表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
21/41

第21 従者と魔法使い①

グロ注意です。

 手が、離れる。

「どうしました?」


 夕焼けの映像が途切れ、陽作の記憶から薄れていく。

「あ、いや」

 薄れゆく記憶の中、黒く塗りつぶされて見えなかった少女の顔が、目の前にある少女のものと重なった。


 離れた手を見つめる。手にはまだあきらのぬくもりが残っていた。

 手をグーパーして確かめる。わずかに残るぬくもり以外、特に変わったと感じるものはなかった。


「別に、契約を交わしたからって、何も変わんないのかな」

「ふふっ」

 陽作の言葉に、あきらは小さく笑う。その顔がまたかわいらしく、陽作はついドキリとしてしまう。


「そんなわけ、ないじゃないですか。まだ私が魔法を陽作に受け渡していないだけですよ」

「あ、そうなんだ。……あれ?」

 今、あきらは陽作の名前を呼んだ。


 名前、名乗ったっけ? と今更ながら疑問が浮かぶ。


 従者契約には、名前を知る効果でもあるのだろうか。


「従者は主の魔法の一つを借り受けるという形で力を発揮します。魔法はどんなものでもいいんですが、あなたは単純な魔法の方がいいでしょうね」

 あきらが名前を呼んでくれたのは、さっきの一度だけだった。


「せっかくです。初めてなのですから、あなたには盛大に活躍してもらいましょう」

 しかし、なんというか、だ。

「あきら、機嫌がよさそうだな?」

「そうですか?」


 語尾に音符でもついていそうだ。契約する前はあんなに冷たい、というより嫌そうだったのに。

 顔色も悪いままだが、高揚しているのか、血色が戻ってきている。

 あきらはナイフをもつ手を天井に掲げ、宣言した。


「〈代償〉〈爪〉〈強化を従者に〉……さぁ、これで私はナイフを握れません。使い魔たちが近くに来たら大変です」

「何やってんの!?」


 あきらの手に残った爪が消滅する。あきらはナイフをつかみきれなくなって取り落とす。ナイフの落ちる音が倉庫に響き、周辺をうろついていた使い魔たちが反応する。使い魔たちの意識が、陽作たちのいる方向に向けられる。


「私の幻惑魔法の効果もそろそろ切れそうですね」

「あきら、あんたな……」

「私を、そばで、守ってくれるんでしょう?」

 あきらが勝気な表情で問う。


「命の危機のときには、俺の命を優先していいんじゃなかったか?」

「何言ってるんですか」

 幻惑の魔法の効果が切れる。使い魔たちがついに陽作とあきらに気付く。


 大量の使い魔たちが、二人に迫る。

 ギリギリギリと、倉庫を埋め尽くさんと使い魔たちの骨のきしむ音の大合唱が響く。視界に広がる無機質な暴力を前に、あきらは両手を広げ、笑顔で言った。


「命の危機なんてどこにあるんですか。こんなの、私とあなたの二人なら敵じゃありません。行ってください!」

 あきらの言葉に押し出されるように、陽作は使い魔たちへ飛び出した。

 何もかもが違った。


「これ……」

 使い魔たちの動きが、スローモーションのようにゆっくりに見えた。その中で、陽作はいつもと同じように動ける。


 発砲スチロールのように軽い警棒を、手近な使い魔に振り下ろす。

 使い魔の体が一撃でバラバラに粉砕された。

 他の使い魔はまだ、それに気づいていない。続けざまに陽作は警棒をふるう。一振り一体。陽作の腕の動きに合わせて、使い魔たちが破壊される。


「すげぇ!」

 思わず叫ぶ。全身から力があふれてくるようだった。

「油断しない!」

 背後から、星の光弾が飛んでくる。星の光は陽作を奇襲しようとした使い魔たちを確実に駆逐する。


「我が従者に命令します! 私に使い魔どもを近づけさせるな! そして、私は私に命令します! 我が従者を完璧に援護せよと!」

「テンションおかしいだろ! あきらってそんなキャラだっけ!?」

「今くらいはいいでしょう!?」


 星が飛び、輝いて爆ぜる。お互いに大声を張り上げながら、使い魔たちの数を減らしていく。陽作が雑に使い魔たちを削り、その隙間をあきらが埋める。あきらが後方から星を放ち、陽作が使い魔たちをあきらに近づけさせない。

