第31話 平凡な魔法使いと優秀な魔法使い①
「情報を整理しましょう」
祐介たちと遊んだ翌日、学校が始まった日の放課後に陽作はあきらに呼び出されていた。
時間は午後8時。あきらの部屋で、テーブルをはさんで二人は座る。あきらの表情は冷たい魔法使いのものだ。
昨日カフェで話したときのような朗らかさはない。
「あきらの行動や調査に抜けがないかを確かめるんだよな」
「はい。魔法使いの世界をよく知らず、同時にこの町の住人である向井くんの意見を聞きたいんです」
あきらの声は冷たく、鋭い。最近、あきらの年ごろの女の子としての側面ばかり見ていた陽作としては、そこに落差を覚える。
だが、整頓された部屋の片隅には由乃と買った洋服の紙袋がまとめて置かれ、ベッドの枕の横には陽作がクレーンゲームでとったブサかわいいクマのぬいぐるみが乗っていた。
魔法使いとしてのあきらも、女の子としてのあきらもどちらも地続きで、おなじあきらだ。陽作は改めて気持ちを引き締める。
「じゃあまず質問。魔法使いのコミュニティって、どうやって異変を察知するんだ? 日本全体をいつも見張っているのか?」
「違います。コミュニティの魔法使いの中に、『ゆがみ』を察知する魔法を使える魔法使いがいるんです。ゆがみは必ず呪術の近くで起こりますから、察知された時点でコミュニティから魔法使いが派遣されます」
「だとすれば、遅くないか?」
陽作は祐介から行方不明事件のことを聞いた。情報通とはいえ、一高校生に過ぎない祐介が知れるレベルで長い期間人がいなくなり続けたわけだ。
その上、あの物流倉庫の犠牲者たち。あんなものがいくつもあったというのに。
「呪術師側も察知の魔法は知っていますから、気づかれないように対策を練るんです。それで大体発覚が遅れます。……いえ、実のところ、私は二人目なんです」
「二人目っていうと、さきに一人目が来ていたのか?」
苦々しい顔で、あきらはうなずく。
「はい。ですが彼はこの町について早々、消息を絶ちました。あまり『できる』魔法使いではなかったので、あの使い魔たちに殺されてしまったのでしょう。もしかすると、呪術師につかまり、情報を抜き出されたかもしれません」
あきらの口から当然のように「殺された」という言葉が出てきた。
その言葉に重みはない。あきらにとって、殺す、殺されるというのは当たり前のことなのだ。
「……それであきらが派遣されたってわけか」
「はい。私は一応、コミュニティの中でもそれなりに認められていまして。似たような事件も、何度も解決をしています。それで、町にいる魔法使いたちに協力を頼み、受け入れられたり断られたりしてから調査を開始しました」
「町にいる魔法使いっていうと、師匠のことか」
「そのうちの一人、ですね。〈断罪者〉様の協力が得られればよかったのですが、すげなく断られてしまいました」
あきらは震えをこらえるように、手を押さえていた。
あきらは何かを思い出しておびえていた。
……一体どんな断り方をしたんだ、師匠は。
「もう一人は、いえ二人ですね。彼女たちは私の……知人でしたので、協力は了承してくれました。とはいえ、一人は老齢で、足も不自由ですので情報提供をするくらいしかできないということでした」
知人、という言葉を使うとき、あきらは言葉を選んだようだった。
「一人がお年寄りだとしても、もう一人いるんじゃないか」
「あー、まぁそれは置いておいて」
あきらは露骨に話をそらした。追及したかったが、あきらがやけに気まずそうにしていたので、黙っておくことにする。
「私は調査を開始。セオリー通り、まずは使われていない倉庫や工場といった広い場所を調べ出しました。同時並行で町をパトロールしながら呪術やゆがみの痕跡を探りました」
「倉庫や工場を調べるのは、そこで使い魔を作ったり、さらった人を置いたりするためか」
「ですね。今回は特に規模が大きかったので優先的に捜索しました。結果は当たり。複数のプラントを見つけて、つぶすことができました。――あ、そういえば」
「何か思い出したのか?」
