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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
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第15話 魔法使い②

「魔法使い……」

 口の中で転がすと、やけに現実味のある響きだった。ゆっくりと師匠の言葉を飲み込んでいく。


 魔法。


 その言葉は、陽作が遭遇した非日常にしっくりするよう感じがした。

 勝手に動く骨の化け物。光を放つ星を生み出す奇跡。そして、あるはずのものに気付かない現象。なるほど、魔法と言う他ない。そう思ったとき、陽作は自分が元の日常と非日常の境目に立っている気がした。


「師匠も、魔法使いなんですね」

「あぁ。ま、俺様はちと、例外なんだよ」

「例外?」


 グビリと、師匠は酒をあおる。師匠は立てた膝に肘を置き、陽作を見下ろすような姿勢をとる。

「魔法使いってのはな、本来この世界の中での『秩序の番人』って役割を担っている。陽作、おめぇは黒い人魂みたいなもんを見たことはあるか?」

「……あります」


 骨の異形のせいで記憶のすみに追いやられていたが覚えている。倒れた不良の周りに漂っていた存在だ。

 印象は薄いが、見ているとどことなく不安になるようなまがまがしさをもっていた。


「ん。あれはいわばこの世界の『ゆがみ』ってやつでな」

 トントントンと、師匠は太い指先で床を軽くたたきながら続ける。


「放置すると人や物にとりつく。んで、人にとりつけば、そいつは頭がいかれてヤバイ事件を起こす。物にとりつけば、いかれたタイミングで壊れたりなんかして不幸な事故が起こる。ニュースになる事件や事故の一部はこのゆがみの影響で起きたもんだ。魔法使いの仕事は、そのゆがみを消すこと」

 さらりと、師匠は語る。その声音には一切の迷いがない。


「で、そのために魔法使いってのは、徒党を組んでいる。連中は自分たちのことを単にコミュニティと呼んでいる」

「師匠もそのコミュニティに入っているんですか?」

「いんや」

 師匠は首を振る。


「俺様は入ってねぇよ。今はもう抜けた。いわば、野良の魔法使いってやつだよ」

 ニヤリと笑う師匠。その笑みは野良であることを誇っているのか、皮肉に思っているのかは判別できない。


「そう、なんですか」

「魔法使いは大昔から世界中にいる。コミュニティもまたしかり。それぞれの国や地域で支部を作って、組織立って動いてる。あれは意外と大規模な組織でな。お隣さんがコミュニティと関わりのある人間、なんてことも実は珍しくないんだぜ」

「師匠みたいにですか」

「俺様みたいにだ」


 ゆがみ。魔法使い。コミュニティ。


 陽作が今聞いているのは、知られざる日常の裏側の話だ。

 なら、その大規模な組織であるコミュニティから、なんで師匠は抜けたんだろうか。

 気にはなるが、先に別のことを尋ねる。


「なら、後ろの骨の化け物はなんですか。それもゆがみ、ですか?」

「違う」

 返事は早かった。師匠は顎で道場の奥をしゃくる。そこには切り刻まれた残骸が静かに転がっている。


「こいつは魔法で作られた人形だよ。『人形魔法』っつてな。命のないものに仮初の命を宿して使役する。『使い魔』って言い方の方が若者には分かりやすいかね。魔法使いの中でも、習得しているやつの多い魔法だよ」

「……それ、人をさらおうとしていましたよ。魔法使いは秩序の番人、平和を守る存在じゃないんですか?」

「ふん。陽作よ。お前に質問だが、なんでゆがみってやつが生まれるんだと思う? 正解したら、智則の飲み残しをくれてやるよ」

 陽作のそばに置かれたままのウイスキーを指し示す。


「要りません。俺は未成年です。……自然に生まれるんじゃないんですか?」

「残念不正解だ。ご褒美はやれねぇな。正解は、魔法を正しくない方法で使う連中が生み出している、だ。コミュニティはそいつらを『呪術師』と呼んでいる。魔法とよく似た、しかし魔法ではない間違った魔法だ。ぶっちゃけ、魔法使いの相手はゆがみよりも、この呪術師がメインだよ」