 陽作はあきらとつながっているような気すらしていた。あきらからは陽作が見えるが、陽作からはあきらは見えない。


「おらっ!」

 使い魔の空洞の眼窩をつかみ、力任せにぶん回す。使い魔という大剣は、その身を削りながら同胞たちを破壊する。


「ちょっと雑すぎませんか!」

「今くらいはいいんだろ!」

「あははっ! そうだった! そうでした!」


 陽作のすぐそばを星が飛ぶ。陽作の体に当たるかも、なんて陽作はちっとも思わなかった。あきらが誤射するなんて、考えもしない。

「ははっ」

 陽作は笑う。化け物たちを駆逐しながら笑う。


 うれしかった。あきらの力になれることが。

 楽しかった。あきらと力を合わせて戦うことが。

 使い魔たちはまだ奥から現れる。


「来い!」

 全部破壊してやる。そんな思いで陽作は叫んでいた。


 *


「これで――ラスト!」

 使い魔の頭蓋に、警棒を振り下ろした。鈍い音が倉庫に響き、それっきり音が消える。戦いの熱気を残し、しん、と痛いくらいの静寂が倉庫に染み渡る。


 倉庫には使い魔の残骸が絨毯のように敷き詰められていた。立っているのは陽作とあきらの二人。

 二人は無数の使い魔たちに勝ったのだ。


「やったな!」

 陽作はあきらへ振り返る。あきらもきっと喜んでくれる。そう思っていたのに、

「そうですね」

 陽作の目の前にいるあきらにはすでに、戦いのときの高揚はなかった。またいつもの、張り詰めたような顔をしていた。


「あきら?」

「強化魔法を解除しますね。結構な割合で強化していたので、反動が大きいと思いますから気を付けてください」

「あ……うぉ」

 ガクン。陽作は膝から崩れ落ちた。重い。体中に鉛でもつけたかのように重い。


「しばらくすれば慣れますよ。強化魔法は、使い続けることが上達の秘訣ですから」

「なんか、テンション低くないか?」

 むしろ、さっきまでのあきらのテンションがおかしかったのだろうが。


 あきらは陽作の言葉に、苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「このあとのことを考えれば、明るくなんてなれませんよ。耳をすませてください。――聞こえませんか?」

「耳?」

 陽作は口を閉じる。すると、倉庫の奥の方、後付けでつけられた壁の向こうから「お゛、お゛」という濁った音が鳴っていることに気付いた。


 それが複数、それも絶え間なく聞こえてくる。ぞわぞわと、脳を直接ひっかかれたような、気持ち悪さを覚える。

「何だ、この音?」

「私はこれから魔法使いとしての責務を果たします。従者であるあなたは魔法使いではない。だから、あの光景をあなたが見る必要はない。見れば絶対に後悔することになる……見ますか?」

 あきらは陽作の質問に直接は答えず、ただ、陽作に覚悟を問うた。


 魔法使いの日常を、見る覚悟はあるかと。


「俺はあきらのそばにいるって言っただろ」

 重い体を起き上がらせて、陽作は言う。


「見るよ。何が何だかわからないけど。きっと俺に必要なことだ」

「……そうですか。では、行きましょう」

 その決意を、陽作はすぐに後悔することになる。


 ――それはまさしく地獄としかいいようのない光景だった。


「うっ」

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い! 

