カラオケの女王~UTAWOUTAOU~
夏休み二週目、五鐘島での騒動から解放された僕は、帰ってきたときには残りHPがマイナス方向に振り切れてしまった。体力マイナスってどないやねん……。出来ればあの島での話はまた別の機会にさしてほしい。ああ、思い出すだけでも疲れちまう……。
来週は伊織と(もう一人いるのが不満。あれ? 誰だっけ?)ペルセウス座流星群を見に行く天文部合宿があるので、今週のうちにマイナスになってしまった体力を回復しておきたい。さもないと、この暑さの中、夏バテでポックリと逝くんじゃなかろうか。ということで、今週の僕は省エネモードで動きたいのです。ちなみに、宿とかは麻生家の別荘を使うらしいし、合宿の細かい行程のほとんどは伊織が作っている。生徒に任せっきりにしてしまうのも気が引けるが、僕なんかが探すよりもいい物件を探してくれるだろう。男手はというと、荷物持ちなどの力仕事でカバーする。つまりは適材適所で動いていけば良いのだ。そう、これぞチームワーク、これぞ天文部スタイル!!
「つーわけで僕は今日から一週間眠りにつく。分かってくれたかな?」
それじゃあ、お休みー。ズーズーズー。
「こう君、カラオケ行くよ!!」
「話し聞いてたかなぁ!? 寝るって言ったじゃんか!! しかもそんな電力フルスロットルなとこ行きたくないよ!!」
一瞬で眠りを邪魔されました。カラオケ? そんなの勝手に友達と行って下さい。僕は寝たいの、来週の天文部旅行に全て出し切りたいの。
「えー!! 折角カラオケ屋のクーポン貰ったんだから行かなきゃ損だよ!」
姉さんはむぅと風船みたいに頬を膨らましている。子供かあんたは……。
「それよりも友達と行けばいいじゃんか、江井ヶ島とか能登とかさ。僕よりかは楽しめると思うよ?」
そもそも僕カラオケに行ったことあまり無いんだけどな……。最後に行ったのあの時だし……。
「クラスの子とは先週行ったよ!! どっかの誰かが離れ小島でどっかの生徒会長と宝探ししていたからね!! しかもお土産がサービスエリアに売ってるキューピー人形って酷くない!? 別に離島関係ないじゃん!! 高速道路を車で走らせてたら買えるじゃんか!」
そうかな? キューピー人形だって見れば見るほど可愛らしく思えて来る味みたいなものがあると思うんだけどな……。コレクターだっているし。
「可愛い? どこが!? 上から下まで自然災害受けたみたいになってるよ! ココまでスプラッタなキューピーは初めて見たよ!! なに? ラクーンシティにでも行ってたの!?」
最近話題のゾンビキューピー、在庫処分セールにより半額で買えました。
「とにかく! カラオケ行くよ!!」
引きこもりに対する荒療治ってこんな感じじゃないのかな。姉さんは強引に僕の手を引っ張り外に連れ出す。
「ね、姉さん!」
「今度は何?」
「僕寝巻きなんっすけど……」
パジャマでお邪魔しろと?
――
姉さんに連れられて、地元の全国展開している巨大なカラオケ店に入店する。カラオケあんま行きたくないんだよなぁ……、周囲の白い目、飲み物を持ってきた店員半笑い、そして残酷な現実を叩き込む採点結果。あぁ、厳重に封印していた南雲航最強のトラウマが甦る。あの日以来僕はカラオケから遠ざかった。逃げたのだ。例えば友達に誘われても、例えば飲み会の二次会でも、僕はカラオケの名前が出るとそそくさと家に帰った。今すぐにでも逃げ出したい。仮に盗んだバイクだとしても此処から離れることが出来るなら何でもいい。しかし立ちはだかる姉はエスケープという最良の選択肢を認めてくれない。そう、これはボス戦なのだ。今僕の真価が試されるのだ。
「さ、入ろっ!!」
そんな僕の心情に気付くことなく、姉さんは非情にも進んでいく。
『いらっしゃいませ。何名様ですか?』
「学生一人と大人一人。あっ、これクーポン」
『畏まりました。クーポンはご退店のときにご提示いただくようお願いします。時間はいかがなさいますか?』
接客し慣れているのか、大人と女子高生という援交を疑われそうなコンビがきても、ニコニコとマニュアルどおりの接客をしてくれる。
「えっと、二時間で」
『機種はどれを使いますか?』
見ると三種類ほど用意されているようだ。素人にはどう違うのか分からない。
「えっと、前使ったのは……、ジョイで」
『畏まりました。お部屋は205号室となります。お時間10分前に連絡致します。ごゆっくりどうぞ』
二時間って時間が決まってるのにゆっくりも何も無い気がするけど、マニュアルにはそう書かれているのだろう。
「姉さん、何飲む?」
「じゃあウーロン茶で」
階段付近にあるドリンクコーナーでドリンクを入れる。このまま牛歩戦法で逃げ切ろうか?
