セレブのパーティーに挑む前の下準備~Heart than money~
「これ……、凄いね……」
「うん、リアルで初めて見たよ……」
赤い蝋燭で封をされた高級そうな封筒(と言っていいものか)を見て僕らは言葉をなくす。これを開けるのにもなんとなく気が引けてしまう。
「これなんて言うんだっけ?」
「えーと、確かシーリングスタンプだった気がする」
ご丁寧に麻生伊織のイニシャルAIが彫られている。特製のオリジナルスタンプらしい。
「ああ、それだ! マリーアントワネットとかの時代で使ってそう!!」
招待状一つをとっても、この高級感だ。改めて伊織と僕らの住む世界が違うと言うことを認識させられる。僕らはただ単に気に入られているだけなのだ、たまたま学校の先生という立場で仲良くなっただけだ。
「しっかし本当に僕らが行っていいのか? 自分で言うのもなんだけど、世界観が違いすぎる二人だぞ」
「なぜにそこでトカとゲー?」
あのBGMが頭の中で流れる。分かってくれましたか。流石です、姉さん。
「うーん、私たちは庶民代表って事で良いんじゃない?」
あまり釈然としないみたいだが、姉さんは無理矢理納得する。あまり嬉しくない代表だな。それじゃあ気まぐれで誘われたみたいだ。なんとなくチョコレート工場に見学に行ったチャーリー君の気持ちが分かるぞ。
「でもさ、セレブのパーティーだべ?」
日本一の一族の主催するパーティーです。
「セレブのパーティーだね」
当然集まる人もセレブばっかりです。
「庶民が何持ってきゃいいのさ……」
ラノベチックでファンタジックな背景がありますが、僕らは一応一般人です。教師の薄給に苦しみながらも毎日をなんとか生きています。……コツコツ貯金はしとくもんだね、うん。
「……だよねー」
日本一の御令嬢の誕生日プレゼント+日本経済のドンのホールインワン祝い……、僕らは一体何あげたらいいのさ……。
「伊織ちゃんはこう君のあげるものなら何でも喜ぶと思うけど、そのお祖父さんって……。うーん、ゴルフ場でもプレゼントしたらいいのかな?」
多分既に持ってると思う。まさか麻生ゴルフクラブって……。成る程、金があれば何でも出来るのか。
「とりあえず何か探しに行こうか……」
「そうだね……。伊織ちゃんには自転車のお返ししないといけないし……」
先行きが不安すぎる。
――
「こう君、伊織ちゃんが喜んで、尚且つセレブ達の盲点をつくようなプレゼントないかな?」
「そんなピンポイントなプレゼントがあると思う?」
伊織は何でも手に入れることが出来る。彼女の手に入らないものは、贔屓の野球チームの日本一の称号ぐらいじゃなかろうか。当然もっとあるんだろうけど、僕が思いつくのはそれぐらいだ。
「優勝をプレゼント……、何言ってんだ僕は」
「?」
そんなもの僕一人の力でできるわけが無い。
――
「逆転の発想で手作りなんてどう?」
「手作り?」
「そ、ハンドメイド。私たちがプレゼントの値段でかなうわけが無いんだから、ここは一つハートで勝負しよ」
成る程。確かに手作りなら心はこもるな。もう金銭的な価値で勝負せず、自分たちの出来る最良を尽くせばいいのだ。こんな簡単なことになぜ気付かなかった。
「確かに有りかもな。伊織はそれで行こう」
週末まであまり時間が無いが、一晩でとんでもRPGを作る姉さんがいるんだ。何とかなるだろう。
「で、問題は……」
「お祖父さんだよね……」
万が一機嫌を損ねてみよう。僕らは間違いなく簀巻きにされて日本海に沈められてしまうだろう。もしくはアベさんズに追っかけられるかもしれない。どちらにしろバッドエンドにデッドエンドしか待っていない。
「「どーしましょ……」」
姉弟揃って頭を抱えてしまう。
「伊織に聞くか」
――
『お祖父様ですか?』
「そ、伝助氏。僕らも呼ばれたからにはなんか用意しなきゃダメだと思ってさ」
『そんな……、お祖父様も期待なんかしていないのに』
「ひどくね!?」
こうズバッと言われると流石に傷つくぞ……。