 呪術師、師匠は口にしたとき、顔がわずかに嫌悪でゆがんだ。


「ゆがみなんてもんは、未熟な魔法使いでも簡単に消せるからな。あーそうだ」

 師匠は人の悪い笑みを浮かべた。


「陽作が探している魔法使いの娘っ子も、この町に潜む呪術師を探しにきたんだろうよ」

「っ! あきらを知っているんですか!?」

 何気ない一言だった。だがその一言で陽作の心臓は大きくはねた。

 思わず一歩、前に出る。師匠は驚く陽作を見て、にやにや笑う。


「あぁ。髪の長い、ちっちゃな子だろ。重日の孫ちゃんだ。この間、うちに来たよ」

 いきなり、陽作が探し求めている存在に至り、驚きを隠せない。

 そんな陽作の驚きに取り合うこともなく、師匠はのんびりとした様子だ。


「久しぶりに見たが、ずいぶんべっぴんさんになってたなぁ。いや、べっぴんってか、かわいい系って言うのかね。ああいうのは。我が弟子が惚れるのもしょうがないくらいのかわい子ちゃんだ」

 続けて、

「魔法使いじゃけりゃぁ、幸せな人生も送れただろうになぁ。かわいそうに」

 と言った。冗談めかした口調だったが、声は低かった。


「どういう意味です?」

 あきらかに不穏な言い回し。不安を覚える陽作を横目に、師匠はもったいぶるように、首をひねってゴキゴキと音を鳴らし、一升瓶の酒をひっくり返して空になるまで飲み干す。

 ポタリと、師匠の伸ばした舌に酒の最後の一滴がこぼれる。


「師匠」

「そうカリカリすんなよ。……あの孫ちゃんは正しい魔法使いってだけだよ。俺様の見立てじゃ、『基礎魔法』に『星魔法』、『強化魔法』に『幻惑魔法』。さらにゃ隠し玉の魔法まで持ってる。同年代の魔法使いで、そんだけたくさんの魔法を習得しているやつはいねぇだろうよ。俺様だって、同じ年ごろのころにあんだけの魔法は使えなかったよ」

 師匠は全くうれしくなさそうに、あきらをほめた。


「すさまじく優秀で、正しい魔法使いだ。で、そんなとびきり優秀な魔法使いであるこの間孫ちゃんが俺様のところに来て言ったわけだ。『この町にひそむ呪術師を討伐する手伝いをしてください』ってな」

「その頼みに師匠は」

「断ったよ」

「なんで!」


 もしも師匠とあきらが協力関係になっていたなら、師匠はあきらの居場所を知っているということになるはずなのに。


「俺様は、俺様のためだけに魔法を使う」


 息苦しさを覚えるほどに、師匠の声は厳しかった。問い詰めようとした陽作の出鼻をぐっとおさえる。


「なぁ、我が弟子よ。魔法を使うのはどうすればいいと思う? もしわかったら、俺様はお前に人探しのためにちっとだけ手を貸してやる」

 そして師匠は陽作に再び問う。


「呪術師はなぜ正しくない魔法、呪術を使うと思う? ちなみに、MP、なんてゲームみたいなもんはこの世界にはねぇぞ。魔力を消費して魔法を使うってわけじゃあない」

 なぜ。問われたことを考える。魔法と言えば、魔力を使うというイメージがあるが、師匠ははっきりそれを否定した。


「どうやって魔法を使うのか。あの夜、骨の化け物……使い魔は不良をさらおうとしてた」

 だがそれは正しくない魔法の使い手によるものだ。なら陽作が考えるべきは正しい魔法の使い手。あきらがどうやって魔法を使っていたか――


「あっ」

「わかったか?」

「代償」


 あの夜の光景が脳裏によみがえる。

 戦いの最後、あきらの魔法が急激に強くなったのを陽作は見ていた。そのとき、あきらは『代償』と言う言葉を口にしていた。


「正解だ」

 師匠は満足そうに笑った。


「魔法は……代償を支払って使う?」

「そうだ。それが魔法の原則。そんで、呪術師なんてもんが生まれるゆがみの根本だよ」

 もう見えていないはずの師匠の白濁した右目が、ジロリと陽作をとらえた気がした。


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