ロマンシング・性(さが)~Stupid men~
「ふぅ……」
初っ端から賢者モードだがそれはご愛嬌。自分の中にあるあらゆる穢れが洗い流されるようだ。
本城さんの運転で宿に着いた僕らは、早速だけどご自慢の温泉を堪能することにした。これが秋なら紅葉が舞い、冬なら雪見風呂、春だと桜が舞うのだろうけど、夏のうだるような暑さを忘れて、心地良いぐらいのお湯に身を浸すと言うのもなかなか乙なものだ。目の前に開ける景色も美しく、僕らの住む町には無い開放感がある。これから歳をとっても、お爺ちゃんになっても来続けたい、そう思う。
『せんせーい、シャンプー貸してもらえますかー?』
壁を通して伊織の声が聞こえる。
「あいよー!」
間に聳え立つ性別の壁、法の壁の上目掛けてシャンプーを投げる。
『ありがとうございまーす!!』
決して崩れないジェリコの壁を、ベルリンの壁を挟んでの会話。その壁の先に有るのは、悦楽の楽園か、それとも生きては帰れぬ無間地獄か。あいにく僕はそれを確認する度胸が無い。
「おう、兄ちゃん壁の向こうが気になるのかい?」
地元の人だろうか、ほろ酔い加減のおっちゃん達が話しかけてくる。
「いや、別に気にならないですけど」
あまり絡まれるのも面倒なので、適当にいなしておこう。
「かぁー!! 何だよ兄ちゃんそれでも男かぁ!? ちゃんとついてんのかぁ!?」
「そりゃ男だから男風呂に入ってるんです。当たり前でしょ」
「連れねえなぁ。んじゃ俺らだけで行きますかね、『千里眼の穴に』」
そういっておっちゃんらはずらずらとどこかへ行く。千里眼の穴? なんとなく見当つくけど……。
――
『きゃっ、佐伯さんやめてください!!』
『よいではないかよいではないか』
『やだっ、はずかしぃ……』
『よいではないかよいではないか』
『もう……泡まみれだようぅ』
――
「心を無にして心頭滅却火もまたすずし、心を無にして心頭滅却火もまたすずし、心を無にして心頭滅却日もまたすずし……」
――
『もう、佐伯さん!!』
『失礼しました。お嬢様の反応があまりにも初心でしたもので』
『御嫁にいけなくなっちゃうじゃない……』
『その恥らう姿もキュート!!』
『きゃあ!!』
『よきかなよきかな』
――
「あああああああ!!! 悶々するんだよおおお!!」
こんな無防備な痴態(?)を地元のおっちゃん達に視られてると思うとじっとしてられない。止めにいかなねば……。
――
「……」
『おおーっ!!』
「なにしてんの、本城さん」
「んな、モブモブモブヲ!?」
モブが1つ増えたっ!!
「わ、私はこの不埒な連中に天誅を下そうとしていたんだ!!」
「思いっきり混じってたじゃねえかああ!!」
いつの間に仲良くなってんだよっ!!
「ああ悪いか!? お嬢様の官能的な声が聞こえてきたんだ!! 様子を見に行くのが執事の仕事だろうが馬鹿チンがああああああああ!!」
馬鹿チンがー、馬鹿チンがー、んがー……。(変態)執事の魂の雄叫びは山彦となってむなしく響く。
「逆切れ!?」
「ふふふ、しかしお嬢様と私の絆を馬鹿にするでないっ! そもそもどこに覗きを働いていたという証拠がある!? 私は湯の中にコンタクトを落としただけだ! それだけで覗き扱いとは教育者が聞いて呆れる!!」
さっき思いっくそ叫んでたじゃん。
「そうだそうだ! 俺らもコンタクトを落としたんだ!!」
「あんたらもかよっ!?」
「さぁ、私たちが覗きをしたと言う証拠を提示してもらおうか!!」
証拠、ねえ……。
「って言ってるけどどうする、伊織?」
『あっ、さっき電話しておきましたんでそろそろ来ると思いますから先生は逃げてください』
電話か。このパターンは何回も経験している、だから分かるんだ。ここから出なきゃまずいって!
