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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
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第20話 従者契約③

「従者契約を!」

 みっともない思いを押し殺した叫びをあげる。あきらの動きは迅速だった。


「〈輝け〉」

 周囲の星が消滅を代償に、薄闇を消し去る強烈な光を放つ。強烈な光を浴びて、使い魔の動きが止まる。


「〈代償〉〈爪〉〈見失え〉」

 赤い霧のようなものがあきらを中心に倉庫全体に広がった。霧も光もすぐに消えるが、使い魔たちはあきらと陽作へ攻撃を再開することはなかった。

 ただキョロキョロと、敵を探すように身動きするだけだ。


「〈跳べ〉」

 あきらは飛翔し、陽作の隣に着地した。


「あきら……」

「私は『幻惑魔法』は得意ではありません。代償を使ったとしても、長く欺けるとは思わないでください」


 あきらの短杖をもつ手からは爪が全てなくなっていた。指は真っ赤にはれ、細かくけいれんしている。見るからに痛々しい。これでは、杖を握りしめることができない。

 にもかかわらず、あきらは痛みに顔をしかめることすらしない。

 血を、爪を、記憶を。あきらは代償に捧げることを当たり前だと思っているのだ。


「なぜ、あなたが従者契約のことを知っているんですか?」

 感情を押し殺した、固い表情。冷たい視線が陽作を射抜く。中途半端な返答は許さない、そんな揺らがない決意があきらから見て取れた。その視線に陽作は真っ向から答える。


「師匠に、えぇと俺の剣道の先生に聞いたんだ。町の道場にいる、隻眼の――」

 あきらが眉をひそめる。

「〈断罪者〉様が? あの方が、あなたの師匠なんですか?」

「え、あの人そんな中二くさい二つ名あんの?」


 一瞬固めた決意がゆらぐ。自分のことを「俺様」と言い、〈断罪者〉という二つ名をもつ、剣豪。設定が多すぎだろ、とずれた思考を行う。

「〈断罪者〉という名前は、私たちの間では最高の栄誉と尊敬とともに語られるものなんですが……いや、それは別にどうでもいいんですよ。私が知りたいのは、あなたが従者契約を正しく理解しているのか、ということです」


 ため息と一緒にあきらは言う。

「魔法使いとただの人間が行う契約だ。魔法使いが自分の命を人間に与えて自分の使い魔みたいにする」

「はい。つまりあなたを従者にするということは、私にも大きなリスクがあるということです。そのリスクを私に背負えということですか」

「そうだ」


 あきらは開けた口を閉じる。目を伏せ、眉間に指を当てる。覚悟は決めた。くやしさも、みっともなさもある。その上で、今はあきらに頼ると決めた。

 数秒の沈黙の後、あきらが再び問いかける。


「従者になれば、主である魔法使いには逆らえなくなるということも?」

「そうなのか?」

 それは初耳だった。魔法使いにリスクがあるのだから、従者にもリスクがあるとは思っていたが。


「つまり、あなたが従者になって、主である私があなたに『死ね』と命令すれば、あなたは嫌でも死ななければならないんですよ。それでも……」

「あきらは、俺が従者になるのが嫌なのか?」


 まるであきらは陽作に自分の意志で、従者になることを諦めさせようとしているように思えた。従者契約の主体は魔法使いであるあきらだ。本気で拒絶するつもりなら、「嫌です」の一言ですむはずだ。

 あきらはナイフをもった手で額を抑え、こらえるように目をつむる。


 目を閉じたまま、あきらは言う。

「嫌とか、嫌じゃないとか、そういう話じゃないんです。私はただ、危険を正しく理解しているのかを知りたいんです」

「じゃ、嫌じゃないんだな」

「あなたという人は、どうして」


 あきらの声はかすかにふるえていた。あきらはナイフで自分の表情を隠す。

 あふれ出そうな思いを、必死になって押し殺しているようだった。


「あきら……」

「どうして、そこまでしてくれるんですか? あなたにとって私は、一度二度会っただけの他人でしょう? そんな無関係の人にどうして、そこまでのことが言えるんですか? もしかして、本当は」

