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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。
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第30話 手のひらの上の幸福論⑥

 あきらの腕の中で号泣する太陽は、真子が受け取ってあやしだすとすぐに笑顔になった。

「なぜ、なぜ……」

 とあきらは絶望したようにうなだれている。


「そうだ、真子先生。志波祐介って覚えてます?」

 しばらくそっとしておいた方がよさそうだ、と陽作は別の話題を出す。


「祐介くん……あっ、物知りゆーくんのこと? 覚えてるよ」

「このあと、祐介と、祐介の彼女と4人で遊びに行く予定なんですけど、もしよかったら、祐介にも会いませんか。あと2,30分も待てば来ると思うんで」

「へぇー、陽作くん、祐介くんと仲よかったっけ」

「4年生くらいのころですかね、ちょっとしたことがあって仲よくなりました。それで今までずっとつるんでます」

「意外ねー」


 祐介の性格は昔とほとんど変わっていない。真子の記憶の中では、陽作は暴れん坊、祐介はインドアな知りたがりということになっているのだろう。

 真子を悪く言う子どもは、陽作の知る限りいない。祐介もきっと会いたいのではないだろうか。

 真子は腕にまいた時計に目を向ける。


「んー、あたしも祐介くんと会いたいんだけどさ。ごめんね、実はこのあと人と会う約束をしてて、実はけっこうピンチ」

「すみません。俺たちが引き留めたせいで」

「そんなことないよ。会えて、本当にうれしかった」

「はい」

「じゃあね!」


 真子はあの向日葵のような笑みを浮かべて、駆け足で去っていった。絶望から復帰したあきらは、真子の立ち去った方向を見やる。

「元気な先生でしたね」

「あぁ。いい先生だよ」

 また会えるといいな、と陽作は思った。


 *


「ごめん! 遅くなった」

 真子と別れてからしばらく。買ったコーヒーや食べ物もなくなった頃に祐介と由乃は到着した。

 祐介は陽作の向かいに座るあきらを見て、ピタリと固まる。たっぷり固まること数秒、陽作の肩を力強く組んで、耳元でささやいた。


「めちゃくちゃかわいいじゃねぇか! ちょっとロリっぽいけど」

「ロリってなんだよ。それ以上言ったら、殴るぞ」

「ごふっ……ひ、ひさ。もうなぐってる」

「すまんつい」


 陽作の拳はすでに祐介の腹にめりこんでいた。手加減は当然している。

「きゃーっ、きれいな黒髪ですね!」

 と陽作と祐介が男同士の友情を築いている間に、由乃はあきらと急激に距離を詰めていた。


「ありがとうございます」

「お手入れ、大変じゃない?」

「そうなんですよ。わかります?」

「わかるわかる。うわーいいなー」


 二人はあきらの長い髪の毛トークに花を咲かせていた。どこのシャンプーがいいとか、使うくしがどうとか。

「なんか、あきらが過去一饒舌な気がする」

 髪の毛について話すあきらは、陽作と従者契約をかわした時と同じレベルで興奮しているようだった。延々と髪の毛のあれやこれやについて話し続けている。

 由乃も由乃で、記者にでもなり切っているのか、バッグからメモ帳とボールペンを取り出して、ふむふむとメモを取っている。


「おっ、嫉妬か?」

 祐介のにやにや笑い。

「そういうわけじゃない」

「ぐはっ」

 さっきよりほんの少しだけ力をこめた拳が、再び祐介の腹部にめりこんだ。


「――えっ、ママ先生に会ったの!?」

「あぁ、赤ちゃん抱いてたぞ」

「会いたかった!」

 そのあと、自己紹介を軽く済ませ、町外にある大型のショッピングモールに行こうと移動を始めた。


 道中、真子とついさっき出会ったことを話すと、祐介は大層驚いていた。

「最近こっちに引っ越してきたのかな」

「さぁな。そのあたりの話は聞いてないけど」

「ほーん。ママ先生って、もっと西に方に住んでたはずだから、家でも建てたのかな」

 と祐介は情報屋の顔をしている。


「よく覚えてるな」

「好きなもんで」

「に、しても」

 祐介はあきらの方を見る。うざいくらいぐいぐい来る、積極性の塊のような由乃と、あきらは意外と相性が悪くないようだった。髪の話は終わったようで、まったく別の話をしている。


 あきらは話を聞くのが上手い。由乃の話を引き出し、脱線しすぎないようにコントロールしているように見える。あきらの表情も柔らかい。由乃が来ると聞いてどうなるだろうと心配していたが、これなら大丈夫そうだ。

