(非)日常的幕間劇~Intermedia~
天文部にて。
「こんにちは。あれ? 先生はおられませんね?」
私の所属する天文部の部長の麻生伊織さんが、開口一番先生の存否を聞いてきた。前も似たようなことを聞いた気がするけど何だっけ?
「あっ、こんにちは。なんか病院に行くとか言ってましたよ」
転校生の頭のびょ……、ゲフンゲフン。誰かを見舞いに行くみたいな感じだったかな~。あれ。
「そうですか。どうしましょうか? と言ってもいつものんびりとお喋りして終わってるんですけどね」
それは主にアナタと先生がね。と言いたかったけど、喉から出そうな言葉を押し込める。最近はもう慣れてきて、あの二人の胸やけしそうなぐらい甘ったるいイチャイチャ空間に触れることなく宿題やらが出来るようになった。慣れというのは恐ろしいものね。
「けど伊織さんと二人っきりっていうのも珍しいですね」
先生と二人っきりってのはちょくちょくあったけど、生徒だけってのはあまりない気がする。
「そうですね。たまには生徒だけでお話しましょうか?」
柔らかな笑顔を見せる。先生がメロメロになるのも分かる気がするけど、伊織さんはなんであの先生が良いのか理解できないや。
「前から気になってたんですけど、伊織さんって天文部にどうして入部したんですか?」
今日の私はインタビュアー五十鈴です。あまり知られないお嬢様の内面に密着! なんてね。
「どうしてって言われたら、自分を飾らずにいれたからですかね……、最近ちょっと思い返すことがあったんですけど、去年の天文部は先輩2人のイチャつき部屋でしたからね。ボケとツッコミの応酬にハートが飛んでましたから」
成る程。その反動で、あなたも先生とイチャついてると。
「飾らず、ですか?」
「そう、飾らず。家が家だけに仕方ないんですが、小さい頃から色々学ばされました。周りは私にお嬢様としての振る舞いを期待していましたから。お母様はレディの嗜みとかに厳しかったですから……」
どこか淋しそうに語る。
「伊織さん、飾ってますか?」
「へっ?」
予想外の質問だったんだろう。キョトンとした顔を見せる。その顔も可愛らしいと思う私は重傷なのかな?
「何となくですけど、そんな気がしたんです。伊織さん、私には素を見せてないです。ズルいですよ、それ。私だって天文部員なんですから」
伊織さんはポカンとしている。
「ふふっ……、やっぱり分かっちゃうのもなのかなぁ……。負けました」
手を挙げて降参の意を見せる。
「笑わないでね。私、いや僕って言った方が良いかな?」
一人称を変える。それが私に素を見せたことの証拠なのかな?
「変かな? お嬢様なのに僕だなんて」
やや不安げに言う。あ~、今日の伊織さんは特段かわいいなぁ!
「変じゃないですよ! 有りですよ! 僕っ娘も有りですね!」
「へっ?」
今日何度目かの驚いた顔を見せる。今日の伊織さんは表情豊かだなぁ。
「でも良かったなぁ……。漸く伊織さん素を見せてくれましたね、天文部員に認めてもらえたのかな?」
「なんか不安になった僕が馬鹿みたいですね。ああ、敬語なのは慣れてしまって今更普通の口調に戻すのが出来ないだけですよ」
今日一番のスマイルを見せてくれる。イチャつき部屋でも、これぐらいのサービスがあるなら儲けものかな?
――
度会家にて。
「ただいま」
「お兄ちゃんお帰り!」 バイトを終えて帰ってきた僕を、弟たちが迎えてくれる。
「今日のお土産だぞ~」
「わぁ! コロッケだ!!」
弟たちはコロッケにサンタクロースが来たみたいに喜ぶ。経済的に楽だけど、申し訳ない気持ちにもなる。
「お兄ちゃん、お疲れさん」
一番上の妹がお茶を煎れて労ってくれる。
「ありがとう、真唯」
「どういたしまして」
今年受験というのに、どうしても真唯にはバイトに行っている間の家事を任せっきりになってしまう。
「悪いな。受験勉強しないといけないのに」
「いいのいいの!! お兄ちゃんしかバイト出来ないんだから、それ以外は私たちに任せて! それに私だって模試で十分な結果出してるし」
夜遅くまで勉強しているからだろ。いつか無理がたたらないか心配だ。
「そうそう、今日片桐さん来てたよ?」
「片桐さんが!? なんって言ってた?」
「いやお兄ちゃんはいるか? って後で電話をかけ直して欲しいって言ってたよ?」
「そっか。ありがとう」
片桐さんが来たって事は――
「もしもし、度会です」
『ああ和久君か。わざわざすまないね。ちょっと話があるんだが、駅前のレストランに来てくれるかな? お金はこちらが払うよ』
「分かりました。今から行きます」
「真唯、ちょっと出かけてくる!」 そういって僕はレストランへ向かう。
「気をつけてね~」
――
「いやいや、すまないね。電話だと電話代がかかると思ってね」
