第32話 平凡な魔法使いと優秀な魔法使い②
「久しぶりね。あきら」
吐き捨てるように言う光瑠。あきらは眉をひそめて、口を開きかける。ちらりと陽作の方を見て、ようやく口を開く。
「えぇ。お久しぶりですね。光瑠さん。こんなところで会うとは思っていませんでしたよ」
あきらの言葉には戸惑いが混じっていた。
「そうね。この町に来たとき、時季子様のところへ挨拶に来たんでしょう?」
「はい。光瑠さんは留守のようでしたが」
「学校に行っていたのだから当然でしょ。あたしはあんたみたいな優秀な魔法使いじゃないの。平日に堂々と家になんていないわよ」
「それは失礼しました」
「そういうすました態度、本当に気に入らない」
バチバチと、あきらと光瑠の間には火花が散っているようだった。というより、陽作の目には光瑠が一方的にあきらを敵視しているように見える。
どういうことだ? 陽作は目の前の光景に混乱していた。あきらと光瑠がまるで知り合いのように会話をしている。それに光瑠は「魔法使い」という言葉を出した。
つまり……
「そうだ。紹介しますね。今私の隣にいるのが」
「必要ない」
あきらが陽作を紹介しようとするのを、光瑠は制した。ここで初めて、光瑠は陽作に視線を向けた。
ニッコニコ。という表現が素晴らしく似合う笑顔で光瑠は言った。
「ね、陽作くん。あたしたち、恋人だものね」
ビキッ。陽作の隣で血管の浮き上がる音がした。
「……向井、くん? それは本当ですか?」
なぜだろう。隣にいるあきらの顔が怖くて見れない。
冷えきった空気の中、陽作は震えを抑えて口を開く。
「も、元だ、元。上沼も、誤解をまねく言い方はやめてくれ」
「陽作くんの返事一つで、いつでも関係は変わるけど?」
「へぇー」
ビキビキッ。気のせいだろうか。視界の端に、メラメラと舞い上がる黒髪が見える。
「なるほど、なるほど。だからあのとき、遠くから覗き見していたわけですか。あんな、道具頼りで、へたくそな、監視を」
ビキッ。今度は光瑠の額に青筋が浮かぶ。
「やっぱり気づいてたんだ。悪かったね、道具頼りな監視で」
「はい。ばればれでしたよ。ずいぶんへたくそな監視でしたから。へたくそすぎて放っておきましたけど」
「あ、そう」
「あ、そうだ。紹介が遅れましたね」
陽作は心臓が飛び出るかと思った。
あきらが陽作の隣に立ち、指をからめるように手を握った。ひんやりとした小さな手の冷たさと、強く握りしめる手の感触。
握りしめる手の感触は、ぎりぎりと締め付けるようだった。
「向井陽作さん。私の、従者です。私の」
私の、という言葉にはやけに力がこもっていた。
「陽作はこの間も、私を助けてくれたんですよ。さすがは私の、従者ですよね」
「へー、そう」
「私を守ってくれると言ったんですよ」
「そう、なんだ」
「そばにずっといてくれるって」
「……それが?」
ビキビキッ。光瑠の平坦な口調が恐ろしくて仕方がなかった。視線が実体をもつのなら、きっと光瑠の視線はビームになっている。
そしてそろそろ、握りつぶされそうな陽作の手から感覚がなくなってきていた。
あきらが陽作のことを「向井さん」ではなく「陽作」と呼んだことに気付けないほどだった。
「な、なぁ」
「何? 陽作くん」
「何でしょう。陽作」
「場所、変えないか。その、周囲の目が」
三人がいる場所は人通りの多い場所だ。行き交う人は多い。
そんな中で、二人の女が一人の男を取り合うような会話を繰り広げているのだ。手も痛いが、視線も痛い。
いろんな意味で。
「あ」
「あ」
「だから、頼む」
何に対してわからないが、陽作は深々と頭を下げた。
*
「これ」
陽作たちは最初行く予定だったコンビニの駐車場に場所を移した。
ガラス張りの向こうから見える明るい光から遠い、暗い場所だ。
光瑠はトートバッグから分厚いファイルを取り出すと、無造作にあきらに手渡した。
あきらは眉をひそめながらファイルと受け取ると、ぱらぱらとめくる。
「これ、町の無人の家の情報ですか」
「えぇ。あんた、時季子様に情報提供を求めていたでしょ。ちょっと遅くなってしまったけど、まとめてみたから渡すと、時季子様はおっしゃっていたわ」
「そうですか」
あきらはファイルから目を外さないまま答える。あきらの目はせわしなく動いている。
呪術師につながる情報を前に、集中しているようだ。
「上沼」
「何?」
意を決して、陽作は口を開く。
「お前、魔法使いだったのか」
あきらの言っていた二人の魔法使い。そのもう一人が光瑠だったのだろう。
「そうだね」
あきらと接する時とは違う、険しさのない口調で光瑠は答える。
「あたしは魔法使いだよ。陽作くんと出会う前も、付き合っているときもずっとね」
「……知らなかった」
「言ってなかったからね。魔法使いの存在は一般人には知られちゃいけないんだよ。だからこそ――」
「光瑠さん。余計なことを言わないでもらえますか」
パタンと、音を立ててあきらはファイルを閉じる。
「情報は確かに。ありがとうございました。おばあ様にもお礼を伝えておいてください」
「伝えておく。じゃ、あたしはこれで。陽作くんも、またね」
「はい。さようなら」
「あぁ」
用事は済んだと、光瑠は陽作たちに背を向け、さっさと歩き出す。
「上沼」
その背中に、陽作は声をかけた。
「何かな」
足を止めないまま、光瑠は言う。
声をかけたものの、陽作は何を言うべきか悩んでいた。
「その、ありがとう」
「なにそれ」
発した言葉に、光瑠は小さく笑い、薄暗い闇の中に消えていった。




