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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
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第18話 従者契約①

「我が弟子がバイトしてる倉庫があんだろ?」

 師匠は教えてくれた。


「あの倉庫、新しいだろ。我が弟子がバイトを始める少し前に移転したんだ。だがな、どうにも移転前の古い倉庫がきなくさい」

「きなくさい?」

「勝手に使われるっぽいんだよ。多分、呪術師が巣にしてるんじゃねぇかと思う。さらった人間を置いておいたり、使い魔の生成に工場にしたり。廃倉庫なんて、呪術師にとっちゃ都合がいい場所だからな。人は来ないし、広さもある。最も、当の呪術師も俺様の持ち物ってんで、手を付けてなかったんだろうが……どうもいかれ具合が悪化しているらしい。あわれなこったな」

「師匠は、呪術師が誰かは知っているんですか?」

 師匠の口ぶりは、誰かを指し示しているようであった。

 師匠は軽くうなずき、陽作の疑問を肯定する。


「ん、まぁな。予想はついてる。一応言っとくが、俺様は動かねぇぞ。俺様にけんかを売られたら別だがな。ともかく、孫ちゃんも同じことを考えていたはずで、すでに町のそういう場所はあらかたつぶしているはずだ。もしものことを考えて近いうちに行くんじゃねぇかと、俺様はにらんでる。ってか、行く」

 力強い言葉で、師匠は断定した。


「なんでそんなに自信があるんですか」

「俺様の直感は当たるんだよ。この目の魔法だ。見えないものを見る。間違いはねぇ」

 師匠は左目を指で指す。


「住所は教えてやる。明日行け」

「ありがとうございます」


 ――そんなやり取りがあった翌日。自室で目覚める。久しぶりに陽作はよく眠ることができた。陽作は机の上に置いた警棒に目を向ける。


 師匠の強化の魔法が込められているという警棒。これは陽作が非日常の中で戦うための武器だ。なぜ警棒なのかと聞くと師匠は、

『刀は扱いが難しい。『打つ』と『切る』は別もんだからな。木刀は持ち運びに不便だ。木刀持ち歩いてたら、警察に職質されたとき、どう答えんだって話だからな。俺様たち魔法使いは道具を『内側』に収納できるが、陽作みたいなただの人間には無理だからな。隠し持つしかねぇ』

 と言っていた。


 陽作は警棒を手に取り、何度か振ってみる。竹刀とは違う、金属製の重さを感じる。これでたたかれたら痛いではすまない。想像して、顔をしかめる。

 警棒をバッグにしまい時計を見ると、すでに九時を過ぎていた。学校に行っても遅刻だ。スマホには祐介から『寝坊か?』という連絡が来ていた。


 スマホを手に取り、返信をしようとして手が止まる。

 陽作がこれから行くのは、非日常の世界。行けばこれまで過ごした世界と別れることになる。

 迷った末、『今起きた。今日はさぼるわ』と連絡を返す。早く起きたとしても今日は学校に行く気はなかった。私服に着替え、お近所さんに見とがめられないように帽子をかぶる。長年過ごした狭い部屋をじっと見て、扉をしめた。


 師匠に教えてもらった廃倉庫は徒歩で行くには距離があった。外は快晴。気持ちのいい風が吹いていた。玄関を出て、自転車を取りに行こうとして、

「あれ? 制服は?」

 今ここにいるはずのない人物がそこにいた。


「光瑠……」

 陽作の住むアパートの敷地の境、制服を着た光瑠が立っていた。


 *


「帽子、かぶってるの珍しいね」

 まるで世間話でも始めるかのようだった。いつもの穏やかな笑みを浮かべている。だが今は平日で、学校では授業が行われている。優等生の光瑠がこの時間にこんなところにいること自体がおかしい。

 ぞっとした。そんな、いつもと変わらないことが、陽作には不気味だった。


「なんでここに」

「陽作くんが学校来ていないみたいだったから、様子を見に来たの」

 嘘だ。それならスマホに連絡を入れればいい。陽作のスマホには、祐介からの連絡しか来ていなかった。


「学校、さぼるつもりでしょ。どこに行こうとしてるの?」

「光瑠には関係ないだろ」

「関係ない、か」


 じっ、と光瑠は陽作を観察するように見る。顔は笑っているのに、目だけが笑っていない。声は平坦で、感情が見えない。ぎゅっと、陽作はかばんを持つ手の力を強めた。

 誰だろう。目の前にいる女は、本当に陽作のよく知る光瑠なのだろうか。自分の目を疑いたくなってくる。

 平坦な口調のまま、光瑠は言う。


「前話したこと、考えてくれた?」

「何の話だ?」

「あたしとまた付き合わないかって話。答え、聞かせてもらってないよね」


 いつか、御子柴の美術の授業での話だ。学校で授業を受けながら、二人で雑談をした。これまでは当たり前だと思っていて、これからも当たり前に続くと思っていた日々。あの平穏な日常が、今はひどく遠く感じる。

 目を閉じ、大きく息を吸い込む。答えは、すでに決まっている。

 それでも、選んだから。

 目を開け、答える。


「俺は付き合わないよ。やりたいことができたんだ」

「だから、あたしとは付き合えない?」

「あぁ」

「……そっか。陽作くんはそっちを選ぶんだ」


 光瑠の表情が崩れる。目をふせ、唇をぎゅっと噛みしめる。それでようやく、陽作のよく知る光瑠に見えた。

 穏やかな優等生のようでいて、意外と感情的なところのある女の子。

 陽作にはもったいないくらいの、とても、とてもいい子だった。

 胸が痛む。こぶしを強く握りしめた。


「いつか話したことがあったよね。あたしって、大体なんでもできるんだけど、どうしても一番になれないの。覚えてる?」

 陽作は黙ってうなずく。


「これはあたしにとって、呪いみたいなものでさ。だから、陽作くんと付き合えるってなってうれしかった。一番欲しいものをずっと手に入れられなかったあたしが、初めて手にした、かけがえのない大事なものだったから……ねぇ、やっぱりだめ?」

 光瑠の声は震えていた。目から一筋の涙がこぼれる。


 光瑠に別れを告げた時とは違う、静かな涙。

「あたしとさ、また前みたいに図書館で勉強しようよ。映画を見て、同じもの食べて、楽しい思い出を、いっぱい積み重ねていこうよ」

 それは光瑠と過ごした平和な日常そのもので、振り返れば、いつまでも浸っていたいと思えるものだった。


「陽作くん――」

「上沼」

 その一言に、光瑠は短く息を吸った。光瑠は呆然として目を大きく見開き、傷ついた顔をする。


「俺は、選んだんだ」

 当たり前に学校に行き、祐介と馬鹿な話をし、光瑠とデートをする。部活の助っ人をしたり、バイトをしたりしながら親の庇護から抜け出す。そんな、普通とは少し違う、平和な日常。

 その日常を捨てることを、陽作は選んだのだ。


 あきらのために。一目見て、少し話しただけの女の子のために。

 彼女のことを思うと、どうしようもなく心が落ち着かなくなるから。


「……そう、なんだ」

「俺、もう行くから」

 光瑠に背を向け、自転車にまたがる。ペダルに足をかけ、力強く踏み込む。

 陽作がアパートから去る直前、光瑠はまだ同じ場所に立ち尽くしていた。


 ごめん。口から出かけた言葉を飲み込む。


 ――光瑠は、陽作の姿が見えなくなるまで、その背中を見つめていた。


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