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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第1章 春、俺は魔法使いと出会った。
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第2話 陽作の日常②

「久しぶり、だね」


 聞きなじみのあるその落ち着いた声に、陽作は固い動きでうなずいた。


 上沼光瑠。隣のクラスの学級委員長。学校の成績はトップクラスで、運動神経も抜群。おまけに誰が見ても美人と言われる見た目をしている。

 だからといって、お高くとまるそぶりはかけらもなく、誰とでも分け隔てなく接することのできる公平性をもち、さらに誰もやりたがらないことも進んで行う積極性をもっている。


 なんでもできる才女。それが同級生のほとんどが彼女に対してもっている印象であり、陽作個人にとってはつい先月まで付き合っていた「元カノ」という存在になる。


 そう、「元カノ」だ。しかも、光瑠から告白してきて付き合って、最終的に陽作が振った。


 気まずい。光瑠に関わっていろんな感情がごちゃまぜになった結果、陽作の中ではその一言に落ち着いた。


「いつの間に」

 気配をまるで感じなかった。少しずれた陽作の言葉に、光瑠は小さく笑う。


「ついさっきだよ。2階の窓から二人が話しているのが見えて。それで、時間に気付いていないようだったから声をかけにきたの。陽作くんも志波くんも次の授業はあたしと同じ美術でしょ」

「あれ? そういや、中庭にもう誰もいねぇや」


 中庭にある柱時計を見ると、授業開始まで残り10分をきるくらいだった。

 人がいなくなるには早くないか? 陽作はわずかに疑問に思うが、いなくなったものはしょうがない。


「話に夢中になりすぎたな。祐介、一緒に――」

「あ!」


 陽作の言葉を遮るように、祐介はいきなり大きな声を出した。わぉ、と光瑠も驚いている。


「急いで食べたせいかな、急に腹が痛くなってきた!」

「はぁ!?」

「悪い陽作。俺、今からトイレにこもるから。俺の教科書と筆箱もって、先に美術室に行っておいてくれ! 先生の伝言も! 頼んだ!」

「それ絶対ウソだろ!」


 風呂敷に包んだ弁当箱片手に祐介はそそくさと走り出す。陽作の方を向いて、サムズアップしてパチンとウインクするおまけつきだ。

 親友のいらない気遣いが、今ばかりはうとましい。あとで一発ぶん殴ろう。陽作はそう心に決めた。


「すごく、あからさまだったね」

 そして、人のいない中庭には、陽作と光瑠のたった二人が取り残されることになった。


「教科書と筆箱、取りに行こうよ」

 一緒に。言外に光瑠はそう言っていた。


 この状況で嫌だと言えるほど、陽作は口がうまくはなく。


 春の温かな日光が、今は妙に恨めしく感じられた。


 *


「志波くん、陽作くんの前ではいつもああなんだね」

「ああって?」


 教室に戻って美術室へ向かう途中、意外そうな口調で光瑠が言った。

 陽作たちの教室にはまだ数人の生徒が残っていた。陽作と光瑠の組み合わせを見て、残っていた女子たちが戸惑いを浮かべ、それからすぐグッと光瑠に向かってこぶしを握っていた。


 道中、陽作と光瑠は並んで歩くことになった。人ひとり分の間隔を二人はどちらからともなく取っていた。

 別れてからこうやってきちんと話すのはこれが初めてだ。これまで光瑠とはどんな距離感で接していただろうか。陽作は思う。


 歩く速さは? 話し出すタイミングは? 光瑠に対してどんな表情を見せていたのか? つい最近のことのはずなのに、遠い。付き合う前と、別れたあと。光瑠との距離感を陽作はうまく思い出せないでいた。


「なんていうか、テンションが高い」

「そうか? あいつは誰に対してもあんな感じじゃないか?」

「違うよー。明るいのはそうだけど、例えばあたしと二人きりで話すときなんかはもっと、こう……冷めてる」

「冷めてる?」

「うん。顔は笑ってるけど、内側では計算してる感じ。志波くんは情報通でしょ。誰に何を話して、何を聞き出すのか。実はけっこう、考えて人付き合いしてるんじゃないかな」

「気づかなかった……」


 陽作にとって祐介は気の置けない友人の一人で、小学校からの幼馴染だ。光瑠と違って長年ずっと一緒にいたが、祐介のそうした側面を陽作は感じたことはなかった。


「ひ……上沼は、人のことをよく見てるな」

「あー」

 光瑠の足が一瞬止まり、また動き出す。


「そりゃぁねぇ。二人が話しているところは何度も見たことがあるけど、たぶん陽作くんに対してだけだよ。志波くんが計算せずに話しているの。陽作くん、2年生になってからはいつも志波くんと一緒にご飯食べてるでしょ?」

「あぁ」


「昼休みなんてさ。いろんな情報が飛び交う時間なんだから、情報通ぶりたいならあちこち飛び回りたいはずなんだよね。それでも志波くんは情報なんて全然もっていないはずの陽作くんと一緒にいる。彼にとって陽作くんは特別な存在なんだろうね」


 どこか遠いものを見るような、手の届かないものにあこがれるような顔を光瑠はしていた。


「と、こ、ろ、で、さ」


 美術室はもう間もなくだった。光瑠は不意にぴょんと一歩進んで、陽作の前に立って背伸びをした。

 光瑠は陽作ほどではないが背が高い。光瑠の端正できれいな顔が、陽作の息のかかる距離まで近づいた。陽作がちょっと顔を下ろせば、キスできるくらいの距離。シャンプーの清潔な香りが、陽作の鼻をくすぐった。


 光瑠の目に陽作の顔が映る。その顔は、頬を赤らめるでもなく、わずかに驚いた表情を見せるだけだった。


「あたし、志波くんと二人きりで話したことがあるってさっき言ったよね」

「……? あぁ。言ってたな」

「陽作くんと別れてからの話だと思う? それとも前の話だと思う?」

「どういうことだ?」


 質問の意味が分からなかった。だがその返答に、光瑠の表情が曇った。


「やっぱり、陽作くんはそうなんだよねぇ」

 ふわりと、光瑠は軽やかな動きで一歩後退する。そのままの動きで、陽作に背を向けた。

 光瑠の表情が見えなくなる。覚悟を決めるように小さく息を吸って、光瑠は言った。


「もう、光瑠ちゃんって、呼んでくれないんだね」

「は? いや待て、俺は光瑠のことをちゃんづけしたことなんて――あっ」

「やった」


 光瑠のつぶやき。陽作は自分の小さな失敗に気付く。


「別に別れたからってさ、呼び方まで元に戻す必要はないと思うんだよ。これまで通り光瑠って呼んでよ。あたしも陽作くんって呼び続けるから」

「いやそれは……」

「それにあたし、まだあきらめたわけじゃないから」

「まっ」


 もう授業始まっちゃうよ。光瑠は走るように美術室へ入っていった。陽作は自分が光瑠へ向かって手を伸ばしていたことに気がついた。


「俺は」

 情けない。自分から振ったくせに、何を求めようとしているんだ。伸ばした手で頭をかかえ、陽作は深くため息をついた。


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