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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第1章 春、俺は魔法使いと出会った。
4/4

第4話 陽作の日常④

 目を閉じ、光瑠と付き合っていた時のことを思い出す。


 光瑠は非の打ちどころのない彼女だった。不器用で鈍感な陽作のペースに合わせてくれて、金銭に余裕のない陽作ができる限り楽しめるようなデートの計画を立ててくれた。

 陽作も陽作なりに、歩み寄ろうとはしたのだ。光瑠の喜びそうなことを考えて、光瑠のために行動しようとした。


 図書館で勉強デートをしたとき、光瑠は陽作のわからないところを丁寧に教えてくれた。昼休憩のとき、お礼にとサプライズで光瑠が好きだと言っていた料理をたくさん詰めたお弁当を陽作が取り出したら、光瑠も同じようにお弁当を作ってきていた。


 あのときは二人して大笑いしてしまった。


 そんな思い出が、陽作の頭の中をめぐる。


 楽しかったと、素直に思える。


「模写は終わったか?」

 目を開けて、陽作は光瑠のところへ行った。光瑠は陽作から話しかけてきたことに一瞬、驚きを見せたが、すぐいつもの柔らかい笑顔を見せた。


「うん……あっ、終わってます! 終わってます! このあとすぐ出しに行きます!」

 光瑠が口を開いた瞬間、御子柴の射殺すような視線が飛んできた。が、光瑠の言葉を聞くとまたすぐに自分の作品作りに戻っていった。


「御子柴先生、怖い」

「視線だけで、人を殺せそうだよな」

「ほんとだよ」

「リンゴを描いてたのか?」


 光瑠の目の前にはみずみずしいリンゴが置いてあった。形状としてはシンプルで、それだけに描き手の技量が露骨に出そうだ。


「そうだよ。見る?」

 光瑠はそう言うと、陽作に画用紙を見せてくる。


「うまいな」

 そこには美術部顔負けの精巧な模写の絵がかかれてあった。陰影も質感も、短い時間でかかれたとは思えないほどだ。


「本当に、ひ、かみ……あー」

「光瑠で」

 笑顔という名の圧力がかかる。

「……光瑠は、何でもできるな」

「うーん。そうだね」


 光瑠は自分でかいたリンゴの絵を眺める。その顔は上手くかけた、という達成感はなく、冷たく分析するような色があった。


「陽作くんの言う通り、あたしは大体なんでもできる。嫌味じゃなく、そう思うよ。でも、何でもできるだけなんだよねー」

「……」

「成績はトップクラスだけど、トップじゃない。運動もかなりできる方だけど、部活をやってる人には敵わない。これだってそう」


 ペラリと、光瑠は画用紙を手に取り、蛍光灯の明かりにかざす。画用紙は光を通さず、影を作る。


「そこそこ器用に『描ける』けど、それ以上がないんだよね、全部そこそこどまりって感じ。……陽作くんにも振られるし」

「それは」

「冗談だよ。半分はね」


 画用紙を置いて、光瑠は陽作に向き直る。


「あたしはさ、今日こんな風に陽作くんと話せて本当にうれしいんだよ。こうして、陽作くんがもう一度あたしと向き合ってくれたことが本当にうれしい。だって、あたしは……まだ陽作くんのことが好きだから」


 周囲のざわめきが消えた気がした。光瑠のどこまでもまっすぐな視線が陽作を貫いた。それは純粋すぎるくらいの好意で。


 あぁ、やっぱりだ。


 どこまでも暗い気持ちが、足元から陽作を沈めてくる。

 光瑠のまっすぐな好意に、陽作はやっぱり何も思えない。


 光瑠のことは好きか嫌いかと問われたら、陽作は好きだと答えるだろう。光瑠のことを好きかと問われたら、少し悩んだのち好きだと答える。


 だが、光瑠のことを愛しているかと問われたら、陽作は即答で首を横に振る。


 光瑠は陽作にいっぱいの愛情を注いでくれたのに、陽作の心には底が抜けてしまったように溜まっていかないのだ。

 たくさんの言葉を重ねて、デートをして、抱きしめて、キスだってした。


 それでも陽作は、光瑠へ愛情を抱くことができなかった。心がわきたつはずの恋愛の中にいて、ずっと陽作の心は冷めていた。光瑠の体温も、唇の感覚も、体が感じるものそれ以上とはどうしても思えなかった。


