探偵物語~Detective story~
大物議員の薬物所持という衝撃的なニュースは、1日にして日本中に広まった。警察の事情聴取を受けた僕達を待っていたのは、マスコミたちのフラッシュではなく、
「やっ。ごっ苦労さん、カツ丼出たかい?」
「ワンッ!」
「ホームズ!」
自称平塚雷鳥というフェミニスト? とホームズが迎えてくれた。この人いつの間にか逃げてたからな……。
「事情聴取なんか好き好んで受けるわけないじゃないの。マゾってるわけ?」
「もうこりごりです……」
事情聴取があれほどめんどくさいとは思わなかった。何回同じ話を聞くんだ、天丼かっての。
「あ、あのっ! 助けていただきありがとうございました! なんとお礼を言えばいいのやら」
森永さんは感謝してもしたりないぐらいの恩義を感じていたようだ。
「あ~、気にするでない。こっちも別に感謝言われるためにしたことじゃないし。それよか、今日のヒーローはコイツだよ」
ホームズの頭を撫でながら言う。
「でもどうして麻薬が有るなんて分かったんですか?」
それにずっと見張ってたって言ってたよな。一体何者なんだ?
「まあ強いて言うなら、女の勘、かな?」
まともに答える気は無さそうだ。
「多くを語っちゃ面白くないからね」
そう言って姿を消す。結局名前も職業も知ることなく彼女と別れることになった。
――
後々分かったことだが、ホームズは実は警察犬という輝かしい経歴の持ち主だが、正確にいうと元麻薬探索犬らしい。なるほど、それなら鳩沢議員に噛みついたのも分かる。引退しても尚、心は現役なのだろう。馬鹿犬どころか、超優良犬じゃないか。その可能性があったから、平塚女史はホームズについてあれこれ聞いたのか。ラブラドール・レトリバーがみんな使役犬ってわけではないが、確かに盲導犬やら空港にいる犬ってこんな感じだよな。
森永さんとは、彼女が中学を卒業し御崎原高校に入学するまで家庭教師を続けていた。元々要領よくこなせる子だったこともあり、学校の成績も上々だったとか。教育実習の時に再会することになったけど、それはまた別の話。今でもたまに連絡をとっているが、彼女なりに大学生活をエンジョイしているらしい。
さて、平塚雷鳥の話をしよう。もちろん、女性活動家のらいてうさんではなく、自称雷鳥という胡散臭い方の話だ。
――
それは本当に突然だった。
「南雲先生、久し振りっ!」
街中で偶々森永さんと出会う。
「森永さん! どうしたの? 街中で会うなんか珍しいな」
メールの交換をしていたけど、こうやって会うのは久し振りかも。彼女が大学に入ってからは、僕も教師生活を始めたばっかだったので、忙しさを理由に会えなかったが、何年かぶりに会った彼女は、髪の毛も染めてお洒落な格好に身を包んで垢抜けて可愛らしくなった。アイドルグループの一員と言っても違和感ないだろう。
「先生今暇?」
「逆ナンかい?」
美人の誘いに乗らないなんてどうかしてるぜ! ホイホイ付いて行ってしまった。
王様エクレアでお馴染みアントワネットで、ゆっくりと会話を楽しむ。大学生活のこと、ホームズのこと、教師生活のこと……。話題は尽くことを知らない。
「そうだ、私今バイトしてるんですよ」
彼女はそう言って名刺をくれる。
「『シャーロック探偵事務所助手森永聡美』……、って探偵ぃ!?」
思わずビックリしてしまう。大学生のバイトに探偵ってあるのかよ……。何でも有りだな、おい。
「まあドラマみたいな殺人事件なんか見たことないですけど……。浮気調査やら身辺調査、中には別れさせ屋ってのも有りましたね」
別れさせ屋ってリアルに有るのかよ……。しっかしシャーロック探偵事務所って随分大きく出たな……。よりによって世界一有名な探偵の名前じゃんか。腕に自信有りか?
「なんなら来ますか? 今の時間なら事務所で休憩してるでしょうし」
成り行きで探偵事務所ってところに行くことになってしまった。大人の職場見学だよな。優作みたいな人が出てくるのかな?
ーー
ビルの中に探偵事務所はあった。ホントにシャーロック探偵事務所って書いてるよ。
「探偵さん、今戻りましたー!」
「お邪魔します」 内装は意外と綺麗に纏められている。本棚にはシャーロック・ホームズを始めとした世界中の名探偵たちの活躍が描かれた小説がずらりと並べられていた。
「おかえり、森永君。隣の男はもしや依頼人かっ? 浮気調査、別れさせ屋、家族を探してほしいとか?」
「いや依頼人ってわけじゃ……」
こちらを振り向いた探偵の顔に見覚えが有る。いや忘れるわけがなかろう。
「平塚雷鳥!?」
胡散臭いOL風味の女性が座っていた。
「あー、議員の麻薬所持の時に森永君と居た人か。平塚雷鳥か、そういやそんな名前使ったっけ? あっ、分かってると思うけど、あれ偽名だから」
「知ってるよ!!」
「まあまあ、探偵っていう職業柄いくつも名前と経歴を持ってるものよ。平塚雷鳥もその一つ」
明らかに偽名じゃないか!!
「そうね、どれが良い? 好きなように呼んで下さいな」
妙に分厚い名刺ケースから何枚か取り出す。
『鹿山光』
『寺内侑子』
『片桐桃香』
『諏訪部深雪』
『相羽美沙緒』
名前も経歴も見事にバラバラだ。
「君の好きなように呼んでちょーだい」
どうやら本名は教えてくれなさそうだな。
「本名は私も知らないよ」
胡散臭いな……。
「誕生日がいくつもあると、その都度プレゼントが貰えるのよ。君も増やしたら? まあ自分のホントの誕生日が分からなくなるケド」
止めときます。下手したらこの人自分の名前も分からなかったりするんじゃないか?
「でもどうして探偵事務所で働いてるの? 定期的な収入は期待できなさそうだけど」
平塚探偵が悪かったな、って顔をしているけどスルースルー。
「ここはほぼボランティアだよ。普段は家庭教師してますので」
まあそんなとこだろうと思ったよ。
「彼女が暇なときだけ手伝ってもらってるの。彼女の調査報告書は良くできてるから重宝するわ」
森永さんはホームズで言うワトソン君みたいなものか。
「褒めても何も出ませんよ? あとお金返して下さいね」
「もちっと待って! もう直ぐ纏まった金はいるから!」
助手から借りるなよ!
――
「まあ何だ。探偵に依頼したいことが有れば私の所へ来ると良いさ。自分でいうのもなんだけど、結構顧客満足度は高いのだ」
探偵に依頼するなんてそうそうないだろうに。
「まぁ気が向いたら考えときます」
さて、お暇しますかね……。
ドアに手をかけた瞬間、独りでにドアが開いて、
「いたっ!」
頭を打ってしまった。
「大丈夫ですか?」
ドアをあけた人が声をかける。
「ええ、大丈夫で……度会?」
「先生?」
何故か探偵事務所で教え子にあってしまった。