 こみ上げてくる吐き気が喉元までせり上がってくる。目に見える光景への拒絶反応。口を手で押さえる。


「吐いていいですよ。吐きたくもなるでしょう」

「う、おぇぇぇぇ」

 陽作は吐いた。喉の奥が焼けるように痛い。胸がむかむかしてしょうがない。胃の中のものを全部吐いても、気持ちの悪さはちっともなくなってくれなかった。


 壁の奥、倉庫の最も暗い場所にさらわれた不良たちがいた。いや、不良たちだったものがいた。

 不良は両手と両足。四肢が全て付け根から切断されていた。傷口は包帯もまかず、そのまま赤黒い肉と骨を外気にさらしている。

 だるまに服はいらぬだろうと、服は着せられていない。だが肌を見せるのは恥ずかしかろうと、首から下の皮膚を乱雑にはがされていた。ところどころに残る皮膚が逆に痛々しさを加速させる。


 そして、頭部。頭蓋骨は当然のごとく外され、むき出しになった脳みそから銀色の針がハリネズミのごとく生えていた。いや突き刺さっていた。

 何よりおぞましいのは、そんな状態にあってなお不良たちは生きているということだ。不良たちの成れ果ては円形に並べられている。目は常にギョロギョロと動き続け、自分自身の状態を観察させられていた。虚ろに空いた口からは、壊れたラジオのようにさっき聞いた音が発せられていた。

 陽作は、その音が人の声だと、認識できなかったのに。


「なんだよ、これ!」

 戦いの高揚感などとうに失せ、陽作は恐怖にすくんでしまう。混乱を落ち着かせるために吸った空気は、不良たちから発せられている腐臭に汚染されていた。


「苦痛を与えているんです」

 あらゆる感情を押し殺した声で、あきらは答えてくれた。あきらの目は、おぞましい不良たちの成れの果てを静かに映していた。そこに、陽作のような動揺はない。

 見慣れていると、いうように。


「まず、両手足を落としてお前は逃げられないぞと告げる。それで死にたくないという感情を代償として奪い取る。死にたくないという感情は強烈です。奪っても、奪ってもいくらでもわいてくる。その感情を奪いながら皮膚をはがし、頭蓋を外し、簡単に死なないための処置を行うんです」

 あきらはゆっくりとした足取りで、不良たちへ歩み寄る。


「脳に刺さった針がそれです。これには『治癒』の魔法がほどこされていて、本来死ぬはずの人間を、生かすんです。それがどれだけ残酷なことかは、わかるでしょう? この町の呪術師はさらにむごい。そんな人を人と思わぬ状態にされた自分の仲間たちをお互いに見せ合うことで、恐怖や絶望の感情まで奪いとっている。感情が尽きれば、命そのものを代償として奪うのでしょう。中央を見てください」


 不良たちの足元には、魔法陣が描かれており、中央には大きなガラス瓶が置かれている。

 そのガラス瓶の中には、濁った紫色の結晶が、納められていた。

 あきらは一つ星を生み出し、放つ。星は濁った結晶を粉砕した。


「彼らから奪い取った感情という代償の結晶です。……ここはおそらく使い魔のプラントだったんでしょうね。隣に自動化された魔法陣があります。ここに被害者を置いておくだけで、勝手に使い魔が生み出され町に潜んで人をさらう。そして、その人を原料に使い魔が生まれる。そんなひどいシステムです」

