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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第1章 春、俺は魔法使いと出会った。
7/40

第7話 日常の境界線③

 夏と魔法使い



 1-7 日常の境界線③

 頭がおかしい。どうかしている。


 夜の街を、陽作は進む。ライトをつけた車が高速で走りぬけ、ぎらぎらとまぶしいコンビニが誘蛾灯のように光る。

 駅近くの、町で一番の賑わいのあるところ。通りを歩く人々は、ある人は楽しそうに、またある人は不機嫌そうに、それぞれの日常を歩んでいる。


 そんなたくさんの日常が、陽作がこれまで培ってきた常識が、行くな、止まれと引き留める。


 その声を無視して、突き動かされるように陽作は進んでいた。


 駅の近くを離れ、住宅街へ。目的地があるわけではなく、探し物をするようにあちこちを移動する。自分がなぜこの道を歩いているのかもわからない。

 陽作の目にはうっすらと細い糸のようなものが見えていた。その糸が伸びている先をたどっている。


「公民館……?」

 そしてたどり着いた。


 三日月はすでに空高く昇っていた。陽作は町の中でも人通りの少ない地域にいた。トタン屋根の古い家屋が立ち並び、田んぼや畑があちこちに点在している。車を走る音も遠く、ジリジリと電灯の光を放つ音が聞こえる。


 その音の中に、聞き覚えのないおかしな音が混じっていた。鋭いものが何度も風を切るような、重いものがぶつかるような音だ。

 細い糸はこの地域の古びた小さな公民館へと伸びていた。


『あのあたりは、悪いやつらが根城にしてるらしいよ』

 いつか祐介に聞いた話を思い出した。町の不良グループは、古い公民館や使われなくなった廃屋にたむろしていると。


 夜。行方不明事件。不良たちのたまり場。


 それらが陽作の中で一本につながった。


 引き戸の公民館の扉は少しだけ開いていた。扉の奥は真っ暗で、その先は何も見えない。陽作は足音を殺してゆっくりと近づいていく。すると思考が麻痺するような感覚に襲われた。


『この公民館には何もない。あなたが気にするものはないから、興味をもつことができない』

 頭の中に声が響いてくる。用事などないのだから行く必要はないか、という暗示じみた思考が陽作の中で膨れ上がる。


「……っ」

 陽作は奥歯を強く噛みしめ、首を大きく振って、その思考を振り払う。


「俺は見なきゃいけないのは、この糸だ」

 糸は扉の奥へと続いている。扉の前に立ち、陽作は扉の奥の暗闇をのぞきこんだ。

「――な」


 公民館の中は集会場として使うべく、バスケのハーフコートほどのスペースがある。


 まず目に入ったのは、夕方の公園で見た少女だった。全身からひりついた気配を発する彼女の手には骨董品のような大振りなナイフが握られていた。


 そんな彼女の足元には、気を失っているガラの悪い男たち。人数は5、6人。手には曲がった鉄パイプや木刀なんかを持っている。


 そして、彼女たちの周りを黒い人魂のようなものが囲んでいた。ふわふわと漂う人魂は不良たちに近づこうとしては、少女が振るうナイフによって追い払われる。けれど、彼女の視線は人魂には向かない。


 公民館の奥、そこにある「もの」に向いていた。


「ひっ」

 陽作は両手を口でふさぐことで悲鳴を抑えた。


 骨格だけでできた鳥。陽作はそれを見てはじめはそう思った。金属の質感をもった骨を無理やりつなげて作り上げた奇怪な造形物。だが、鳥の骨格には長い腕なんて生えていないし、腹部だけ黒い布で覆う必要はないし、陽作が見上げるほどの大きさはない。


 何より骨格はそれだけで動かない。二体の骨格鳥はなめらかに動き、少女を警戒するようにじりじりと、だが確実に距離を詰めている。そのたび、関節がこすれてギチ、ギチと不快な音を立てる。


 不良はすでに脱落済み。少女と、人魂と、骨格鳥の三すくみ。いや、人魂は骨格鳥を襲っていないのだから、これは化け物たちによる少女への集団リンチだ。

 見えた光景は陽作の常識を超えていた。逃げなければ。陽作の本能が叫ぶ。これはまっとうな人間がかかわるべき世界ではない。この瞬間ばかりは少女のことなど頭から失せ、恐怖が、死にたくないという強烈な思考が陽作を支配する。


 逃げるべく、陽作は大きく後ずさる。


 ザリ、と小さな音が鳴った。


 それが合図となったかのように、瞬間、骨格鳥のうち一体が少女へと襲い掛かった。速い。長い両腕を伸ばし、少女をとらえようとする。鋭くとがった爪を帯びた手が少女の顔面に迫る。


 迫る異形に対して、少女に一切の動揺はなかった。ナイフを構え短く、

「〈星よ〉」

 と言葉を発した。幾重にも同じ言葉が重なったような、おかしな響きだった。


 少女の冷たい命令と同時に、真っ暗な室内にビー玉ほどの発光体が出現。弧を描き、骨格鳥の腕を粉砕した。


 鳥は悲鳴一つ上げず、またひるみもしなかった。残った腕と大きく広げた翼で少女を狙う。


「〈巡れ〉」

 再びの言葉。発光体は少女を中心として惑星のように回転する。その軌道上に存在する骨格鳥を何度も打ち据え、そのたびに鳥が破壊されていく。


「あ」

 その時、陽作は気づいた。公民館の天井。暗い闇に紛れるようにもう一体、異形が少女に迫っていた。のそのそと潜むそれはトカゲのような形をした骨格体で、今少女が戦っているものと同じに見えた。


 暗い室内には少女が生み出した発光体があり、それが逆に光の届かない死角を生み出すこととなっていた。


 彼女は迫るトカゲに気付いていない。


 彼女が危ない。


 失われてしまう。


 トカゲは少女の真上に陣取り、狙いを定める。天井をつかむ腕が開き、少女の命を刈り取るべく落下した。


「避けろ!」

 陽作にくすぶる感情が、死を恐れる本能を覆した。扉を大きく開け放ち、陽作は勢いよく公民館へと飛び込んでいった。


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