「ほーい。あっすんません、見間違いでしたー。ではでは~」
そう言ってそそくさと風呂を出る。覗き組は拍子抜けした顔をして呆気にとられている。
脱衣所で服を着ていると(脱衣所なのに着衣ってなんか面白いと思うのは僕だけ?)、ガラガラと入り口のドアが開けられる。
「あ、ちーす」
「やあ、やらないか?」
「遠慮しときます。皆さんはどうしたんですか?」
「慰安旅行さ。どうだい? 俺たちは道下旅館に泊まっているんだが来ないか?」
「あー、後ろ向きに考えときます」
「連れないなぁ」
「そんじゃお先に失礼しまーす」
最近では普通にコミュニケーションを取れるようになったのが怖い。ある性癖さえなければ文字通りのいい男なんだけどなぁ。
『やらないか?』
『わあああああああああああああああああああああああああああああ!!』
覗きの代償があれならこの世からそんな下劣な犯行がなくなるよね?
――
阿鼻叫喚の地獄と化した男湯から抜け出すと、暖簾の前の椅子に浴衣に着替えた伊織が座っていた。
「あっ、先生。はいこれ。温泉と言えばこれです」
伊織はこちらに牛乳ビンを投げる。落としたらえらいことになるので取りこぼさぬようにキャッチする。
「おっ、流石! 分かってんじゃん」
「先生、御湯加減はどうでした?」
女将みたいな事を聞いてくる。しかし湯上りと言うこともあり、赤く上気して逆上せているように見えるな。なんだろうね、浴衣着て、上気して、すっごく官能的だね!!
「良かったよ。後半はそれどこらじゃなかったけど」
浴衣が少し肌蹴てる。南雲の千里眼はわずかな隙間も見逃さない!! 特に胸元……。
「それはよかったです。って先生どこ見てるんですか」
ばれたー!!
「あ、ああ! 浴衣似合ってるなって」
「ありがとうございます。って褒めてごまかそうとしていませんか?」
「んなわけないじゃないかぁ!」
声が上ずってしまっているのでバレバレな気がするけど、背に腹はかえれまい! ここは褒め殺し劇場で……。
「まぁ先生ならいいですよ。言ってくれたらいつでもお見せしますけど?」
「お願いします」
嗚呼、これが男の性なのだ。悲しいまでに性なのだ。
「即答ですか……、ふふっ、冗談ですよ、冗談」
こちらも即答された。
「ひどい……、純情を弄んだ……」
「良いじゃないですか。先生、僕と結婚すればいつでも見れますよ? 好きなだけ、好きなときに」
おーっと、これはまずくないか?
「それは魅力的な案だけど、とりあえず伊織、結婚は急すぎる」
「そうですか? こう言っちゃなんですけど、僕と先生ってすでに付き合ってるようなものじゃないですか。両想い万歳ですよ」
そこがちょっと特殊な事情なんだよな……。立場上拙いだけであってすでに両想いってのがね……。敏感キャラはこれだからやりにくい。思いっきりメタ発言だけどさ。
「それを言われたら身も蓋も無いんだけど……。とにかく僕はまだ結婚する域に達していないんだ、この前のパーティーを見て思ったよ。伊織と結婚するってことはあの一族の一員になることだよ。跡取りが要さんになるから看板を背負う必要が無いとは言え、麻生の娘を迎えるってことは相当覚悟がいることなんだ」
いや、それは麻生だろうがそうでなかろうが関係ない。結婚と言うのはその人の人生を丸ごと頂いちゃうってことだ。半端な覚悟では傷つけてしまうだけだ。
「だからさ、頑張るよ。麻生の皆に認められるようにさ。何したら良いかも分からないんだけどさ、それでもがむしゃらに」
あれ? これプロポーズじゃね?
「もう、冗談にマジレスしないで下さいよ。……もっと好きになっちゃったじゃないですか」
「冗談んん?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
「そうです……、冗談……のつもりでした」
ふぁふぇ? ってことはなんだ? 僕マジレス勢? 冗談相手に本気で答えちゃった感じ?
「でも嬉しかった。先生がこんなに思ってくれてたなんて……って先生、どうしました?」
「いっそ殺してええええええええええええええええええええええ!!!」
旅館内に悲しい男の叫びが響き渡った。
――
「あっ、先生。ここに卓球台があります」
温泉名物卓球台だ。浴衣ですると肌蹴ていくため、一部では非常に人気がある。
「ありますね」
ビールのCMを思い出すな。懐かしい懐かしい。
「一戦しますか?」
「ま、本物のピンポンを見せてやんよ」