残された人たち~Irresponsible sister~
姉さんが未来に行ってから、僕やその周りで特に何かが変わった……、なんてことは無く、姉さんのいない毎日は過ぎていく。
そりゃ最初は取り乱したし、ここぞとばかりにスキャンダルを求めて連日御崎原に押し寄せるマスコミの矛先は僕にも向いてきた。でも僕にたどり着く前に何らかの力が動いたらしくマスコミは取材を断念した。それに一女子学生の失踪よりも新総理就任のほうが世間の関心を集めると判断したマスコミは、僕らのことを忘れたように新総理へのインタビュー合戦に興じた。どのような政策で行くか、前総理の残した負債をどう処理するか、好きなおにゃん子は誰か……。国民の気になることを代わりに質問していたが、その中には総理も苦笑いするような、国民にとって聞いたところで何一つメリットの無いどうでも良い質問もあった。ごく普通(じゃない気がするけど)の女子学生の失踪事件よりも、この国のトップに好みのアイドルを聞いてテレビで流したマスコミの現金さにも呆れたりもしたけど、彼らが飽きっぽい性格をしていたのが救いだった。その証拠にそれ以降姉さんに関する話題はピタリと止まり、誰にも追っかけられること無い毎日が再び始まった。
それはこちらとしても願ったり叶ったりで、落ち着いた毎日を過ごす中、僕は意外とすんなりと姉さんがいない日常を受け入れた。しかしそれと同時に、早苗さんとの関わりも一気に疎遠なものになってしまった。そもそも姉さんというパイプがあったからこそ出来たコネクションだ。その姉さんがいないのなら別に二人で会う必要は無いし、無理に関係を維持しなくたって良い。悲しいかもしれないけど、僕らは所詮その程度のつながりだったのだ。かつて憧れた女性は、案外簡単に僕の思い出の一部となってしまった。
いて当然の存在がいなくなったのだ、もっと引きずるだろうと考えていた峰子さんからしたら僕の反応は意外だったらしい。まあ実際問題、姉が未来に行きましたなんて誰も信じてくれるわけが無く、この歳にもなって狼少年呼ばわりされるのは御免だったし、姉さんがいようがいまいが、時間の流れは恐ろしいほどにフェアだ。24時間、840分……、時間というものは寝ても覚めても過ぎていく。それならば今無いものに固執し続けるよりも、これからのことを考えたほうが実に生産的だ。そう決めた僕は、自然ともうすぐ始まる新しい世界、中学生活に関心が行くようになっていった。
あの時憧れた中学生に僕はなる。出来ればその場に姉さんと早苗さんがいて祝ってくれたらそれだけで嬉しかったんだけどさ――
――
「あれ? アンタは……、え~と……、ごめん、名前なんだっけ? 喉元まで出かかってんだけど……」
「って早苗さん?」
僕と早苗さんが再会したのは思いのほか直ぐで、英語の授業で改めてアルファベットの書き方と発音を学んだ日の放課後だった。こんなに早い時間なのに下校しているのは、中学のクラブ活動にはあまり食指を動かされず、とりあえず家事もろくに出来やしない叔母の家の様子を見ようと思っていた所に声をかけられたのだ。ただ悲しいことに、早苗さんは僕の名前を忘れてしまっているようだ。改めて僕らの間にあったのは、一、二週間で名前も忘れちゃうような薄く脆いつながりだったことを認識させられる。
早苗さんは思いだそうと考え込んで、
「えーと、こうすけ?」
おしいっ!! 最後二文字いらないっ!
「惜しいですが違います。航です、南雲航です。大航海時代の航です」
「えっ!? 航だけでよかったの!? てっきりこう君って言われてるからこうなんたらって思ってたわ」
ああ確かに、そう捉えられなくもないか。少し納得する。
「てか久しぶりね……。その制服北中?」
「え、ええ……」
名前の件ではそれなりに盛り上がったけど、久しぶりに会ったということを思い出して少し気まずい。どうしても僕と早苗さんの間の共通事項、姉さんの事を思い出してしまい黙ってしまう。
「……」
「……」
「……ねえ」
沈黙が続くこの気まずい空間を打破したのは、向こうの方からだった。
「あのさ、アンタさえよければお茶でもしていかない? アタシバイトしてるから持ち合わせが有るのよ。中学合格祝いってことでさ」
僕は首を縦に振り答える。気まずい空気が続くだけかもしれないけど、人生初の逆ナン、加えて憧れていた早苗さんに久々に会ったことで僕は舞い上がっていたのだ。峰子さん? お金有るから掃除はダスキンでも呼んで下さい。
「まったく、そういう素直なとこはアイツに似ているわ」
アイツってのは姉さんの事だろう。奢られるときは全力で奢られる。それが南雲スタイル!
――
「ねえ、美桜のことなんだけどさ……」
最近出来たという洋菓子喫茶アントワネット。話には聞いていたけど、初めて入る。隣の席の人らがビックリするほど巨大なエクレアに絶句しているが、あんなの食い切れる人いるのか?
「うがっ!」
「王様エクレアに気が行くのも分からないけど、はい、人の話を聞きましょうね~」
エクレアに気を取られていたのが不愉快だったのか、全体重を右足に乗せて僕の足をプレスし溜息を一つ。。
「そういう人の話聞かないとこまでは似ないで欲しかったわ……、そうだ、アンタなら知っていると思うから聞くけど、」
その後に続く言葉はきっと、
「美桜はどこにいったの?」
ほらね。お茶に誘われた時から何となくそんな気がしていたけど、僕に関心があるわけじゃなくて、僕の姉さんの話が欲しいだけだ。恐らく早苗さんは知りたいのだろう、自分を置いていなくなった親友の真意を、そして彼女の生存を。
「姉さんは……」
未来に行った。そう言うのは簡単だ、たった六文字なんだ。でも信じてもらえるかは別。僕の話を信じてくれたのは峰子さんだけだった。後の人は可哀想な目でこっちを見ただけだった。
「ん? 言いにくいことでもあんの? んじゃ当てるわ。合ってたら首縦に振ってくれたら良いから」
早苗さんは何かを思い出すかのような素振りをし、
「そうね……、未来に行った、とか?」
僕は首を縦に振るしかなかった。