第34話 急襲①
光瑠からの妨害を警戒する。
あきらは文字通り、警戒していた。
「なんだそれ?」
話がまとまると、あきらは部屋の隅に小さな人形を置き始めた。人形といっても、幼い子どもが粘土遊びで作ったような粗雑なものだ。
「監視です。持ち主である私の意識がないときに、部屋に侵入した相手がいれば即座に私が気づけるようにしています。それと迎撃も」
あきらが人形を指でつつく。バチッと、青い電流のようなものが人形の周りに展開した。当たれば、ただではすまないだろう。
性能は問題なし、とあきらは満足げにうなずいている。
「この人形もあきらの魔法なのか?」
「いえ、これは魔法がこめられた道具です。あくまで魔法使いが自分の習得していない魔法を限定的に使えるようにしたり、魔法の力を強化させたりするためにあります。私は人形魔法を習得していないので、こういう道具を事前に準備しておく必要があるんですよ」
あきらが言うには、代償を支払うことである程度の向上を図れるものの、道具で行使する魔法の性能は限定的で、画一的な力しか発揮できないらしい。
それに対して習得した魔法は、様々な使い方ができる、と。
「じゃあ、あきらや光瑠はどんな魔法が使えるんだ?」
「魔法使いは最初『基礎魔法』というものを習得します。これは簡単な肉体の強化や暗示など、いわば『おとぎ話の住人』になるための魔法です。便利ではありますが、基礎でしかないので、性能には限界があります。ですので、基礎魔法を十分に収めた魔法使いは次の魔法を求めることになります」
ちなみに、基礎魔法までしか習得できない魔法使いもたくさんいるらしい。
「二つ目の魔法として、『強化魔法』か『人形魔法』を選択する人は多いですが、私も光瑠さんも強化魔法を選びました。私は他にも『幻惑魔法』と『星魔法』を習得していますが、私の知る限り、光瑠さんは強化魔法だけでしょう」
「じゃあ、強化魔法しか使えない光瑠は、その」
優秀ではないのか。光瑠の心情を知る陽作としては、その言葉を口に出しにくい。
「いえ、私たちのくらいの年齢の魔法使いのほとんどは基礎魔法しか扱えません。二つ目に手を出している時点で、十分優秀と言えます」
「でもあきらは4つの魔法を習得しているんだよな」
基礎、強化、幻惑、そして星。
それはあきらがとびぬけて優秀という証拠だろう。同時に、魔法に人生を捧げてきたという証明でもある。
「はい。頑張りました。……私の話はもういいでしょう。調査の話をしましょう」
「わかった」
やや強引にあきらは話を打ち切った。あきらはテーブルにファイルと町の地図を並べて置く。地図には、あきらがこれまで確かめた呪術師の巣やゆがみの情報が詳細に記されている。
調査はこれまでずっとあきら一人で行ってきた。だから今回もお留守番かと思ったが。
「今回は向井さんも同行してください」
とあきらが言った。
「いいのか?」
「いいもなにも、あなたは私の従者です。状況が変わりました」
変わったというのは光瑠のことか。
「私を守ってくれるのでしょう?」
「もちろんだ」
あきらからの求めに、陽作は意気込んだ。
*
それから陽作とあきらは、夕方から夜の時間にかけて光瑠のもたらした情報をもとに調査を始めた。
光瑠からもたらされた、人の住んでいない家屋の情報。可能性が高いと思われる場所から順番につぶしていく。
結果は3割、といったところだった。あきらが想像していた以上に、町の家屋のあちこちが呪術師の巣になっていた。当然小規模。だが、あたりの場所は倉庫で見たような凄惨な光景が広がっていた。
あきらは調査の際、必ず陽作を同行させていた。
平時の昼間は学校へ行き、中間テストへ向けての勉強に勤しみながら、祐介や時々由乃と平和な日常を過ごす。放課後になれば、あきらと一緒に呪術師の痕跡を探す。時間は流れるように過ぎていった。
光瑠からの妨害はもちろん、接触もなかった。
「……呪術師は何が目的なんだろうな」
すでに見慣れてきてしまった惨劇を前に、陽作はつぶやく。ファイルの家屋の大半を調べ終え、もうすぐ5月も終わろうとしていた。
前の住人の家財がまるまる残った廃屋の和室の中には、二人の人間が拘束され、呪術のいけにえとされていた。
古びた日用品が床に散らばり、ほこりをかぶっている。畳の上に描かれた魔法陣が、日常とのアンバランスさを感じさせていた。
脳に刺さった針を抜きながら、あきらが答える。
「それは正直私も気になっていました。おそらく呪術を用いて、何かしら大きなことをしでかそうとしているのでしょうが。それがわからない」
犠牲者の呼吸が止まる。あきらは静かに手を合わせ、その後ランタンを取り出す。
ランタンから炎がこぼれ、犠牲者を弔うように燃やす。
「呪術は行使すればするほど、頭がゆがみに侵されておかしくなりますから、興味本位で呪術を使った魔法使いが呪術師に堕ちる、なんてこともよくあります。けれど、これほど痕跡を残さずに力を求めることから、その考えは否定できる」
ぶつぶつと、独り言のようにあきらはつぶやく。
「呪術の根幹は、秩序をゆがめることにある。だからこそ、呪術師の目的は自身の魔法では求められないものを求める。この規模で力を集めているなら、願いも必然的に大それたものになる……」
――あきらはずっと警戒していた。
光瑠のもたらした資料の家を調べるときも、部屋に戻って休むときも。
だから、調査の際は陽作を必ず同行させていた。
光瑠の様子に違和感を覚え、信用できないと思っていたから。
だが、予想されていた光瑠の妨害はなく、時間が経過してあきらの警戒がほんの一瞬、ゆるんでしまった。
今自分がいる場所が、いまだ危険地帯であることを忘れて。
気づいたのは陽作だった。自分たちが今いる和室。中央の呪術のプラントに注意がいってしまい、壁際にまで注意を向けていなかった。
和室の押し入れの扉がわずかに開いていることに、陽作は気づいた。
押し入れの中の闇がかすかにうごめいたことに、陽作は気づいた。
陽作は和室の出入り口のところに待機し、あきらは部屋の中央にいる。
押し入れの扉が開くのと、陽作が叫びながら飛び出すのは、ほとんど同時だった。
「あきら!」
「え」
陽作の叫びに、あきらが反応する。彼女は陽作に視線を向け、そしてその目は自分に迫る光瑠の姿をとらえた。
「かっ……」
あきらの口から苦悶の声がこぼれる。
ぽたぽたと血がこぼれて、たたみを汚す。
「やっと隙を見せたわね」
光瑠が、あきらの腹に剣を突きさしていた。




