第三話 その解法は、要塞攻略図だった
テオドラがパズルを解くのに、三時間かかった。
「……なるほど」
机の上に、解体された金属の輪(模型)と、びっしり書き込まれたノートが
広がっている。
「外輪と内輪が、一見複雑に絡んでいるように見えるけど、実は接点が
三ヶ所しかない。この三点さえ外せば、あとは自然にほどける」
ノートには図が描かれていた。
接点①(北東):外から力をかけると固まる。内側から押すと動く。
接点②(中央):これが主軸。ここを先に動かすと他が連動する。
接点③(南西):最後に外す。ここを最初に触ると全体がロックされる。
「順番が大事なのね。②→①→③の順に動かせば、最小の力で全体がほどける」
テオドラは満足げにノートを閉じた。
そして返信を書いた。
【テオドラからキリアンへ・第三信】
キリアン様
知恵の輪、解きましたよ! コツをお伝えします。
まず、絶対にやってはいけないのが「南西の接点から触ること」です。
ここから動かすと全体がロックされて、力ずくでは絶対に解けなく
なります。
正しい順番は――まず中央の接点(②)を内側から押す。次に北東の
接点(①)を外側ではなく内側から操作する。最後に南西(③)は
自然にほどけます。
ポイントは「外から力をかけない」こと。内側から動かすと、複雑に
見える構造が実は単純だとわかります。あと、②と①の操作の間に
少し間を置くと、構造が落ち着いてうまくいきます。
これで解けるといいのですが!
テオドラ・ヴァルファより
追伸:次はどんな作品を送っていただけますか? 楽しみにしています。
◆◇◆
検閲室。
ゼーリングは手紙を読んだ。
読んで。
読み返した。
立ち上がった。
書棚から、一冊の極秘資料を取り出した。
「北方要塞・カルバハン城 構造解析図 軍事機密・最高位」。
見比べた。
(……南西の城門は、正面から攻めると跳ね橋が連動して全城門が閉鎖される)
(……北東の城壁には内側から押すと開く隠し扉がある)
(……中央の貯水池区画を先に制圧すると、城全体の防衛機能が半減する)
「一致している」
机の端を掴んだ。
「完全に、一致している……!」
しかも「②と①の間に間を置くと落ち着く」という記述は、
中央制圧から北東侵入までの「兵の集結に要する時間」と一致していた。
つまり、テオドラの手紙は――
(カルバハン城の、完璧な、攻略手順書だ)
ゼーリングの脳が処理を拒否した。
(この女性は……知恵の輪を解いただけだ)
(パズルを見て、接点を特定して、順番を考えただけだ)
(それなのに、どうして……どうして難攻不落のカルバハン城が
「紙細工のように崩れる」手順書になっているんだ……!?)
軍人としての本能が叫んでいた。
(報告しろ。上官に報告しろ。この女性を首都に連れてこい。
参謀本部に座らせろ。そうすれば三ヶ月で戦争が終わる)
しかしゼーリングは、深呼吸をした。
(落ち着け。この女性に悪意はない。将軍も、妻に知恵の輪を
送っただけのつもりだろう……おそらく……たぶん……)
引き出しを開けた。
胃薬の箱が三つ入っている。今週買い足したばかりだ。
一錠取り出して、飲んだ。
余白に書いた。
〔検閲官注:本書簡を通過させます。
追記:奥様、「南西から触るとロックされる」「内側から押すと動く」
「間を置くと構造が落ち着く」という記述は、ある城の攻略法と
完全に一致します。
……知恵の輪の話として解釈しました。今後もそうします。
胃薬を箱で買い始めました〕
◆◇◆
三週間後。
キリアンはカルバハン城を無傷で落とした。
戦死者ゼロ。
国王から感状が届いた。
戦地の天幕で、副官がそれを読み上げながら、微妙な顔をしていた。
「……『ヴァルファ将軍の卓越した戦術眼と、独創的な情報分析能力を称え』……」
「ああ」
「将軍の情報分析って、奥様の手紙を……」
「そうだ」
「……感状を、奥様に転送しますか?」
キリアンは少し考えた。
「いや」
「は?」
「それより」彼は机に向かった。「手紙を書く」
「奥様への?」
「ああ」
副官は期待した。
今度こそ、まともな手紙を書くのだと。
愛の言葉を綴るのだと。
キリアンが差し出した紙を見た。
「……また図面ですか」
「タングラムだ」
「……タン、グラム」
「七つのピースを組み合わせるパズルだ」
「存じております」副官は静かに言った。「それで、これは何の暗号で?」
「暗号ではない」
「え」
「今度は」キリアンは珍しく言葉を詰まらせた。「……ただのプレゼントだ。
妻がパズルを好むと聞いた」
副官は、三秒沈黙した。
「……将軍」
「何だ」
「一言、書き添えてください」
「……難しい」
「一言でいいです」
また沈黙。
キリアンはペンを取り、紙の端に書いた。
『君が解いてくれるのを、楽しみにしている。』
副官は、その一文を見て、なぜか目頭が熱くなった。
この不器用すぎる将軍が、これほど言葉を選んで書いたのが、
一目でわかったから。
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次話予告:
秋。キリアンの「未帰還」の報が届く。
両親が「再婚相手」を屋敷に連れ込んでくる。
テオドラは「夫が編み残したセーターがある」と拒絶するが、
両親は引かない。そこへ、検閲官ゼーリングが封筒を一つ持って
現れる――。
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