 そこであきらは口をつぐみ、首を振る。


「いえ、ただ、私にはわからないんです。教えてください。あなたがどうして、そこまでしてくれるのか」

「どうして、か」


 なぜだろう。考える。あきらと出会ったときの胸のときめきがあったから。あきらを取り巻く過酷な日常を知ったから。

 どちらも間違いではない。けれど、そこに本質はないような気がした。

 目の前の少女を見る。小さな体で、小さな手で武器を握りしめ、ぼろぼろになりながら戦う少女の姿を。

 その気高く、美しい姿を。


 あきらを見ると心が落ち着かなくなる。その意味は。

「実のところ、俺もよくわからないんだ」

「はい?」

 あきらの声が裏返る。ナイフをおろして、陽作の顔を見つめる。


「ただ、俺はあきらのそばにいたい。それじゃ、だめかな?」

 あきらの目が大きく見開かれた。それから、泣き笑いのような顔をした。叫び出したいのを抑えるように、口を手で押さえる。


「あきら?」

「……だめじゃ、ないです」

 絞り出すような声だった。顔を伏せ、あふれそうになるものをせきとめるように、口元を一層強く抑える。


「でも、一つだけ約束してください」

「わかった」

「まだ何も言っていませんよ」


 小さく笑い、あきらは顔を上げる。その拍子に長い黒髪が揺れる。

 やっぱりきれいだ。心の底から思う。


「あなたは私の従者になる。私はあなたの主になる」

「あぁ」

「もしも、私が命の危機に瀕したとき、あなたはあなた自身の命を優先してください。決して、私のために自分の命をかけようなんて思わないで」

「それは」

「呑めないなら、私はあなたを従者にしません」


 あきらの決意は固いようだった。もしあきらが死にそうになったら、陽作は果たして命をかけずにいられるだろうか。

 きっと無理だろう。思うが、あきらもまた、陽作の身を案じていることは理解できた。


「わかった。約束するよ」

 あきらのそばにいるために、陽作は約束をした。


「約束、忘れないでくださいね」

 あきらはうなずき、陽作の前に爪のはがれた手の平を向けた。あきらの表情は緊張しているようだった。


「手を。それで契約をかわします」

 陽作はあきらの言う通りにあきらと手を合わせた。陽作の手があきらの手に触れた瞬間、逃げるように手が離れかける。その手を、陽作は追いかけ、握る。


 小さい手だった。陽作の手よりも一回りは小さく、そしてぼろぼろの手だった。少女らしい柔らかのない、乾いた肌の厚いまめの多い手だ。

 あきらがこれまで、どれほどの代償を捧げながら魔法使いをやってきたのか、その一端に陽作は触れた。


「始めます」

 あきらが陽作の手をぎゅっと握りしめた。爪をなくし、痛みに震える手に、陽作もまた優しく指をからめる。


 震えとぬくもりが、触れ合う手を通じて伝わってくる。あきらは陽作をじっと見つめた。陽作もまた、あきらをじっと見つめる。間近に見えるのは、幼さを残した、かわいらしい顔。

 あきらの目に、わずかに光るものが見えた。


 ――この顔、どこかで。


 合わせた手と手が薄い光を帯びる。光は陽作の手から腕へ伝い、心臓に届いて全身に広がっていく。

 届いた。そんな感覚があった瞬間。


 ザリリ、と陽作の脳内に激しいノイズが走った。


 ――夕焼けの差す公園。幼い陽作が、幼い少女に話しかけている。

 夏の太陽は沈むのが遅い。公園には陽作とその少女以外には誰にもいなかった。

 子どもたちがみな温かな我が家へと帰っていった。そんな普通を、陽作はうらやましいと思った。


 オレンジに染まる少女の顔は黒く塗りつぶされていて見えない。視界の端も焼き切れたようにすすけて見える。ドーム状の遊具の中で、縮こまって泣いていることを、陽作は知っていた。

 ノイズまみれで焼き切れたような視界の中で、静かに流れる少女の涙だけが、美しかった。


 少女を見て、何を思ったのか。陽作は少女に向かって言う。

『きれいな、黒髪だな』

『■■■■■』


 少女は顔を上げる。驚き、笑い、そして陽作は――


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