「早く来てね!」
だけどあの天真爛漫な笑顔を見せられたらそんな邪な感情も霧散しちゃうのでありまして……。
――
「あー、あー、マイクテスッ、マイクテスッ。コムラハハゲ」
マイクの音量を調節する。どこか西の方から『ハゲって言うな!!』って聞こえた気がするが、気のせいだよね? まさかここまででしゃばったマネしないよね?
「一番、南雲美桜。曲はサマーガールはご機嫌斜め」
受信料で有名な局の某のど自慢番組みたいな口上を言い歌い出す。
『~~♪』
太鼓の達人ならここで連打が入るんだろうな。しかし姉さん上手いな……。あらゆる面で高スペックなチートキャラとは思ってたけど、恐ろしい哉、歌唱力もプロ並だ。天は姉さんにいったい何物与えたのだろうか。そして何故近親婚に対する嫌悪感を与えなかったのだろうか、はっきり言うと、恨みます。
『忘れちゃいないよあの日のことを君のせいだよこの気持ち♪』
「イケイケみーおっ!」
『ぷくっと膨らますその頬を君が指で突く♪』
「ハイハイハイハイ! ハイハイハイハイ! L-O-V-E、lovelyみーおっ!」
『……合いの手は嬉しいんだけど歌い辛いんだけど……』
怒られてしまった。
『成績発表~』
お魚くわえず、どら焼きうわえる国民的青いどら猫が採点映像に出てくる。
「声が違うね……」
大分前からそうです。おっちゃんといい青猫といい声が変わってしまうと寂しいもんだ。
『97点~、惜しいよね~?』
秘密道具を出すみたいに言う。
「こう君のせいだよ?」
ジト目で見られる。
「ははっ、盛り上げ隊長……、なんちて」
「はい、次こう君だよ?」
その時、南雲航に電流走るっ!! 圧倒的、忘却……っ! 合いの手でっ、忘れていた……っ!
「あ、あるぇ? 声が出ないぞ?」
「現在進行形で出てるなう」
「わ、忘れてたっ! 僕はカラオケで歌うと死んじゃう病にかかってるんだ!」
「どんな奇病だ」
逃げれません。先生、ぼかぁどうしたらよかですか?
「さあさあ時間は待っちゃくれないよ! 時は金なりタイムイズマネー!!」
「わ、分かったよ……」
しゃあない、腹くくるか……。
『ジャーンジャジャジャージャジャーン、ターラーラーラーラー』
「また古い曲だね……」
液晶はどこかで見たこと有るアニメの映像が流れる。夕陽をバックに流れる演歌調の曲。
『ひーとーつーのーとーころにーいのちをかーけーるー♪』
「……」
『ふじさんになるーっていっただろー♪』
「……」
『じょんじょんしゅーじょん♪』
「……」
「ふぅ」
口では嫌と言っときながら、いざ歌い出すとノリに乗れるもんだね。今のは僕の中のベスト記録だよ。
「……、個性的な歌声だね……」
その感想は婉曲に婉曲を繰り返した感想だろう。傷つけないように気を使われてる感がハンパない。
『採点結果だぞ』
今度は嵐を呼ぶ幼稚園児が出てくる。嵐っぷりならうちの会長様も負けてないぞ。
『43点だぞ。オラの方がまだ上手いぞ』
「……」
「……」
「さーて、次何歌おっかな」
現実は、残酷だ。
――
その後も姉さんの美声とその半分の点数にも満たない僕の宴は続いた。
その日以降、姉さんは僕を無理矢理カラオケに連れて行くことがなくなった。