『まぁホールインワン記念ですから。これが誕生日だとかなら毎年小惑星とかエジプトのピラミッドとかは来るんですけど』
「スケールでかくね!?」
何気に世界遺産がエントリーされてないか? 流石日本経済のドン。世界中も注目しているわけか。
『まあお祖父様ですから。常識では考えられないプレゼントが飛んできますが、逆に言えばなんでもかまわないんですよ。ある人は演奏をプレゼントしますしその人の得意分野で良いんですよ』
なんとなくうちのクラスの生徒を思い出す。本人曰く40億円の価値はあるらしいけど。
「僕の得意分野ねえ……、無いと思うけど」
『それもそうでしたね』
「なんか今日の伊織は意地が悪いな……、僕何かしたっけ?」
『特には無いですね。自意識過剰乙』
君の口から○○乙なんて言葉が出るとは思わなかったよ。
『お父様からの受け売りです』
どんなパパンだよ。
――
数日が過ぎ……。
「どう、こう君似合う?」
「そうだね、何でも似合うね姉さんは」
「連れないなー」
今僕らはどこの舞踏会に行くんだってぐらいビシッとしたスーツとドレスを身に纏っている。勿論家にこんな代物があるわけが無く、峰子さんに貸してもらったのだ。ドレスはまだ理解できるが、スーツなんかなんで持ってるんだ?
「まあ何でもいいだろう。如何なるときでもニーズに応える、それが私のスタイルだ」
さよですか。
「でも峰子さんも呼ばれてたんだ」
そう。そのときまで知らなかったんだけど、実はこの人もパーティーに招待されていたらしい。
「まあな、これでも私は学校経営者だしな。君たちは知らないかもしれないが、御崎原は結構名の知れた学校なんだ。進学もクラブも充実しているしな。まあセレブのパーティーに呼ばれるなんてのは生まれて初めてだが……。すべては麻生さん様々だな」
見るといつもより硬く見える。この人もこの人なりに緊張しているのだろうか。
「それに、アイツも出席すると聞いているからな」
小さく言う。
「アイツ?」
「ああ、こっちの話だ。気にしないでくれ」
しまったと言う顔をするが、直ぐにいつもの鉄火面に変わる。完璧に武装されているから何を考えているかは読み取れない。
「そう言われたらかえって気になるんだけどな……」
まったく持って正論である。そう言う含みを持たせるのが良くないんだよね、うん。
「女は多少ミステリアスなほうがいいんだ。何れは美桜も分かるさ」
あんた家では色気も何も無いネトゲ廃人エロゲマスターだろうが。確かにこの事実が秘密のままなら美人ではあるんだけど……。
「ッチ、盗まれたか!」
モバゲーかい。
――
「お待ちしておりました。それではお乗りください」
僕らを迎えてくれたのは、お嬢様大好き本城さんだった。相変わらずだが、しきりに僕を警戒する。今伊織いないだろうが。
「お嬢様に近づく虫は駆除しなければいけませんので……」
誰も聞いていないのに語りだす。駆除するって明らかに僕のほうを見て言ったよねこの人。
「本城さん、だったかな? 本日のパーティーにはどれぐらいの参加者が来られているのです?」
峰子さんは不慣れな敬語を使う。この人いつも傲岸不遜な女王口調だから妙に新鮮味がある。
「正確な数までは把握し切れていませんが、ざっと500はおられるかと」
「そんなに!?」
「ええ。今年は伝助様のホールインワン記念パーティ-も同時に行われるので例年以上に多いですが」
金持ち恐るべし。ってことは伊織は歳を重ねるごとに何百人となるセレブたちに祝われ続けられたのか。それはそれで可哀想に思える。いくらチート性能を盛っていようがあいつだって普通の女子高生なんだ。誰かに恋だってするし、体重を気にしてダイエットに取り掛かるかもしれない。彼女も当たり前の学園生活を送る権利があるんだ。
「どうしたの? 浮かない顔して。これからパーティーなんだからさ、明るく行こうよ」
どうやら顔に出ていたらしい。早苗さんに言われた言葉が頭によぎる。
「分かりやすい、か。そのつもり無いんだけどな」
変に気張る必要も無い、ただいつも通りあいつと接すればいいだけだ。