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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
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第19話 従者契約②

 光瑠を、日常を捨てる覚悟で家を出た。にもかかわらず、陽作は目的地である廃倉庫になかなかたどり着けなかった。

 スマホの地図アプリは変わらず、正確に倉庫の位置を示し続けている。だがそこに向かおうとしても、気づけば別のところにいる。

 まるで頭を無理やりつかまれて、別の方向を向けさせられているような感覚だ。公民館の時とはまるで違う。呪術師が本気でこの場所を隠そうとしていることが、身をもって理解できた。


 そんなわけで、陽作は倉庫周辺でかれこれ1時間は悪戦苦闘していた。

 情けない自分が憎い。なんのための覚悟かわからない。


 自転車は途中でおいてきた。乗ったままでは、この『壁』を突破できない。地図アプリと現実の光景を見比べながら、一歩一歩確かめるように進む。

 倉庫へと近づくほどに、頭が、体が別の方向へと進もうとする。来るな、来るなという強制力に阻まれ、意識が飛ぶ。すると、いつの間にかに倉庫から離れたところにいる。


「くそ」

 悪態をつく。陽作はバッグから警棒を取り出し、柄頭で手の甲を強く打つ。痛い。が、その痛みで意識を保つ。


 リトライ。陽作は険しい顔で進む。

 それでようやく、倉庫の前にたどり着くことができた。たどり着くと、やかましいくらいだった「行くな」という声が聞こえなくなった。


 師匠が言っていた通り、古い倉庫だった。陽作のバイト先の倉庫と比べると一まわり小さな倉庫の壁は赤茶色のさびが覆っており、屋根も一部が壊れているのか、カタカタと風に吹かれて音を鳴らしている。

 ありふれた、人の目につかない無機質なおんぼろ倉庫。この中が呪術師の巣になっていると思うと、かつては段ボールと汗のにおいが感じられたはずの倉庫から、まがまがしい悪臭がただよってくるようで不気味に見える。


 師匠は今日ここに行けば、あきらに会えると言っていた。

 同時に、光瑠のことも思い出す。陽作は光瑠を泣かせてばかりだ。最近は不穏な気配も感じるが、陽作にとって光瑠は好きな人だ。


 ただ、愛してると言えないだけで。


「……その光瑠を振りきってきたんだ。覚悟を決めろ、向井陽作」

 何度目になるかわからない後悔を飲み込み、これからの作戦を考える。

「師匠も言っていたけど、中に入るのは危険だ」


『我が弟子はスポーツレベルでは十分やれるが、殺し合いの舞台に立つにゃあ、技量が足りねぇな』

 魔法の警棒があっても、陽作はあくまで一般人。異形と相対したとしても、逃げ隠れするだけの存在。それをまずは心得ろと師匠は語っていた。


「あきらが来るまで隠れる場所を探すとして……」

 ゴン、とそのとき倉庫の中から音が聞こえた。体がピクリとはね、倉庫の方へ視線が向かう。

 倉庫は沈黙していた。――違う。陽作は耳をすませる。何か、音が聞こえないだろうか。


 かすかに聞こえる。物と物がぶつかりあうような、何かが壊れるようなそんな音。

「しまった!」

 気づき、陽作は倉庫へ向かって駆けだした。あきらは夜、使い魔たちと戦っていた。


 非日常の世界は、夜の世界である。


 そんな先入観にとらわれていた。間違いだった。陽作にとってはいまだ非日常でも、あきらたちにとってはこれが日常なのだ。

 これほど強力な人避けの魔法がかかった倉庫だ。昼も夜も関係ない。


 倉庫の中に入る。

 広い倉庫の中は、外の明るさとは正反対の暗さに満ち、影がうごめいていた。

 目をこらす。薄暗い倉庫にいたのは、ガチャガチャと動く、様々な動物の形状をした骨の異形――使い魔と、


 その中心で戦うあきらの姿だった。


 *


 陽作があきらの姿を認めた瞬間、あきらもまた陽作の存在を認識したようだった。戦いの間の一瞬にも満たない時間、陽作とあきらの目があった。

 瞳が揺れる。なぜという感情と納得の感情。二つを混ぜ合わせた諦観が、不思議とあきらから伝わってきた。


 ほんの一瞬、陽作とあきらをつなぐ糸が見え、そして消える。


 ドクン。心臓が大きく鼓動する。暗い倉庫が明るく見える。あの夜と同じ、陽作の奥底から力がわいてくる感覚。

 明るくなった視界で見るあきらは、見るからに疲弊していた。顔は青く、息はすでに上がっている。手には古びたナイフと、短杖というのか宝石のついた指揮棒のような短杖を持っていた。


 彼女の周りには星のように輝く球体が複数展開されていて、あきらを守るようにゆるく周回軌道をえがいている。

 そして、さらにその周囲に使い魔たちがいた。数は十や二十ではきかない。倉庫の奥からまだまだ使い魔の姿が見える。不遜な侵入者を逃がさないとばかりに、不快な音をかき鳴らしながらあきらを取り囲み、彼女に攻撃を仕掛けている。


