ウチの子
ブラックユーモアのわからない人には、あまり話したくはないけれどね。
犬や猫なんていう獣、ウサギだハムスターだモルモットだフェレットだなんて小動物まで、ペットとして家族同然に可愛がるひとが多いらしい。私にとっては、幼稚でたわいも無いお飯事だとしか思えない。一体全体、そんな下等な動物を世話して、何が楽しいのやら……詩集を愛読するより理解に苦しむよ。だったら家畜を飼ってはどうかと思うね。その方が、余程生産的だろう。
そう言うのはペットを飼っていないからだろう、だって?
いいや、私もペットは飼っているよ。あら、意外そうだね。それでいて興味津々という目だ。判った、じゃあ、私のペットについて話してあげよう。なに、あなた方も大好きな、「我が家のペット自慢」さ。
まず言っておきたいのは、私のペットは世界に一匹しかいない、という事。……そんなに鼻息荒く力説しなくても、判っているよ。ペットは掛け替えのないものだ、だろう? 確かに、同種の動物だって生命は別々だからね。私のペットだって、同じようなものではあるよ。まあ、あなた方が主張するのに比べたら、余程高尚だとは思うが、ね。ははっ、別に莫迦にした訳ではないよ。ただ、これからの話を聞いたら、あなただってそう思うようになるはずさ。
私のペットは手が掛かる。私のもの、いや、あなた達の流儀に従って、「ウチの子」と呼ぼうか。ウチの子は、どうも目やにが溜まりやすいようでね。朝目が覚めたら、必ず手で取り除いてやらなくてはならない。仕上げには水洗いをしてやるよ。洗剤もよく使うかな。
可哀想だ、なんて言われてもね。ウチの子を犬猫と一緒くたにして貰っちゃあ、困るよ。ウチの子は嫌がらないからね。寧ろ嬉しいんじゃないかな。……ふうん、ペットの気持ちが本当に判るのか、っていうそのセリフは、皮肉のつもりかな? それとも、自虐ネタ?
ま、続けさせて貰うよ。
歯磨きもしてやるね。これは犬にもしてやる事だと聞いたよ。熱心なひとは猫にもするらしいけれど、何にせよ、犬猫は歯磨きして貰ってる気持ちはしないだろうね。ブラシを噛んでいるだけじゃない? ウチの子はその辺も、ちゃあんと判っているんだよ。そんなに疑う目付きで見られても、事実だから仕方ない。これを言うのは二度目だよ? 「ウチの子を犬猫と一緒くたにして貰っちゃあ、困る」。
それと……そうだな、あなた方は、ペットの餌を入念に選ぶそうだね。いやはや、感服するよ。本当にペットが美味いと思っているかも判らない癖、人間の価値観で味を考えるなんてね。あなただって、食べてみた事はないだろう? まあ、仮に食べてみたとしても、犬猫と人間じゃあ、同じ味覚を持っているとは、到底思えないけれどもね。
そうそう、この間ペットショップの前を通りかかってね。興味本位で覗いてみたんだ。そうしたら魂消た事に、ケーキやらドーナッツやらが売っている。これは何ですか、と店員に聞いてみたら、わんちゃん用のおやつですよ、なんて、本気で答える。いや、私はあの笑顔が、ジョークを言う時のものだと信じたかったけれどね。思わず六法全書を買って帰ったさ。何でかって? 生類憐れみの令がまた発布されたかを調べる為さ。そう、これがジョークを言う時の顔だよ。
ちぇ、ちっとも笑いもしないで、まだ懲りもせずにそんな事を聞くの? 私には判るんだ。別に私が特別だと言うつもりはないよ。ウチの子が並の動物とは違うのさ。そう言えば、動物の気持ちが判る女っていうのを時々テレビで見るけれどね、ハァなんと人間の都合を考えてくれる親切な動物達だろうと、毎度関心させられてしまうよ。ほら、今のも笑うところ。
まだ何かあったかな。例えばあなた方はペットに何をしている? ……ああ、成る程、ブラッシングか。ウチの子にもするよ。何を驚いているんだ、当然じゃないか。毛並みを整えてやるのなんて、常識中の常識だろう? しっかり毛並みを揃えてやるし、時々には余分な所を抜いてやったりだってする。えっ、また可哀想だって言うの? そんな事ばっかりだな。ウチの子だって最初は痛がったさ。でも痛みなんて慣れてしまうもので、今じゃもっとやって良いよ、って程度なんだから。
