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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。
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第28話 手のひらの上の幸福論④

 連休最終日、陽作はあきらとともに、駅の近くにあるチェーン店のカフェに来ていた。コーヒーを購入してから外のテラス席に腰かけ、祐介たちを待つ。


「気温もだいぶ上がってきましたね」

「すっかり初夏って感じだよな」

 久しぶりに会うあきらは、よくも悪くもいつもと変わらなかった。いつぞや陽作が部屋を整理した時に知っていたが、あきらは同じデザインの服しか持っていないらしい。ちょっとしたデート気分だった陽作としては、着飾ったあきらを見られなくて残念だった。


 が、それは服装に限った話。

「髪型、いつもと違うんだな」

「え、はい。せっかくなのでちょっといじってみました」


 いつもはそのまま流している黒髪が、サイドポニーというのかゆるく結んで片側に寄せられていた。目立つ黒髪だけに、髪型が変わるだけで印象が大きく違う。

「おかしくありませんかね」

 あきらはほんのり緊張しているように見えた。


「うん。よく似合ってる」

「それはよかった」

 本当は「かわいい」なんて言うべきだったのだろうが、照れくさくてそっけない返事になってしまう。

 陽作とあきらは二人、それとなく視線を外してしまう。


「祐介たち、遅いな」

「そうですねぇ」

「……」

「……」


 沈黙。

「そういえば」

「なんでしょう」

「なんであきらって敬語なの? 俺と齢同じだよね」


 前から気になっていたことだ。あきらはずっと陽作に敬語を使っている。それがあきらにはまっているので、これまで何も言ってこなかったが、せっかくだ。

「んー」

 あきらは青空を見上げてうなる。


「深い理由はありませんね。私、誰に対しても敬語を使いますし」

「それって魔法使いだから?」

 魔法使い、の部分だけ声をひそめる。

「関係はないですよ。ただ」

 あきらはどこか遠いところへ視線を向けた。


「私は幼い頃、ずっと大人しかいない場所で過ごしていたんですよ。年上には敬語を使うべきじゃないですか。これは、その名残みたいなものです」

「厳しい家で育ったんだな」

「……えぇ。とても、厳しい家でした。幼い私には一人をのぞいて、友達すら、いませんでしたから」

 含みのある言い方。あきらは陽作を見つめ、さびしげに笑みを浮かべる。


「その一人って――」

 その時、スマホが通知を告げた。なんだよと思いながら画面を見ると祐介からで、

「祐介、ちょっと遅れるって」

 諸都合(主に由乃のせい)で、一時間ほど到着が遅れるとのことだった。


「どうする? 祐介は先に飯食べてていいって、書いてるけど」

「お昼時ですし、せっかくですからいただいてしまいましょう」

 実はもうおなかペコペコなんです、とおなかに手を当てるあきら。


「そりゃ大変だ。また大きな音が鳴っちまう」

「あの件は忘れてください」

 そう言って二人して笑う。

 さっきの「友達」の話を、陽作は聞き逃してしまった。


 *


「いいんですか? お金出してもらって」

「いいのいいの。師匠がさ、これでおいしいものでも食べさせてやれって小遣いくれてさ。逆におごらせてくれないと俺が師匠にぼこぼこにされる」

「それは……おっかないですね」

 あきらはあははと、乾いた笑いを見せる。冷や汗が一筋、あきらの額を流れる。


「にしてもあきらはよく食べるよな」

 テラス席に戻る。トレイの上にはサンドイッチやスコーンなどがどっさりと乗せられていた。席に着くなり、包みを開いてぱくぱくと食べ始める。


「魔法には体力を使いますからね。大食いの人は多いです」

「そうなの?」

「はい。魔法には代償のほかには、いわゆる魔力みたいなものを消費することはないのですが、人間離れした力を行使するわけですから、体に負荷もかかります」

 それに、とあきらは続ける。


「こうしたおいしいものを食べた、という記憶はいざというときに代償にすることができますから」

 そういってサンドイッチにかぶりつく。さらりと言ってのけるあきらに、悲しみのようなものはない。当たり前のことを言っているだけ、という様子だ。


「代償って」

「気にしないでください。代償にするのはおいしいものを食べたという記憶だけ。向井くんとおしゃれなカフェで一緒に食べたという記憶までは代償にするつもりはありませんから」

「……ここは単なるチェーン店だけどな」

 紙で口元をぬぐうあきらに、陽作はどうにか答える。


 あきらの口ぶりは、これまでもたくさんの「楽しい」記憶を代償に捧げてきたことがうかがえた。

 魔法使いとしての冷たい、張り詰めた表情のあきらを思い出す。

 目の前のあきらは安心した表情で微笑んでいる。


「なら、今度はもっといいお店に行こう。二人で」

「はい。楽しみにしています」

 あきらは今の陽作の言葉をどう受け取っただろうか。できれば、代償としてではなく、年ごろの女の子として幸せな記憶を作ってほしいと、陽作は願わざるを得ない。


「――陽作くん?」

 そのとき、道路の方から声がかけられた。名前を呼ばれ、声のした方を向く。

 30代くらいの、赤ん坊を抱いた女性が、そこに立っていた。見覚えはない。だけどどこかで会ったことがあるような気がする。

 彼女は陽作の顔を見ると、ぱっと表情を明るくさせた。ひまわりのような、輝くような笑顔。


「やっぱり、陽作くんだ。あなた、向井陽作くんでしょう? 先生のこと、覚えてる?」

「……あっ」

 先生という言葉。そして彼女の笑顔が呼び水となって、陽作の記憶が一気に呼び起こされる。

 遠い昔、陽作はこのひまわりのような笑顔を見たことがあった。パチンと、ジグソーパズルがはまるみたいに昔と今の記憶が一致する。


「もしかして、真子、先生ですか」

「うん。覚えていてくれたんだね」

「お知り合いですか?」

 あきらが聞いてくる。


「あぁ、俺の小学生のときの先生」

「どうも、白井水真子です」

 そういって真子は、あきらに笑顔を浮かべて頭を下げた。


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