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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。
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第23話 陽作とあきら①

 ――思えば、陽作は女の子というものにある種の幻想のようなものを抱いていたのかもしれない。


 なにせ以前付き合っていた光瑠は、その内面はともかく、完璧主義の魅力的な女の子だった。悪いところなんて一つも見せなかったし、見せようとしなかった。

「あの……」

 あきらは気まずそうに視線を泳がせる。


「あきら、お前ってやつは……」

 だからこそ、目の前のおぞましき惨状を見て、陽作は遠い目をした。


 時は少しさかのぼる。


 *


 ぐー。


 初夏の気配を感じさせる空の下に、大きく腹の虫が鳴いた。

「へ?」

 陽作ではない。陽作はあきらを見る。あきらはそれとなく自然に、けれど確実に陽作から目をそらしていた。


「いい、天気ですね」

 青空を見上げ、気持ちよさそうに目を細めるあきら。黒髪をたなびかせながら、日差しを遮るように手を顔の上に当てる姿は非常に絵になるが、さきほどの音が気になってしょうがない。


「なぁ、今の腹の音……」

「夏の到来を感じさせる、素晴らしい空です」

「あの、あきらさん?」

「……無茶、でしたかね?」

「うん」

「腹がすいてるのか?」

「朝から、何も食べてなくて」

 あきらはがっくりと肩を落とす。


「なんというか」

 陽作の中で築き上げられていたあきらのイメージが少しずつ崩れていく。

 てっきり陽作は、あきらはどんなときも隙を見せない冷徹な人物だと思っていた。初めて会った夜のときの印象が強かったからだ。だが、契約直後のハイテンションや腹の虫の音を隠そうというへたくそな態度といい。


 年相応、というか、年齢よりも情緒が幼い気がする。

 時間は午後1時。少し遅いが、お昼にいい時間だ。


「どこかで飯にでもするか? 俺がおごるよ」

 滅多に外食はしない陽作だが、あきらと一緒である。少しくらい見栄を張りたい。

「いえ。それでしたら、私が今借りている部屋に行きましょう。簡単な食事くらいはとれますし」

「はい!?」

 なんということないように放たれた言葉に、陽作は自分の耳を疑った。


「……何か問題がありますか?」

「いや、ないけど。いいの?」

「えぇ。私から言い出したのですし、当然ではないですか」


 おかしいところなど一つもないと、あきらは眉をひそめ、首をかしげている。

「えー」

 いくら従者契約を結んだとはいえ、陽作とあきらは、主従である前に、男と女だ。

 陽作が色欲に負け、襲ってしまうとか考えないのだろうか。それとも本当に無頓着なのか? いや、多分それくらいあきらは陽作のことを信頼してくれているということだ。変な期待をしてはいけない。ぐっとこぶしを握り締め、おかしなことはしないと決意する。


「どうします?」

「行こう」

 きりっとした表情で応える陽作。


 あきらへの幻想が完全に崩壊する、約20分前の出来事である。


 *


「ねぇ、あきらさんや」

「はい……」

「この光景を、俺に見られることについて何も思わなかったのかい?」

「全然まったく、これっぽっちも考えていませんでした!」


 ついにあきらが膝から崩れ落ちた。使い魔たちとの戦いでは、意地でも膝を折らなかったのに。


「もういやです。私のかっこいい魔法使いとしてのイメージが……」

「あ、そういうイメージ作ってたんだ」

「うぅ」


 あきらの部屋は、駅近くにあるウィークリーマンションと呼ばれる場所だった。ホテルとアパートの中間の立ち位置にある宿泊施設で、週や月単位で借りられるらしい。

 確かに、あきらのような立場の人間が住処にするにはちょうどいい場所だ。あきらが借りているのは単身者用の部屋。いわゆる1Kと呼ばれるタイプの部屋だ。


 そのカーテンの閉め切られた部屋の中は、無残としかいえない状態にあった。

 床の上には着散らかした衣類が散乱していた。戦いのときに使われたのか破れたり、血が付いたりしているものの中に、タグが付いたままの新品の服が混じっている。さらに言えば、服は低価格高品質で有名なチェーン店のもので、全て同じデザイン、違うのは色だけという始末。

 多分店に行って、適当に選んだだろうことがよくわかる。これならいっそ、色も同じだった方がこだわりとして処理できた。布の中に、魔法使いらしい、古めかしいナイフや立派な装丁の本が紛れ込んでいることは、どう評価するべきか。


 備え付けのテーブルの上には、適当に買ったと思われる未開封のカップ麺や菓子パンの山。部屋の隅には大量のレジ袋。中身はおそらく消費されたカップ麺や菓子パンの空袋だ。レジ袋に入れている点だけはほめられる。そこにあきらのきれいにしたいという、かすかな意地が感じられた。


 カップ麺の香りがほんのりただよう、残念な部屋がそこには広がっていた。


 バタン。部屋の外と中を仕切る扉が閉まる。その音を合図に、陽作は爆発した。

「服は整頓しろよ! さすがにこの色はないだろ、ダサいだろ! それに洗濯しろ! ごみは捨てろ! ため込むな! ゴミ出しって知ってるか!? こういうところからゴキブリってのは増えるんだよ! それとまともな食事をとれ! ビタミンはどうした、ビタミンは!」

「あ、う……いえ、いつもこうではないんですよ? ただ最近は使い魔を倒したり、呪術師を探すので忙しくてですね。それに栄養につきましては、サプリメントという便利なものがありまして――」


「片付ける」

「はい?」

 あわあわと言い訳するあきらに、陽作は据わった目で言う。


「耐えられない。今すぐ片付けさせてくれ」

「その、私、よく考えたら着替えをしたいので、一旦外で待っていてくれると嬉しいのですが」

「風呂場かトイレでやってくれ」

「いやトイレはさすがに……」

「俺、一秒たりとも待ちたくない。早く」

「はい」


 散乱した衣類の中から、慌ててあきらは新品の服を見つけ出し、シャワー室に入っていく。


「ついでに、飯も俺が作るから。文句ないな?」

「はい」

「あきら」

「はい」

「もう少し、人間らしい生活をしよう」

「はい」


 ついに「はい」しか言えなくなったあきらはいそいそと、力なく部屋を出て行った。


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