ここまで都合がいいと神様的な存在が空気を読んでくれてると思う。~SPA!~
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『良いですか、先生! いくら2人きりだからって伊織さんを襲わないで下さいよっ!』
「襲わないっつーの。んなことしてみろ、懲戒免職だわ、捕まるわ、下手すりゃ蜂の巣にされるわのバッドエンドしかありゃしない」
『はぁ……、どうしてこうなったのよ……。悉くツいてな痛たたた』
「無理してしゃべるなよ。キツいんだろ? 早いとこ退院し元気な顔を見せてくれよ。お前がいなきゃ狂いそうなぐらい寂しいんだよ、伊織も俺も」
『先生……』
「山本という玩具がないと僕らはストレスで死んじゃうよ」
『勝手に死ねやぁ!!』
「わっ、ビックリしたぁ。急に切りやがって」
教師に死ねと言うなんてひどい奴だ。
「しかしこのタイミングで入院とは……、運がないよな、うん」
いや、それとも空気を読めすぎと言うべきか……。我が天文部の地縛霊部員(部室で空気になるから、本人談)こと山本が天文部夏の合宿ペルセウス座流星群を見に行こう! の会に行く直前で盲腸になるという、体を張った芸人ばりの活躍(?)をしてくれたため、伊織と合宿に2人っきりで行くことになったのだった。
「まっ、お土産の2つや3つ買ってやるか」
ちなみに、姉さんは何か所用があると言ってたから来ないです。勘違いされがちだけど、そもそも天文部員でもないからな、あの人。ただの帰宅部部長です。
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「海の次は山ですか……」
先日船に揺らされ、秘宝が眠る五鐘島に行ったが、今回はバスに乗って山を登っていく。
「山にレジャー施設と温泉宿があるんです。そこに泊まって流星群に挑みましょう」
温泉ねぇ……。
「温泉って普通冬じゃないの?」
実を言うと、修学旅行ぐらいでしか温泉に行ったことがない。親が早いうちに亡くなってしまい、保護者代わりの峰子さんはインドア派だったので、どこかに旅行に行くというのが殆どなかったのだ。
「それは偏見ですよ先生。温泉はどの季節も楽しむことができます。あまり今のことは言わない方が良いと思いますよ?」
「……気をつけます」
教え子に怒られてしまった。確かに教師は生徒に教えるだけではなく、逆に教わることも多い。それは別に恥ずかしいことではないんだけど、流石に今のはアウトだったみたいだ。
「まったく、先生は僕がいないとダメですね」
世話焼き女房かあんたは。
「うるさいやい」
しかし否定しきれないのも辛いところ。去年は伊織がいたからクラス運営をなんとかできたし、今年でもいろいろ好意に甘えている。今日だってそうだ。宿とか行程なんて教師が考えるべき所を、伊織の好意をありがたく受けて彼女に一任した。依存しすぎじゃないか僕は。
「どうしました? 思い詰めた顔なんかして。もしかして僕と2人っきりってのが嫌でしたか?」
目的地を前にして、負の思考スパイラルに陥った僕を心配してか、伊織が声をかける。嫌でしたか――そこには悲しみと申し訳なさが籠もっていた。
「そうじゃない、むしろ嬉しいぐらいだよ。でも……」
嫌なわけなんかない。そんなの向こうも分かっているはずだ。
「だったらそんな顔するのを止めましょうよ! 旅行前からそんなダウナーになってどうするんですか! 折角の温泉なんだからパーッといきましょうパーッと!」
肩をビシッと叩かれる。正直このリアクションは意外だった。でも叩かれたと同時に負の感情もどこかへ飛んでいった。サヨナラネガティブ思考、いつかポジティブ思考で迎えに行くよ。
「悪い、どうかしてたわ。あんがとな、伊織」
どうやらまだ彼女から独り立ちするのは難しいみたいだ。でもいつかは、彼女に頼られる人間に僕はなりたい。詩人か、僕は。
「やっぱり先生は多少ノー天気ぐらいが良いんですよ。30分もシリアスモードが続かないんですから、そんな難しく考えないで下さい」
うっ、手厳しいな……。頼れる男への道は長く険しい。
――
「つきましたよ、甲斐温泉街へようこそ!!」
バスの中で暇を持て余した僕らは、2人UNOという残念度マックスなゲームに興じていたが、一戦終わると飽きてしまい、いつの間にか寝ていたようだった。伊織に揺らされて目を覚ましたときには、目的地の甲斐温泉街に着いていた。
「うへぇ、腐った卵みたいな匂いがする……」
「硫黄だから当然ですよ。それよりも、あっ来ました」
バスターミナルにいた僕らの下へ、荒々しくも素晴らしいドライビングテクを見せつけながらタクシーがやってくる。なにこれ、TAXI新作温泉街でするの?
「お待ちしておりました、伊織お嬢様、モブモブヲ」
「誰だよおいモブモブヲって」
タクシー運転手は意外というか当然というか本城さんでした。そりゃプレゼント検閲するぐらいなんだ、2人っきりってわけないよな……。
「おや、よく見たら南雲先生でしたか。本日もお嬢様の引き立て役ありがとうございます。いやぁ凶弾の盾があなたこそ似合う人もそうそういませんよはっはっは、失礼ですが可笑しくて仕方がない」
遠まわしに『釣り合ってねーぞ、氏ね』って言われた気がする。
「本城さん、言い過ぎです」
車内からもう1人女性が出てきた。今時の女子大生に人気がある派手目の服を着ているけど、この人も麻生家スタッフだろうか。でもこんな派手派手な人パーティーの時にいたっけな……?
「南雲様ですね、お初にお目にかかります。私、麻生家女中の佐伯と申します。お嬢様や大旦那様からお話はかねがね伺っております、以後お見知り置きを」
「は、はぁこちらこそ……」
深々と礼をされる。立ち振る舞いは完璧にメイドさんなんだけど、身に纏うのが白く清らかなメイド服ではなく、明るめの色を機長として派手なファッションのせいでかなりアンバランスに見える。見た感じメイドよりもキャバ嬢の方があいそうだ。源氏名は揚羽ってとこだろうか。そんな身も蓋もない勝手なことを考えてると、
「おや、私に何か付いておりますか?」
「いや、すみません。なんかあまりメイドさんらしくないって思って」
質問してからあっ、と気付く。なんでストレートに聞くかね僕は!! いや確かにどこのお店で働いてますかよりは良いけどさっ!
「よく言われますのでお気になさらず。館内ではちゃんとしているのですが、このような野外でメイド服を着ると目立ちますので」 ごく普通の答えが返ってきた。そりゃそうだよな、漫画みたいにオールウェイズメイド服は普通ないよな。でもキャバ嬢チックで目立ってる感も否めないけどな。
「私は常にこれですが」
すぐそこにオールウェイズ執事服がいたよ……。
「それでは車にお乗り下さい。宿まで案内いたします」
一行はタクシーに乗り目的地へ向かうことにした。