「やっぱり、来ちゃったんですね」

 小さく、あきらはつぶやき、叫ぶ。


「逃げてください! この状態では、私はあなたを守り切れない!」

「嫌だ!」

 覚悟は決めてきたのだ。守られるためではなく、守るために。陽作は警棒片手に自身に背を向けている使い魔の一体に走る。


「だめっ!」

 あきらははっと息をのみ、陽作へ向かって手を伸ばす。


 見せつけなければ。陽作は自分が守られるばかりの存在ではないことを証明するため、使い魔の隙だらけの背中に警棒をたたきつけた。

「……っ」

 重い衝撃が手から全身に伝わる。骨組みだけで構成された使い魔は、陽作の一撃で大きく損壊したが、破壊には至らない。

 が、敵認定はされたらしい。陽作へ振り向き、その長い手を伸ばす。


『正面からの戦いは避けろ』

 師匠のアドバイスを思い出す。


『だが、もし正面からの戦いになったら、お前はお前の強みを生かせ』

「危ない!」

 頭を握りつぶそうとする手の動きを、陽作はじっと見た。手のひらに当たる部分だけではなく、使い魔の体全身を。


『お前の強みは目だ。俺様の動きを見て、真似るくらいの目の良さを、お前は持ってる』

 直前で倒れるように全身を大きくひねる。使い魔の手は空をきる。


『そんで、先入観にとらわれるな』

 ついさっき、しでかしたばかりだ。今度こそ間違えない。


『使い魔の人形は、動物の形をしているが、動物じゃない。動物の動きを素直にしてくれるなんて、絶対に考えるな』

 伸びた腕がいきなりガクンと曲がって陽作に迫る。腕の関節の形状を無視した動き。当たり前の動物であれば、不可能な動き。


「見える」

 陽作はカウンターでその腕を警棒で打ち払った。使い魔の腕が砕け飛ぶ。


『使い魔にも仮初の命が集中する急所がある』

 急所は主に三つ。胸と頭、腹のいずれか。

 胸は初撃で砕いた。腹は人をさらうための機関になっている。ならば。


「壊れろ!」

 打ち払った勢いのまま、警棒を大きく振り上げ上段の構えをとる。正対する使い魔へ一歩大きく踏み込み、警棒を全力で振り下ろした。

 グシャリと、砕ける音がして、使い魔の頭部がひしゃげる。同時に力を失ったように骨が崩れ落ちた。

 勝った。驚きと感動に身をひたせたのも一瞬だった。


「油断しないで!」

 あきらからの声。数体の使い魔が、あきらを囲む包囲網から抜け、陽作を標的に定めた。がらんどうの視線が陽作に突き刺さる。命を感じない殺気に怖気づいてしまいそうになる。だめだ、怯えを振り払い、陽作は中段の構えをとって、使い魔をけん制する。


「〈跳べ〉」

 あきらが跳躍した。使い魔の頭上に軽やかに跳び、あきらの周囲の星の輝きが増す。空中で、あきらは号令をかけるように短杖を振り下ろした。


「〈打ち抜け〉」

 星が流星のごとく、使い魔を襲う。無差別な破壊は陽作を狙う使い魔も例外ではない。

 否、無差別ではない。あきらの星は、陽作を襲う使い魔を狙い撃っていた。

 かばわれた。このままでいいのか?


「ああああっ!」

 いいわけがない。雄たけびを上げ、陽作もあきらに負けじと警棒をふるう。

 あきらが魔法で、陽作は警棒で、それぞれがばらばらに使い魔と戦う。


 劣勢だった。


 いくら使い魔を破壊しても、使い魔は次々に補充される。あきらの顔色はますます悪くなり、息もあがっていく。

 何より、陽作ははじめの一体を倒してから、防戦一方になっていた。複数の使い魔に狙われ、防御と回避に専念するしかなかった。


 さらに陽作が対処しきれない場面では、あきらがたびたび星の魔法で援護している始末だ。自分のせいで、あきらの攻め手が守りに使われている。


「〈代償〉〈血〉〈奔れ〉」

 あきらのナイフが手首に走る。星が展開、倉庫を縦横無尽に星が走る。

 陽作の目の前の使い魔が、無慈悲に破壊される。

 疲労のためか、代償に血を失ったためか、あきらの体が大きく傾いた。その隙をねらう使い魔にあきらはナイフで応戦する。


「なんの、ために……!」

 歯嚙みする。これでは何のために来たのか。光瑠を切り捨てたくせに。あんなに冷たく突き放したくせに。日常へ別れを告げるつもりきたくせに。今のままでは足を引っ張っているだけだ。


 力がいるのだ。あきらに頼りきりで、情けない自分が嫌になる。

 だとしても、やはりこれは必要なことだ。自分のちっぽけな悔しさや、惨めさはいらない。大きく息を吸い込む。


「あきら!」

 叫んだ。


「従者契約を!」

 非日常の力がいる。力を貸してほしい。思いを、その一言にのせた。


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