「いい人そうだな。陽作の想い人は」

「……いいやつだよ。あきらは」

 あきらはいい人すぎる。


 一人の女の子としても、きっと魔法使いとしても。

 手遅れになった不良を介錯しているあきらの姿が思い浮かぶ。あんな残酷な世界を日常として、あきらは生きている。そのくせ、部屋は汚部屋で、三食カップ麺生活だ。

 あきらのことを知れば知るほど、陽作はあきらのことを大切だと、守りたいと思うようになっていった。


「想い人ってのは否定しないんだ?」

「しないよ」

 これが恋愛としての「好き」なのかは、陽作にはまだわからない。


「俺にもまだわかんないけどさ。あきらと出会って、世界が変わって見え始めたんだ」

 あきらと出会って、心が躍った。

 あきらと出会って、日常の裏側を知った。

 その日常の裏側に、陽作も足を踏み入れようと決意した。

 あきらのそばにいる。そう決めたから。


「そっか。陽作がそう思えるなら、いい出会いだったんだろ」

 と、祐介は笑った。

「あきらちゃん、しっかりものにしろよ!」

「えっ、あきちゃん服それしか持ってないの!?」

 ひときわ大きな由乃の声が響いた。


 呼び名がすでに「あきちゃん」に変わっている。

「はい。あんまり興味がなくて」

「もったいないよ! 目的が決まったね! ゆーくん、ひーくん! モールに行ったら君たち二人に荷物持ちの役割を与えます。あきちゃん、お金に余裕はある!?」

「え、はい」

「よっしゃぁ! テンション上がってきたぜ!」

 いうや否や、由乃はあきらの手を引いて走り出す。


「おい由乃! 今急いでも電車の時間は変わんないぞ! どうせい一時間に一本しか電車来ないんだから!」

「こういうのは気持ちだよ、気持ち!」


 ――それからのことは多くは語るまい。


 陽作たち四人は、由乃主導のもと、モール中を駆け回ってあきらの服探しに奔走した。あきらは一日に何度も試着をさせられ、さながらファッションショーのようだった。

 途中からあきらの目は死んでいたようだったが、楽しそうではあった。

 それ以外にも、ゲームコーナーで陽作が意外な才能を発揮したり、最近話題なのだという食べ物を食べてみたり。

 陽作が取ったぬいぐるみをあきらに渡すと、あきらはそれをうれしそうに抱きしめていた。


 4人でとった自撮り写真を、祐介や由乃の連絡先を、あきらは幸せそうに眺めていた。

 魔法使いとしての陰惨な日々とはまるで関係のない、ただの高校生らしい日常を彼らは過ごしていた。


 ――全ての戦いが終わったあと、陽作は思い返す。きっとこの日が最後だったと。

 一人の高校生として、陽作が純粋に楽しむことができたのは。

 平和な日常の中にいられたのは、この時までだった。


「楽しいな」

 陽作はつぶやく。


 由乃があきらの手をとってモールを駆け回り、陽作と祐介が大量の紙袋をもって後ろから追いかける。

 この日、陽作は心の底から笑えていた。


 この日の幸福を決して忘れたくないと、陽作は願っていた。


 *


「――ごめんなさい! 遅れちゃいました!」

 偶然のうれしい再会のあと、真子は待ち合わせ場所に来ていた。

 街の中央公民館のホール。そこには車いすに乗った老婆と、その車いすを引く背の高い女子高生がいた。


「いいえ」

 小柄で品のいい老婆だった。時間に遅れた真子に不愉快な態度を見せることなく柔和に笑う。見る者全てを安心させる笑み。

「わたくしも準備に手間取ってしまって、ついさっき来たところだったの。真子さんと太陽くんを待たせなくてよかったわ」


 嘘である。真子が知る限り、老婆が遅刻をしたことはない。足が不自由だから、早めにいつも行動していると、以前話していた。

 つまり老婆の言葉は、真子への気遣いだ。


「ありがとうございます。実は懐かしい教え子と再会してしまって」

「あら、そうなの?」

 明るい玄関ホールの中、真子と老婆は穏やかに話をする。


 真子はこの老婆と、太陽の検診の時に出会った。町の名士であるらしいのだが、よくボランティアに参加しているらしく、老婆から話しかけられたのがきっかけだ。

 町に引っ越してきて間もなく、育児について相談できる相手のいなかった真子にとって、育児経験のある老婆はよい相談相手であり、話友達であった。


 立て板に水で話す真子の話を、老婆はにこにこと微笑みながら聞いている。

「それで、その子に赤ん坊を抱っこさせてみて、そうだ、時季子さんも抱っこしてみます?」

「いいの?」

「もちろん!」


 真子は老婆――時季子に太陽を手渡す。時季子は慣れた手つきで赤ん坊を受け取る。

「ぎゃあああああああああああっ!」

「あらあら」


 時季子に抱かれた瞬間、太陽はホール全体に響き渡る声量で号泣した。時季子があやすが、泣き声はますますひどくなるばかりだ。

「す、すみません」

 尋常ではない泣き様に、慌てた様子で真子は時季子から太陽を受け取る。真子に抱かれてもなかなか泣き止んでくれなかった。赤ん坊はぎゅうっと、母親に抱き着いた。


「どうしたんだろ太陽。まるで」

 おびえているみたい。

「こんなおばあちゃんに抱っこされるのが初めてで、びっくりしちゃったのかもしれないわね」

「そう、かもしれません。うーん、でも母に抱っこさせたときも泣いてたけど、ここまでだったかな」


 そう言って真子は首をかしげる。

 まさか、時季子が恐ろしいわけではあるまい。


「あるいは」

 とそこで時季子が口を開いた。

「赤ん坊というものは、勘が鋭いものですから、わたくしに何か恐ろしいものを感じ取ったのかもしれませんね」

「またまた」


 時季子は冗談が上手だ。

「あはは」

 自分の赤ん坊が泣き叫んでいたことも忘れ、静かなホールに真子の笑い声が響いた。


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