その男、麻生要~Prince invective~
「ハンカチ王子ぃ? なんじゃそりゃ。僕はそんなむかつく名前じゃないぞ?」
そりゃいきなりハンカチ王子って言われたら戸惑うよな。
「さっきこれ落としませんでしたか?」
僕は先ほど拾ったハンカチを渡す。牛の絵柄が書かれているけど何か引っかかるんだよなぁ、これ。どっかで見たことあるような気がするけど…。
「おーっと、サンキュ!! 助かったよ君! いやさぁ、アイツにハンカチを落としました、ってばれたら何言われるか分からないしな。えーと、」
「あっ、南雲です。南雲航」
「南雲君? ありがと! 自己紹介されたらし返さなきゃいけないよな、うん。僕は麻生要、まっ適当によろしくね」
麻生? ってことはまさか……、
「要君といったかな、君は麻生の一族のものなのかい?」
峰子さんが僕に代わって気になるとこを聞いてくれた。
「ピンポーン! 大当たりぃ~。といっても直接麻生一族の血は流れてないんだけどねぇ」
苦笑しながら言う。
「というと?」
「あーそれ聞いちゃうか? まぁ御察しの通り、養子ってやつ? 出来ればそのバックにある物語には触れてほしくは無いんだけど、適当に君らで考えていて頂戴。実際そんな面白くないけどさ」
これ以上話す気は無いようだ。
「お初にお目にかかりますな。私は茅原泰造です」
「その娘の茅原和音です」
「御崎原峰子、学校経営者だ」
「南雲美桜です。こう君とはお……親戚です」
「あらあら、皆さんご丁寧にどうも。二度目になるけど麻生要です! にしても茅原親子まで来るってどんだけスケールでかいんだか。第一さ、ホールインワン如きでパーティーしちゃう祖父さんも祖父さんだっての。知ってます? 今日総理が来たのには裏があるんすよ? もうやになるよねぇ、純粋に身内だけでパーティーやればいいと思いません? 総理もやるべきことがあるでしょうがって感じ。というか政治家全般に言えることだけどさ、帰ってきたら偉いことになっててビックリしたわホント。ま、祖父さんが介入するからもうすぐ収束するわ。何人ぐらいクビ飛ぶんだろうな……、あー怖い怖い」
割とブラックなことを言う。同じ麻生の苗字を持っていてもここまでキャラクターに違いが出るものなのか。
「ん? どうかしたかい?」
「いや、随分フランクな方だなぁって」
出会って直ぐなのに僕らに友達感覚で接してくる。
「あー、欧米スタイルだよ欧米。こないだ久しぶりに日本に帰ってきたのよ。これでもハーバード大学で経済学やっててさ、向こうで修行してたんだわ。どう、意外とすごくね?」
子供がおもちゃを自慢するように言う。ハーバード大学経済学部出身ってどっからどう聞いても嫌味にしか聞こえないんだけど、この人からは悪意が一切感じられなく、それどころか彼の自慢すらが心地よく感じる。
「当分帰るつもりは無かったんだけど、祖父さんがホールインワンしたからパーティー開くなんてアホなこと言い出すもんだからこっちにUターンしてきたってわけ。ホールインワンぐらい簡単でしょうが」
悪戯に笑う。
「おっと、始まるみたいだ」
――
「にしても伊織も別嬪さんになったもんだ、嬉しい反面寂しくもあるな、君もそう思わない?」
感慨深げに同意を求めてくる。
「同意を求められても僕はここ2年間の彼女しか知りませんので」
「おや? ご存知だった? てっきり伊織ってだれぞ? って聞かれると思ったのに」
「パーティーの主役なんだから知らないわけ無いでしょ。それと僕は彼女の学校の教師」
それを聞くとにやりと笑って、
「ははん、だからか。通りでパーティー慣れしてないなぁと思ったんだな、納得納得」
結構失礼な事言われた。
「すみませんね、パーティーにご縁のない庶民代表で」
いくらさわやかで嫌味がなくとも、今のは割りと傷ついたぞ。自然と僕も嫌味な言い方をしてしまう。
「いやいや、そういうつもりじゃなかったんだ!! 気を悪くしたら御免よ? ただ僕は君らみたいなおのぼりさんのほうが好きだけどね」
ウインクをしながら言う。ゾゾゾーと背筋を何かが走る。そう、まるで虫が駆け抜けたような不快感
「すんません、僕そう言うアブノーマルな趣味は無いです」
「そう言う意味じゃなっての、てか僕彼女いるし。どういう意味で言ったといいますと、そうだな……、いいとこにいた。見てみあの夫婦。大手ラーメンチェーン店の社長とその奥さんなんだけどさ、まあ奥さんの服の似合わないこと似合わないこと!! 豚に真珠ってああいうことをいうんだろうなぁ、てかリアルピッグじゃん。きっとあそこの店あれから出汁取ってんだぜ? そう考えたら食う気失せるわ……、やっぱ醤油だわ」
向こうに聞こえていないのが唯一の救いだ。確かにそれはみる人皆が思う事だと思うけどさ……。
「ごめん、それで何が言いたいのさ?」
僕もいつの間にか敬語を止めていた。なんか彼に敬語使うのは嫌だし、彼も敬語使わないほうが楽だろう。……多分。
「まあそうやって必死に自分を見せようとするよりかは、君らみたいに身の丈にあった服を着たほうが良いよってこと。美桜さんだっけ? あんたそれすっごく似合ってるよ? あーあ、惜しいなぁ。僕がフリーなら間違いなく口説くのにさ……」
「あ、ありがと……」
急に褒められたせいか姉さんは可愛らしく照れる。まぁこの人は何を着ても似合うからな……、順調に生活していりゃモデルになれただろう。まあ身長がやや低いけど。
「何私の前で姪っ子を口説こうとしている」
峰子さんからはなにか強力なオーラを感じる。いや、そんなちんけなもんじゃない。これは、怒りの感情だ!!
