姉がメイドに着替えたら~Goodbye baby~
理事長からの衝撃の宣告(ある程度は覚悟はしていたが)により我が1年3組はまた一人問題児を抱え込むことになってしまった。しかも自分の姉って……。姉が生徒で弟が教師で。ってどっかで聞いたことがるような響きだが、これが普通の高校で行われるというのだから驚きを禁じえない。夜間学校といった形であれば、生徒は千差万別、自分の姉がいても母親が生徒になっても倫理的に気まずさはあれど、法律とか常識で見ても何一つおかしいことはない。
ところがぎっちょん! 何を隠そう今姉は15歳なのだ。そして弟の僕は24歳。どうよ、この関係。歪すぎるだろがああ!!! 傍から見たら兄と妹の関係に見えるだろう。それならまだ良かったかもしれない。でも真実は残酷だ。タイムスリップという超ファンタジーなもののせいで、日常に少しばかりのスパイスがかかっちゃいました。人はこれを非日常と呼ぶ!
理事長との話を終えた僕は家に帰ることにした。昨日はすぐに寝てしまったから、その分のツケが残っている。溜まってる仕事を今日にでも片付けとかないと痛い目にあいそうだ。
峰子さんが守ってくれた暖かきマイホームにたどり着きドアを開けると……
「お帰りなさいませ!! 御主じ」
バタン!!
あるぇー? ここ僕の家だよな? 24歳が持つには広すぎる家だとは思ってはいたけど、給仕係が住んでいるなんてオラ始めて知ったぞ!! いや、違う。私疲れているのよ。宇宙人も陰謀論も全部疲れが見せた幻よ! だからメイドさんも幻に決まって……、
「おかえりな」
バタン!!
幻じゃなかったよ!! 思いっきり知っている人がメイド服着ていたよ!! ぶっちゃけメイドさんブームは落ち着いてきたよ! 学園祭でメイド喫茶とか使い古されたネタゼッテーやってやんねえからな!!
「お入りなさいませー、ご主人様ー」
自分から来ちゃったよこのダメイド!! しかもこの人のカチューシャって……
「あのー、その服をどこから調達したとかは聞かないんだけどさ、何故ゾウ耳メイド?」
「斬新でしょ? ちょっと重くて動きにくいケド……因みにモデルはダン」
「やめろ。夢の国の使者が来るから、そのネタだけはやめろ」
空飛ぶゾウなんてあいつぐらいしか知らないぞ。
「ねえねえ、こう君、私似合ってる?」
「えーと、そうだね……悪くないよ」
ゾウさんカチューシャをはずした姉はくるりと回ってフリフリを見せてくる。メイド服って似合う似合わないが激しいと思うけど姉さんは完璧に着こなしていた。いつもは無機質な白衣を着ている印象があったため、このような見慣れない服を見ると新鮮に感じる。
「えへへー、ありがと。相変わらず素直に人を褒めないねー。そんなこう君も可愛いんだけどさ!! 飛びついちゃえー!!」
そういって彼女はタックルを仕掛けてきた。唐突なことだったので、僕は彼女に組み敷かれるがまま玄関に倒れこんでしまう。
「こう君成分ほきゅー」
姉さんは僕を抱きしめたままいつぞやの変態成分(水より多い)を補給しだした。
「ちょ、姉さん! 離れてよ!!」
「はなさなーい」
「ヘルプ! ヘルプミー!! 誰でもいいから助けてー!!」
姉さんに拘束されたまま大声で助けを求める。どうか誰でもいい!! 受信料も払うからどなたか助けてください!!しかしこの家にいるのは僕と姉さんだけで……
「あれ?先生、帰ってこられましたか?」
助けを求める声を聞いたのか階段から伊織が降りてきた。
「助かった……、ありがとう伊織。もう少しで僕はお婿にいけない体になるところだったよ」
「いえいえ、お気になさらず」
「こう君なら何時でも大歓迎よ! さあ、早く私のお婿さんに!!」
「でも何で僕の家にいるんだ? 姉さんが空けたんだろうけど」
「昨日の今日でしたからね。なんとなく気になってきちゃいました」
「あのメイド服はお前が持ってきたのか?」
「そうですよ。昨日…というより深夜ですけど、美桜さんと話している中でメイド喫茶の話題が出ましてね。未来の文化と教えたら食いついちゃいまして」
文化とは大げさだな……そこまでのもんか?
「さぁ? 少なくとも日本経済に利益を与えているから言っちゃって良いんじゃないですか?」
「結婚! 結婚! 今すぐ結婚!」
「姉さんは黙っててもらえますかねえええ!!」
「美桜さん、駄目ですよ? 婚姻は16歳になってからです」
「じゃあもうすぐだね!!」
「伊織、そういう年齢がどうとかって問題じゃないからね。後姉さん、そんなにテンション上げたところで、法と倫理の壁は越えれませんし越えさせません。」
「美桜さんの誕生日はいつなんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!! 私の誕生日は4月6日だよ」
「4月6日ですか……誕生花はアネモネですね」
伊織は何も見ずに誕生花を言ってみせた。あっているかどうか分からないが、まあ伊織が言うのならそうなのだろう。ってアネモネ? どっかで聞いたことがある名前だな? アニメだったか?
「アネモネは金鳳花科一輪草属の花ですよ。最近はアニメのキャラクターにアネモネって名前がついていたからそれで知っている人もいるみたいですね」
伊織は饒舌に説明してくれる。でもな、先生、金鳳花ってなんのこっちゃわかりません。
「あそこの公園にも咲いてますよ。まあ機会があればぜひとも見てください。あと、アネモネの花言葉は儚い恋、君を愛す、儚い希望、見放される」
なんつうかネガティブな花言葉が多いな。君を愛す、だが見放されるって報われないもんだな。見たら姉さんも少し悲しそうな顔をしている。
「アネモネって美しさと儚さの象徴なんですよ。強い風が吹けば散ってしまう。それは神話に出てくる薄幸の美少年アドニスの生まれ変わりなんていわれているぐらいです」
神話のことなら多少分かる。むしろそのようなファンタジーや歴史が好きだから世界史教師になったぐらいだ。シュリーマンとトロイの木馬の話だけで半日は軽くつぶせるぞ。
「なんかそれって悲しいね」
姉さんは寂しそうに言う。姉さん、そんな寂しい顔をしないで下さい。
「安心してください、姉さん。貴方に儚いなんて言葉は似合いませんし、見放すなんて事は多分しないです。」
それは紛れもなく本心。何より姉さんを見放したらまた一人になってしまう。この家は一人で住むには広すぎるよ。安らぎなんてタマに有れば良いさ。
「こう君、ずっと一緒にいてくれるの?」
「いやずっとはちょ『こう君大好きぃ!!』」
全部言い終わる前にまたもやタックルを食らわされました。
訂正。少しは安らぎを下さい。
「アネモネと姉萌って似てますよね?」
「知るか!!」