レストランについた僕を待っていたのは、OLみたいな服を着崩した眼鏡の女性。
「いえこちらこそ。片桐さん、僕を呼んだって事は……」
「思ってるとおりだと思うよ? でもその前に、腹が減って仕方ないんだよね……。すんまっせーん! ハンバーグセット一つ! 和久君は何か頼む?」
「それじゃあアイスココアで」
この女性、自称片桐桃香自称1月6日生まれの自称アラサーは、自称両親の知り合いという自称探偵らしい。自称が付きすぎて胡散臭い事この上ないけど、それでも僕たちに情報を提供してくれるあたり、信頼をしていいのかも知れない。
僕の両親は、ある日神隠しにあったように消えてしまった。昨日まで普通に晩御飯を食べて、おやすみなさいを言ったのに、朝起きると二人はいなくなっていた。六人の子供を残して。家計はキツキツだったけど借金があるわけでもなかったし、二人がいなくなる理由が分からなかった。幼い弟たちにはいつか帰ってくると言っているが、全く持って消息の手がかりが見つからなかった。
そんな折りだった、彼女が僕らを訪れたのは。
『ちわーす、通りすがりの探偵でーす』
どこから調べたのか、片桐さんは僕らを訪れた。
『君たちのお父さんお母さんを探しているのよ。はいっ、これ名刺。気になるなら電話頂戴』
と有無を言わさず名刺をくれた。そこに書かれていたのが片桐桃香という名前だったので、僕らは片桐さんと呼んでいる。でも探偵が自分の名前を名刺に使うわけがないと思うから、本名はまた別にあるのだろう。
「さて、本題に入ろっか。君たちのお母さんの目撃情報を見つけたわ」
「!!」
「いいリアクションをありがとう。これを見て欲しいんだけど、知ってるかな? キッチンロワイヤルって」
キッチンロワイヤルとは料理番組だ。一般人プロ関係なく料理でガチンコ勝負をするといった内容だ。僕はその時間バイトのため見ることができないが、真唯たちはたまに見ているらしい。
「知ってますけど、それがどうしたんですか?」
「まあ私も最初は目を疑ったんだけど、この写真を見てごらん」
片桐さんは何枚かの写真を見せる。
「観客席の写真だけど、気づくことない?」
ギャラリーを移した写真らしい。この写真に何が……。
えっ?
「この人……」
目を疑った。何でこんな所に……。
「母さん……?」
「目撃情報の出所って実は私だったりするんだけど、たまたまテレビをつけた時に見つけてさ。ようつべで何回も確認したんだけど、間違いないよ」
ギャラリーの中にメガネをかけた女性――メガネかけてるとこなんて始めてみたけど、見間違えるはずがない。間違えるわけ無いんだ。
「そして私はこの回の前後も見てみたんだけど……、この人の姿を発見したわ」
「彼女がスタジオに現れるときには、必ずある人間が居るのよ。いや、あれは人間にカテゴライズすべきかしら?」
「それはなんですか!?」
焦る気持ちを抑えられない。テーブルをつい叩いてしまう。
「彼女がスタジオに来るときは、出場者として彼がいるのよ」
写真をもう一枚出す。
「これは? ニワトリっ?」
写っていたのは、雄鶏のマスクをつけた異様な人間。
「新チャンピオンの鶏頭男、通称料理マスク。経歴不明の謎に包まれたニワトリ野郎よ」
謎に関したら片桐さんもどっちもどっちな気がするけど、確かに怪しいことこの上ない。
「これはまだ調査を始めたばかりだけど、このニワトリとお母さんに何らかの関係が有ると私は見ているわ。呼び出しておいて悪いけど、これだけしか分からなかったわ」
「いえ。十分です。だって母さんが生きていることが分かりましたから」
母さんは生きている。父さんもきっと生きている。そう思いたい。
――
???
「ヤツがこの界隈に来たようだな」
「ふんっ、あんな小娘など恐るるに足らんわい」
「だが奴は我らの同士を滅ぼしてきた。慎重に動くに越したことはあるまい」
「……」
「あら、珍しく大人しいのね」
「万全の状態で奴を迎えることが一番だ。それまであまり大きく動くべきではないな。尤も、今向かわせているのは雑魚の中の雑魚。しかし奴の情報を少しでも得るよう善戦はしてくれるだろう」
「……前半に賛成」
「これは撤退ではない。明日の絶望へのプロセスなのだ」
「「「「「全ては、我らの栄光のために」」」」」
――
???
「あの子、もしかしたら私に近しい存在なのかも」
『それは感じなかったなぁ。ただ勘がいい厨二病だと思うけど』
「あら、そうなの。てっきり同胞かと思ったのに」
『魔法少女の素質がある人間は100万人に一人だよ。そして多くの少女は魔法なんかと関わることなく人生を終える。その方が良いんだけどさ』
「ま、あんま沢山居るべきじゃないよね」
「さてと、来たみたいね」
「闇夜を切り裂く輝く彗星、マジカル☆ゆきりん只今参上!!」