第22話 ひかるのはなし②
本日より投稿再開します。
――これはまだ、光瑠が陽作と付き合っていた頃、それも付き合い始めて間もない頃の話だ。
当時、陽作の金銭状況の余裕のなさを知らなかった光瑠は、初めてのデートに映画を選んだ。「全米が泣いた!」なんてコテコテのうたい文句の映画だ。
友情あり、恋愛あり、アクションありと、とにかく監督が入れたい要素を全部ぶち込みました! と言わんばかりの大作である。
「ここだね」
「みたいだな」
夏休み初週、映画自体の評判はすこぶるよく、映画館の中は家族連れやカップルであふれかえっていた。べたべたとくっつくカップルの様子に、光瑠の視線はつい吸い込まれる。
光瑠と陽作の間には少しだけ距離があった。もう少し近づこうか、いやそれはまだ早いかと悶々とする。
映画の広告が爆音で流れるシアターの中、スクリーンの明かりだけの薄暗い中で、光瑠と陽作は並んで座る。
「ポップコーン、ここでいいか?」
「うん。ありがとう」
とすまし顔で応える光瑠だったが、
うわー! 陽作くんがあたしの隣に座ってる! すごい! ミラクル! 最強! 完璧!
心の中では激しく興奮していた。顔に出していないだけだ。
陽作はどことなく、挙動不審。身の置き場がないという様子だ。無理もない。このお付き合いは、両想いで始まったものではない。光瑠が、陽作におして、おして、おして、ようやく結び付けた交際関係なのだ。
たくさん相談に乗ってくれた由乃には、感謝してもしきれない。
後でおいしいお菓子でも持っていこう。などと考えているうちに、映画が始まった。
初めてのデートだ。かわいいところをたくさん見せたい、そう光瑠は考えていた。
しかし、結論を述べるのなら。
「うっうぅぅぅぅっ」
光瑠は泣いた。映画の物語に号泣させられた。
もともと、感動屋なところのある光瑠だ。こういうコテコテの作品には案外弱い。スクリーンでは、恋人を失って失意のどん底に沈む主人公と、そんな彼を救い出す方法を探っていた親友が主人公を励ますために固く抱きしめ合っていた。なんという美しい友情! シアター内にも涙をこらえる声があちこちから聞こえてくる。
せっかくがんばってお化粧したのに台無しだ。ティッシュで鼻をおさえながらちらりと、光瑠は陽作の方をうかがう。
「……あれ?」
てっきり、陽作も泣いていると思った。なにせこんなに感動的なストーリーなのだから。
陽作の目から、涙は一滴もこぼれていなかった。かと言って、作品に飽きているわけでもないようだった。
なにせ陽作はスクリーンの光を、誰よりも真剣に、食い入るように見ていたのだから。
彼の瞳には、涙を流す主人公の姿が映っていた。
「俺、泣いたことってないんだよ」
映画館を出たあと、チェーン店のカフェで返ってきた答えがこれだった。
「そうなの?」
「あぁ、映画は面白かったよ。すごく感動したし、人気なのもよく分かった」
でも泣けないのだと、胸に手を当てて陽作は言う。
「最後に泣いたのって、たぶん1歳とか、2歳とかそのくらいでさ。なーんか、涙が出てこないんだよな。……多分、俺には人として大事な何かが欠けてるのかも、なんて思ってる」
「うーん。そんなことないと思うけどなぁ」
自虐する陽作の言葉を、光瑠はやんわりと否定する。
とはいえ、陽作の「何かが欠けている」という言葉には、光瑠自身、共感するところがあった。光瑠も自分のことを「足りてない」と思っている。
そんなところがあるから、光瑠は陽作を好きになったのだ。
「ま、面白かったのならよかったよ!」
陽作は嫌いではないだけで、光瑠のことを好きではない。光瑠はそのことを承知の上で陽作と付き合っている。
絶対、あたしのことを好きになってもらうんだ! 心の中で、光瑠はそんな固い決意を抱いていた。
これはまだ、光瑠の想いが甘い恋心であった頃の話だ。
「――夢」
ベッドからぼんやりとした表情で体を起こす。幸福な夢を見ていた。光瑠と陽作がまだ付き合っていた頃の夢だ。
すでに夢でしか見られない、過去の話だ。
「覚めなければよかったのに」
そうすれば、甘い夢の世界にいつまでも浸れたのに。
陽作があの女――あきらを選んだ現実にいなくてすむのに。
「起きなきゃ」
重くて仕方がない体を動かす。光瑠はとある邸宅に下宿をしている。主の老婆の世話も、光瑠の仕事だ。機械的に食事を作り、先に手早く食べ、身だしなみを整える。上沼光瑠は優等生として通っている。せめてこの仮面がはがれてはいけないのだ。洗面所の鏡で、自分の顔と向き合う。整った顔立ちの、ほんのり色素の薄いミディアムショートの髪の女の子。
いつもと同じ。何も変わらない。この胸の奥の、どす黒い炎はばれていない。
ふと、気づく。
「あれ? そういえば」
いつから、髪を切っていないんだっけ?
第3章 初夏、俺は魔法使いを失った。