「姪っ子すか、いやー、姉妹に見えますよ御二方」
どこのナンパ野郎だ。でも通用しないよ、この人は。僕らがこの立体世界で生きている限りは。
「残念だが、私は三次元に興味がないんでな。まぁ若く見られるのは悪い気がしないな」
ほらね。人間的にどうなのという返答だけど、彼女らしいちゃあ彼女らしい。ただどうして峰子さんは泰造氏を睨みながら言うの?
「はは、俺何かしたかなぁ……」
「自分の胸に聞くんだな」
相変わらずアダルト組みはギスギスしている。
「伊織も大人になったよなぁ。小さい子供と思ってたらこれだからなぁ。アメリカ言ってる間にぐっと色気づいちゃってさ、恋でもしたか? なあ南雲先生、なんか知らない?」
「さ、さぁ……、僕は先生だから生徒の交友には口出せないんだよなぁ……、アハハハハ」
言えない。
「あ、そう。なんだ知らないのか。アイツをおちょくる材料ゲットできると思ったのにさ」
「それは残念だねー、はははは」
言えない。御宅の伊織さんが誰に惚れているかなんて、言えない。
――
「プレゼントは1列になって御渡しください、ねぇ。国会の投票みたいになってんじゃんあれ」
自称40億のヴァイオリニストとその父親のピアノをBGMに、壇上の伊織と伝助氏へのプレゼントが行われている。要さんが言うように、投票みたいに1人ずつ手渡しという形式だだ。しかも壇上に行くまでに屈強な男たちによるボディ&プレゼントチェックが入る。社会的に高い地位を持っている一族のパーティーなんだ。中にはプレゼントの振りした爆弾とかもあるのかもしれない、お金持ちは常に気が抜けないのだ。
「でも良いのかな、私たちいかなくて」
姉さんは少し不安げに言う。実を言うと、僕らは並んでいない。プレゼントを渡さない、って言うわけではないんだが、
「良いって良いって!! どうせ後で身内だけのパーティーあるしそこで渡したらいいよ。皆には僕から言っておくからさ」
二次会みたいなものだろうか。麻生家だけのパーティー……、パイの中から鳩が飛んでくるとかないよね?
「いや、流石にそれは気が引ける……」
家族水入らずの時間なんだから僕らは邪魔者でしかないはずだ。
「そっか? こっちのほうが豪華な料理出るぞ。折角庶民代表なんだからさ、心ゆくまでセレブってのを堪能しなよ、な?」
と言われてもなぁ……。ねえ、峰子さ……
「ふむ、これ以上の料理が出るのか。行くしかないな」
ですよねー。あなたはそう言う人でしたね。遠慮のパラメータが著しく低い。
「理事長さんも言ってんだ、ここは行かなきゃクビになるんじゃないのかい?」
いやいやいや、それぐらいで首飛ぶなんて……、
「デッド、オア、イート!!」
えー。
「わーた、行くよ。姉さんはどうする?」
ホントうちの経営者は暴君だ。
「まあ全員の前で私たちのプレゼントを見せるのも気が引けるしね」
さっきから高級車(まだ免許取れないでしょ)やら帆船(だーかーら、免許取れないっての!)だったり月から見つけた月の石(河川敷に落ちてそうな気がしないでもない)と高級感バリバリのプレゼントを受け取っている。お祖父さんの方は不思議とゴルフ関連のプレゼントが集中していたが、それでも僕ら庶民がやすやすとプレゼントできるものじゃない。
「だろ? どうやらアンタら伊織と仲いいみたいだからさその方がいいんじゃない?」
本当に行って良いものか。僕らはセレブの世界にまた一歩足を踏み入れる事になったのだ。