 続けてあきらは星で床に広がる魔法陣を破壊していく。


 そして最後に、不良の脳みそに刺さった針に触れた。

「この人たちは、助かるのか?」

 すがるように陽作は言う。

 こんなもの、人間にしていい仕打ちではない。せめて命だけは救われてほしい。


「いいえ。もう、手遅れです」

 そんな祈りは、あっけなくついえる。あきらは針を一本抜いた。口から流れていた音が消え、目から光が消えていく。そんな作業を、あきらは淡々と行っていく。


「俺も」

 手伝う。そう言おうとしたが、あきらが「いりません」と告げた。

「これは魔法使いの仕事ですから。それに、あなたが手を汚す必要はない。いえ、私はあなたに手を汚してほしくないんです」


 柔らかで、けれどはっきりとした拒絶だった。そう言われてしまえば、陽作は何も言えなくなる。

 全ての不良の命を止めた後、あきらは虚空から古めかしいランプを取り出した。


「〈浄化を〉……せめて、彼らの来世が幸福であらんことを」

 ランプからぬくもりを感じる火の玉が出てくる。火の玉は物言わぬようになった彼らをゆっくりと、静かに燃やす。


 あきらは目を伏せ、黙とうするように爪のない両手を合わせる。陽作もあきらを真似て、手を合わせた。

 やがて火が消える。あきらは陽作の方へ振り向いた。


「出ましょうか」


 *


 倉庫の外に出ると、強い日差しが目を焼いた。暗い倉庫に慣れた目に、アスファルトの照り返しがはじける。熱を帯びた澄んだ空気が陽作とあきらを出迎えてくれた。

 呪術師の行った残虐な行為は、陽作の目に焼き付いていた。今でも胸の奥はむかむかしている。


 それでも、

「きれいな青空ですね」

「そうだな」


 陽作の隣にはあきらがいた。


 日の光の下にいるあきらは、長い戦いの果てにぼろぼろだった。服はあちこちが裂け、汚れがついている。あきら本人も小さい傷や血の跡が残っている。

 そんなあきらを、陽作はやっぱり美しいと思うのだ。


「そうだ」

「どうしました?」

「言わなきゃいけないことがあったんだ」


 空を見上げていたあきらが首をかしげる。陽作はあきらの前に立つ。

「えと……」

 やばい。緊張してきた。どきどきする。陽作は胸を押さえて、何度も深呼吸をする。

 意を決して、口を開いた。


「俺は陽作。向井陽作だ。太陽を作ると書いて陽作」

 自己紹介だ。従者契約を交わし、一緒に戦いまでしたのに、陽作はあきらに一番にすべきことをしていなかったのだ。


「俺はあきらの従者で、あきらのそばで、あきらを守るよ。これからよろしくな」

 そう言って、手を差し出す。


 あきらはあっけにとられたように陽作の顔と、差し出された手を交互に見比べる。そして、

「ふっ、なんですか。それ。あんな、あんなに一緒に戦ったのに!」


 コロコロと鈴の鳴るような声で、おなかに手を当ててあきらは笑った。とても幸福そうな顔で、顔をくしゃくしゃにして笑った。


「あはは! おかしい! おかしいんだ!」

「わ、笑うなよ!」


 あんまりあきらが笑うものだから、陽作の顔もだんだん赤くなっていく。

 あきらは笑っている。――笑いすぎて、目の端には涙が浮かんでいた。


「だって、だって、もー……ふふっ」

「お前なぁ」

「ふふ、すみません」

 目じりの涙をふきとって、あきらは柔らかい笑みを浮かべる。


「では、私も」

 背筋を伸ばし、陽作を見上げて堂々と。


「私はあきら。重日あきら、です。あきらの漢字は、ちょっと恥ずかしいのでまたいつか」

「なんだよそれ」

「さきのお楽しみ、ということで」


 あきらは陽作の手を取った。爪のないあきらの指先は、もう震えてはいなかった。二人は固い握手をする。


 そのとき、強い風が一陣吹いた。倉庫のよどんだ空気も、残酷な死も洗い流してくれるような気持ちのよい風だった。風に吹かれてあきらの黒髪が舞い上がる。日差しを反射し、きらきらとした輝きが陽作の視界を埋め尽くす。


「暖かい風……夏が、近づいてきましたね」

 あきらのつぶやき。



 春は終わり、初夏の気配が近づいてきていた。




 第2章 春、俺は魔法使いと約束した。   終


 これにて第2章「春、俺は魔法使いと約束した。」は終了となります。ここまで読んでいただきありがとうございました。実のところ、もともとここまでが1章の予定で、10話くらいで進める予定だったんですが、倍近い話数になってしまいました。ままならないものです。

 また数日空けて3章「初夏、俺は魔法使いを失った。」を投稿します。連日投稿いけると思います。次章は光瑠にスポットが当たります。

 改めて、ここまで読んでいただきありがとうございました。ブクマ、評価、感想等いただけると今後のはげみになります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