動物虐待……動物虐待ね。確かに良くない事だ。意思の疎通が取れない動物を相手に、一方的に暴力を振るうのは、タチの悪いストレス解消法だろうね。けどね、何回も言わせないで欲しいんだ。いや、もう三度目になるから言わないけれど、ウチの子はあなたが思うような動物とは違うんだ。
どう違うのか詳しく聞きたい? ううん、もう違うところはさんざ言ったつもりだったんだけどね。そうだな、特別言い加えるなら、従順だって事かな。は? 犬も従順だって? 言う事を聞くって? それはどうかなあ。よく訓練されて手懐けられた犬は、確かに尻尾を振って付いてくるし、命令にも従うよね。でもそれは、本当に「あなた」に従順なのかな? 私が思うに、あなたの言う事を聞いていると餌やおやつを貰えるから、犬は食や快楽っていう「欲求」に忠実なんじゃないかな。……本当に、本当にそんな事はないって言える? どうも力ない目付きだなあ。結局、そう言いきれる根拠なんて希薄なんだろう。
いや、あなたに問われる前から言っておくよ。ウチの子は「私」に従ってる。現に、私はウチの子が命令に従ったって、飼い主の利益になる事をしたって、芸をしたって、ご褒美なんてあげた事ないもの。それに命令だなんて、言語のワンクッションを挟む必要もないんだ。そう思うだけで、思い通りになる。完全な意思疎通だよ。
嘘だ、って、反論が決め付け口調になってきたよ。大丈夫? 一度犬猫から離れたら理解出来るんじゃない?
それじゃあ、もう一つ話して上げる。あなた方はペットを生涯の友人だとか、家族みたいに扱いたいらしいけど、儚い願望だよね。犬猫なんて、十を超えたら後は「もういくつ寝ると」だから。小動物なんてその半分以下でしょう? いやあ、私には無理だね、そういうのを覚悟した付き合いは。別れは何だって辛いからね。
私のペットは亀なのかって? 亀は諺程長生きじゃないよ。それに、亀だったら今までの話の半分以上が、まるで嘘になってしまう。あんな爬虫類には、感情なんてないもの。あらあら、この発言は容認出来ない? でも落ち着いて考えてごらんよ。喜怒哀楽は殆どの生物にあるかも知れない。けれど、それらを制御する理性、論理思考、つまり頭脳が乏しければ、それらはただの野性じゃないか。「情」とは呼べないよ。まあ、そういう話をし出したら、犬猫だって怪しいものだけど。
話を戻そうか。ウチの子は、私が生まれた時からずっと一緒にいるよ。生まれた時、というのもある程度の区切りを設けて考えれば、というくらいで、本当はもっと前から一緒だったかも知れない。そう、母胎の中にいる時から。そして、死ぬ時も一緒だ。どっちかが先に死んで、どっちかが後を追う、そんな関係じゃないよ。本当に一緒、つまり、同時に死ぬ。
はははっ、あなたもだいぶ、ウチの子の事が気になってきたみたいだね。と、言うよりは、あなたのペットを真っ向から否定されるのに、苛立ってきた、ってところかな?
待って待って、奴隷でも飼ってるのかなんて、人聞きの悪い事を言わないで欲しいな。人間なんて、犬猫よりよっぽど酷いよ。意思の疎通なんて取れたものじゃない。どんなに躾たって、犬猫程欲求に素直じゃないし、もしそういうところまで抑制しようと思っても、今度は恐怖を植え付けて、自己防衛本能に働きかけるだけ。そうした時、犬なら噛み付いてくるけど、人間が噛み付かない。裏で色々考えているからだ。従順なんて程遠い。
ま、人間も含めて、動物なんてのは、本来身勝手なものだから。ペットだって自分勝手なだけなんだよ。あなたとペットの間には利害関係があるから、表面上上手く付き合っていける。ペットは餌を貰い、あなたは見せかけの癒しを貰う……ギブアンドテイクだね。
ね、私の言う意味が判ったでしょう? ペットを可愛がるなんて、お飯事。所詮は自己満足なんだよ。
さあ、それじゃあそろそろ、ウチの子を紹介しようかな……わっ!
冷たい! いきなり顔に水を引っ掛けるなんてどうかしてる!! 動物虐待だなんて言っておいて、あんたは平気でするんだな、頭おかしいんじゃないのか。
こんな酷い事をするひとが、ペットを家族と呼んでいるなんて、いよいよ狂ってるとしか思えない。
待てよ、ペットに手を出した訳じゃないとか、何言ってるんだ。
見ろよ、折角ブラッシングしたのに台無しじゃないか!
ウチの子に何て事をしてくれる!!
※ちなみに作者は猫を飼っている。