどのニヤケ具合だ。彼には他人を不快にさせる何一つ嬉しくない才能があるのかもしれない。
「「いただきまーす!」」
お味のほうは、まぁあっさりして食べやすい。コーヒーも僕の好みに合っており合格点を挙げたいぐらいだ。
「おまたせしました-! カップル限定エクレアパフェです!」
来たよ、本日の鬼門が。
「あ、言い忘れてましたけど、これはカップル同士でアーンしながら食べてくださいね!!」
は?
「はいはい、掬って掬って!!」
不快感店員がデジカメ片手にこちらを煽る。なんか動きの一つ一つがムカつく、流石だ。
「あ、アーン?」
伊織もこれには驚いたらしく、ちょっと戸惑っている。
「誰も口移しで食べろなんて言ってないんだからさ、早くしないと皆にみられるよ!」
お前がうるさいからだろっ!! 周りの客も何事かと注目する。これは逃げられないな……。
「伊織、アーン……」
「あ、あーん……」
『カップル限定』の時点で良からぬ事しか起きないと思ってたけど、エクレアと言う目先の獲物に心を奪われて大局的に物事を見ることができなかったその結果がこれだよ!
ピロリン!
写メは止めろおおおおおおおおおおおおおおお!!!
「ヒューヒュー!! 似合ってるぞー!!」
「なんだリア充かよ……氏ねよ」
「南雲先生、グッジョブッ!!」
言いたい放題にギャラリーは言ってくれる。その中に佐伯さんが混じってた気がするのは気のせいか?
「せ、先生も……、あーん」
「あーん……(これも世界の選択なのか?)」
ピロリン!
伊織もいつもの敬語に戻ってしまう。こいつの場合敬語が基本になってしまっているようだ。育ちが良いから余りやりたいように出来ないのかも知れない。
「伊織、ちょっと御手洗い行って来るわ!」
「あっ、先生!」
恨めしそうな目をする伊織心の中でゴメンナサイしておく。それにこれ以上変なことになる前に例の計画を実行しないと!
「先に会計お願いします」
「えーとこちらですね」
一人で払うには少々多い気がしなくも無いけど、これはデートなのだ。
「お釣りはいらない、ぜ」
「足りてません」
ちょっとしたコントになってしまった。
――
「航さん、遅いっ!」
戻ってきた頃にはバカップルパフェもなくなり、落ち着いてきたのか伊織も口調を戻してきた。
「悪い悪い、ちょっと混んでてさ」
「航さんがいなくなった後も周りがジロジロ見てきたんだよ!? 色々聞かれるしさ、付き合ってどれぐらいだとかキスはしたかとかさ。全部まだなのに……」
ほっぺたを膨らまして怒る。それもなんか可愛いらしくて、
「ふすっ」
ほっぺたをツンツンして空気で遊んでしまう。
「航さん!」
「ごめん、可愛くてついつい」
もはや無意識で普段なら間違いなく言わないセリフを言ってしまう。
「んじゃ、出ようぜ」
「あっ、会計……」
伊織が財布を出そうとするが、それを制して、
「あっ、僕がもう払ったよ」
そう言って手を取り店を出る。
「払った!?」
「そ、御手洗いの時に。デートなんだから男が払うもんさ」
メルマガの指導の賜なんだけど。
「もう……、分かりました。でも次は僕も払いますから! 良いですね?」
「まっ、そん時次第だな」
「いや払います! 予約しました!」
「予約ってなんだよ……」
デートは尚も続く。