 そんな自分が気持ち悪くて、嫌悪感すら覚えた。こんな自分が光瑠のような素敵な人と付き合ってはいけないと思った。だから、陽作は光瑠と別れることを決めた。

 光瑠の視線に陽作は、目を下にそらすことで答えた。


「……そう」

 光瑠もまた、陽作と同じ方向に視線をそらす。


「陽作くん、あのとき言ったよね。『俺には光瑠の思いに応える資格がない』って」

「あぁ」

「あたし、納得してないから」


 顔を上げ、光瑠はきっぱりと言い切った。


「そもそも付き合う、付き合わないに資格とかないと思うし。さすがにまだ別れてない、なんて面倒くさいこと言うつもりはないけどさ」

「ごめんな」

「謝るくらいなら、より戻せよ!」


 冗談めかして光瑠は笑う。無理して笑ってくれていることはわかっている。

 別れを告げたあの日の夜、光瑠は泣きわめいて別れたくないと陽作に抱きすがった。あとにもさきにもあれほど取り乱した光瑠を見たのは最初で最後だ。


 もしかすると、祐介の言う通り、陽作が先走ってしまっただけで、光瑠と付き合い続けることで、陽作自身変われるのかもしれない。

 そんな考えが頭をよぎる。


「そういえばさ」

 話題を変えよう。陽作は昼休みに祐介から聞いた噂を思い出す。


「祐介が言ってたんだけど、最近、町で行方不明者が出ているらしくて――」


 光瑠は何か知らない? 陽作はそう言おうとした。だが、言えなかった。


「……行方不明?」


 光瑠はまっすぐ陽作を見つめている。状況だけなら光瑠が思いを伝えたさっきと同じ。

 違う。光瑠は陽作の方を向いているだけ。その目にはさっきまでは確かにあったはずの感情の一切が抜け落ちていた。がらんどうだ。焦点の合わないガラス玉のような目が、陽作を虚ろに映す。


 怒って、笑って、泣いて、いろいろな表情の光瑠を見てきた陽作も、光瑠のこんな顔は見たことがなかった。


 怖い。陽作の足は後ずさりしていた。


「ひか……」

「残り5分」


 その時、御子柴の声が教室に響いた。ざわめきが一瞬静まり返り、再び膨れ上がる。課題がまだ終わっていない生徒たちが慌てて鉛筆を動かしたり、提出しに行ったりする。


「あ、あたしも課題出さなきゃだ」

 光瑠は画用紙を持って立ち上がった。さきほどまでの異質さはどこへ行ったのか、いつも通りの光瑠に見えた。


 けれど陽作は、その場から動けず、ただ黙って光瑠を見ていることしかできなかった。どくんどくんと心臓は脈打って、背中には大量の冷や汗が流れていた。


「あ、陽作くん」

 そんな陽作に光瑠は言った。


「その行方不明事件だけど、そういう変なのは、あんまり気にしない方がいいと思うよ。陽作くんはあたしのことだけ、考えてればいいんだよ!」


 陽作はうなずいて答えたが、光瑠はそれをよく見ることもなく、御子柴への提出の最後尾に並んだ。御子柴の短いコメントともに、列はあっという間に消化されていき、光瑠の番になる。


「お願いします」

 御子柴は他の生徒と同じように光瑠の模写を見る。


「……」

 いつもすぐにコメントを返す御子柴が黙りこんだ。穴が開くほどに模写を見て、それから光瑠へ視線を向ける。模写と光瑠、二つを交互に見比べる。画用紙を持つ御子柴の手がわずかにふるえていることに陽作は気づいた。

 それからなぜか悲しそうに、御子柴はため息をついた。


「あの……」

「わかった」

「へ?」


 御子柴は自分のキャンバスに視線を戻し、画用紙だけ光瑠へと差し出した。


「コメントは」

「わかった、言っている。お前に言うことは特にない」

「はぁ」


 何がなんだかわからないというように、光瑠はリンゴの模写をかごの一番上に置いた。

「授業を終わる。号令を」


 バサリ。その模写は御子柴が置いた余りの画用紙で、すぐに見えなくなってしまった。


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