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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。
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第27話 手のひらの上の幸福論③

 それからまた数日が過ぎて、世間は連休。ゴールデンウィークに突入した。

 その間に陽作は祐介からの頼まれごと、あきらに会ってみたいという願いを伝えていた。


『いいですよ』

「え、いいのか」

『はい』

 てっきりあきらは断るものだとばかり思っていた。快諾と言ってもいいその返答を、陽作はむしろ不審に思う。


「なんか企んでる?」

『なんでそう思うんですか』

「魔法使いは俗世の人とは関わりません、なんていうかと思ってたから」

『そんなわけないじゃないですか』

 コロコロと、電話越しにあきらの笑い声が聞こえてくる。


『現代社会にまじって生活している魔法使いって、案外たくさんいますよ。私のように、あちこちを転々とする魔法使いの方がむしろ例外です。向井くんのお師匠様だってそうでしょう?』

「それはそうなんだけど」

『それに向井くんのご主人様として、従者のお友達にはごあいさつをしないといけませんし』

「……本気で言ってる?」

『もちろん、冗談です』

「心臓に悪いよ」

『ごめんなさい』


 こんな些細な会話に、陽作は幸せを感じている。確かに祐介の言う通り、今の陽作の顔はにやけているのかもしれない。

「そういえば、あきらの調査の方はどうだ?」

『あー、手詰まりなのは変わりません。最近は、見回りの頻度を落として体を休めています。この間の倉庫をつぶせたのはやっぱり大きかったですね。町に潜む使い魔の数は、今ものすごく減っています。実のところ、向井くんの友達の件を了承したのも、なにか変化を期待してのことで』

「あきららしいな」

『そうですかね』

「わかった。祐介には伝えておく。じゃあ、5日後に」

『はい。おやすみなさい』


 通話を切る。終了のボタンを押す手がやけに重かった。

 あきらともっと話したかった。


 *


 また少し時間は流れて、陽作は連休を部活の助っ人と、アルバイトに費やすことにした。

「――そっか」

 剣道部の部長の川島は落胆したように肩を落とした。


「やりたいことができました。部活の練習には参加できますが、試合に参加するのはちょっと」

 あきらからいつ手伝いを要請されてもいいように、できるだけ時間の融通はきくようにしておきたい。

「しょうがないか。他にやりたいことがあるなら、そっちを優先してくれ」

「すみません」

「向井が謝ることじゃねぇよ」

「はい」

「そっかぁ。でも惜しいな」

 川島は手ぬぐいで顔の汗をぬぐう。


「今日の俺に圧勝した向井がいればと思ったんだが」

「はは」

 今日も陽作は部長と試合をし、時間を多く残し、面を二本取って勝利した。


「びっくりしたぞ。また剣風が変わってる。助っ人に来るたびに、攻めっ気が強くなってないか? 何、心境の変化?」

「かもしれません」

「でしょーね! ゆーくんから聞いたよ! ひーくん!」

「うおっ」

「ふごっ」


 スパン、スパンと冷えた濡れタオルが二枚、陽作と川島に向かって投げつけられた。陽作は直前で受け取り、川島は取り切れず、顔面でキャッチする。

 投げつけた剣道部マネージャーの由乃は、「ちっ」と舌打ちした。

「おい今舌打ちしたか?」

 と言ったのは陽作。


「この女子ソフトボール次期エースたる由乃ちゃんの一球を受け止めるとは何様だ!」

「待て待て、俺の妹は結局何を目指してるんだよ! 大体一球じゃなくて二球だし、そもそもソフトボールは下投げだし、大体由乃はソフトボール部じゃなくて剣道部だろうが!」

「全ツッコミ! さすが我が兄上。さすがのお点前でございます」

「どこの時代の人間だよ!」

 突然川島兄妹のコントが始まった。


「部長って、ツッコミだったんだ」

 由乃がボケ担当だから当然か、と引き気味に考える。

 由乃は存分に兄にボケ倒してから、陽作の方に真剣な顔を向けた。


「決めたんだね」

 何を、とは言わない。川島が何を言っているのかと首をかしげている。

「あぁ」

「……そっか。わかった」

 悲しそうに顔をゆがめたが、それは一瞬のこと。


「オッケー! ならゆのちゃんはひーくんの新しい女と会えることを楽しみにしてるからね!」

「待てどういう意味だそれ」

「意味も何も、明後日は私もゆーくんと一緒に来るからね!」

「俺聞いてないぞ!」

「なんだ向井、新しい女か! まさか、今日のお前の変化って……」

「兄貴は黙っておれ!」

「いつまで昔の人ごっこをやるつもりだ我が妹よ!」

「何を申すか! 兄上は拙者が江戸の生まれと知らぬと申すか!」

「なんで設定が増えてんだよ!」

「俺の話を聞いてくれ……」


 陽作の疑問は、兄弟の嵐のような会話に吹き飛ばされてしまう。

 高校の武道場は、にぎやかな声で満たされていた。


 *


「――ということで、しばらくバイトを休みたいんです」

「そうか」

 川島兄妹がうるさい部活の助っ人の後、バイト先の物流倉庫の一室で、陽作は師匠と話していた。師匠はいつもの作務衣ではなく、青の作業服を着ている。


 絶望的に似合っていない。


「そうだ、警棒もありがとうございました。助かりました」

「我が弟子はいつも遅いんだよ。こういうのは、もっと早く言いに来るべきだろ」

「タイミングがなかなかつかめなくて、ついうっかりしていました」

「まぁ、しょうがないか。俺様は影が薄いもんでな」

「普通、師匠みたいな人、一度見たら記憶にこびりついて忘れなくなりそうなものですけど」

 師匠は「ふん」と鼻を鳴らす。


「バイトを休むのは了解した。陽作は戦力としてでかいが、こっちで人手はどうにか調節してやるよ。お前は孫ちゃんの力になってやれ」

「ありがとうございます」

「だが金はどうするんだ。調査はいつまで続くかわかんないんだろ? バイトなしで生活できんのか」

 陽作の事情を知っている師匠としては、当然の疑問だろう。


「高校卒業後に向けた貯金があるので、それを切り崩そうかと」

「そいつはお前の虎の子だろうに。いいのかよ」

「いいんです」

 師匠は顎に手を当て、陽作の顔をじっと見つめる。それからにやりと笑う。


「お前ならそういうと思ったよ」

 準備しておいてよかったと、師匠はふところから封筒を取り出して陽作に渡した。

「これ……」

 厚みのある封筒に陽作はおののく。中身は言うまでもなく、お札だろう。手の感触からして、陽作のバイト代数か月分はありそうだ。


「小遣いと、俺様からの餞別だと思ってくれ。あ、受け取れませんなんて言ったら、ぶん殴るからな」

「どうして……」

「俺様は俺様のためにしか魔法は使わん」

 師匠は前と同じ言葉を口にする。


「が、子どもはもっと大人を頼っていいんだよ。納得できないってんなら、10年分のお年玉だとでも思っておきな。せいぜいこの金で孫ちゃんの機嫌をとってやんな」

 胸の奥が熱くなる間隔がした。陽作は自分の胸を手で握りしめる。


 これまでずっと親に頼らず、自分のために、一人で生活するためにバイトを続けてきた。そんな陽作にとって、あきらのために使えという師匠の言葉と厚い封筒はひどく暖かいものに感じられた。


「……ありがとう、ございます」

 絞り出すような声で、陽作は師匠に深々と頭を下げた。


明日は投稿お休みします。

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