「捜査の途中から、なぜか視線を感じることが多くなったんですよね。敵意はなかったんですけど、気味が悪くて。そのせいで途中から幻惑魔法をかけ続ける羽目になって、かなり消耗させられました。あれももしかすると呪術師の監視だったのかも」
「あー、いやそれは気にしなくてもいいんじゃないか?」
「へ? でも」
「多分、大丈夫だから」
「はぁ。向井くんがそこまで言うなら」
陽作は強引に話をそらした。身に覚えがありすぎた。
陽作は祐介を頼って、あきらの捜索を頼んだ。あきらが感じた視線というのは、そのときあきらを見た人たちの視線だろう。
当時の陽作としては、必死ゆえの行動だったが、あきらを余計に追い詰めさせてしまったらしい。
「で、めぼしい広い場所の捜索が終わって、優先度の低かった魔法使いの所有地の捜索をしました。そこで」
「俺と出会ったと」
「はい。それで普通だったら、その時点で、呪術師の手がかりが見つかるものなんです」
「手がかりってどんなのなんだ?」
「呪術を使えばゆがみが出る。多くの呪術を使えば、より多くのゆがみが発生します。呪術師も人間ですから、行動範囲に偏りが出ます。ゆがみの発生場所と頻度を分析して、呪術師の巣を見つけるわけです。けれど、今回ははっきりいっておかしいです。行動に偏りがなさすぎる。町全体を包み込むように、偏りなくゆがみが生まれている」
「それだけ相手が上手ってことか」
「……なのでしょうね。憎たらしいことですが、認めざるを得ません。もしかすると、かなりの長い期間、呪術師を続けている者なのかもしれません。あるいは――」
そこで、あきらが頭痛をこらえるように頭を押さえた。そのまま数秒、あきらはテーブルを虚ろな目で見つめる。
「どうした?」
「……いえ、何でもありません。それで、私としては手づまりになってしまったわけです」
会話の流れに違和感があった。
あきらは何かを言いかけていなかっただろうか。
「ひとまず私の状況はこんなところです。思いついたことはありますか?」
「ん、そうだな」
だがそれは一瞬のことで、すでにいつも通りのあきらに見える。
「あきらは広い場所を優先して捜索したってことだけど、普通の家とかはいいのか?」
「よくある一軒家は狭いので、プラントも小規模になりますし、近所の目もありますからね。小悪党レベルの呪術師相手であれば、可能性は高いですが……確かに除外して考えていました。その発想はありですよ、向井くん」
「待て、俺が言いだしておいてなんだが、数が多すぎるだろ。まさか全部の家を探るわけにはいかないよな」
「そうなんですよね。大体、今回の呪術師は痕跡を残していない。小悪党呪術師なら、パトロールの段階で痕跡を見つけられるはずなんです」
「んーだったら――」
それからまたぽつぽつと陽作が意見を出して、あきらが納得したり、否定したりするやり取りが続く。
案が出なくなって、会話も尽きた頃、パン、と陽作が手をたたいた。
「気分転換しないか。コンビニに行って、甘いものでも買おう」
「それもいいですね」
頭を使いすぎて、頭痛がする。二人は部屋を出る。
昼はもう暑いのに、5月の夜はまだまだ寒い。半袖で出てきた陽作は上着が欲しくなった。
駅前はいつも通りきらびやかで、人の数も多い。がやがやと明るい喧噪が通りには満ちている。
「気温差が激しいよな」
「ですねぇ」
のんびりと話をしながら、二人並んでコンビニへと向かう。
動き続ける人混みの中に、ポツンと立っている人影が見えた。
その顔を見て、陽作は思わず足を止める。同じように、あきらも足を止めた。
「上沼」
人の群れから切り離されたように立っていたのは、上沼光瑠だった。制服姿にトートバッグを肩にかけた光瑠は、自身が気づかれたことに気付いたのか、ゆっくり陽作たちの方へ歩き出す。
人混みは、光瑠を避けるように流れている。
光瑠の眉間にはしわが寄っており、剣呑なものが浮かんでいる、陽作は最初、その感情が自分に向けられているものだと思っていたが、違った。
光瑠は陽作のことを見ていなかった。その隣のあきらだけを見ていた。
4メートル。その距離で光瑠は足を止める。
「久しぶりね。あきら」
と、光瑠は吐き捨てるように言った。




