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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
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第14話 魔法使い①

 あきらのことについて祐介に相談してから1週間が過ぎた。祐介は「あまり期待をするな」と言っていたが、思っていたより多くの情報が集まっていた。


 小柄できれいな長い黒髪の少女。


 あきらを表す特徴はそれだけだが、どうやらあきらは人の目を引く何かがあるらしい。町のあちこちで見たという情報は少なくなかった。

 とはいえそれも数日前までの話。ここ最近はまるで魔法でもかけられたかのように、あきらの目撃情報がぱったり途絶えてしまった。成果が上がらないと、高校生たちのあきら捜索に対する興味も失せてしまう。さらに連休前であることも重なってしまった。自分たちの楽しみに夢中になって、純情少年の想い人を探そうという熱はすっかり冷めてしまっていた。


「すまん……」

 昼休みの教室は、友人同士で輪を作って昼飯を食べたり、しゃべったりする生徒たちでにぎわっていた。ザワザワとした喧噪の中、祐介はばつが悪そうに頭を下げた。思うような成果を上げられなかったことが悔しいのだろう。


「いや、そんなことないよ」

 眠そうに瞼をこすりながら陽作は答える。大きなあくびをして、購買で買ったアンパンをかじる。


「祐介がくれた情報をもとに俺も探しに行けるんだ。全く情報がないのとは、全然違うよ」

「陽作、眠そうだな」

「あー、最近部活の助っ人の後とか、バイトの後とかで教えてもらった場所探しまわっているから」

「……根詰めすぎじゃないか?」


 陽作はあいまいに笑って答える。あきらともう一度会いたい。その気持ちは変わらない。それどころか大きくなるばかりだった。

 そしてその気持ちと同じくらい、陽作は家に帰りたくなかった。


 結局母親は、数日家に滞在して付き合っている男の家に帰っていった。その間、同じ空間にいたくなかった陽作はほぼ夜通しで捜索し、朝方シャワーを浴びて登校するという生活サイクルを繰り返していた。

 母親と顔を合わせたくない。母親がいなくなった後も、そのサイクルをやめることができないでいた。

 あの家の中に、母親の残り香がまだしみついているような気がしたからだ。


 眠気がピークに達し、ガクンと陽作の頭が落ちた。眠気は常に陽作を苛んでいた。授業はきちんと聞かねばと努力するも、効果は薄く、教師に注意されることも増えてしまった。なにせほぼ徹夜で、町を探しまわっているのである。

 それでも、あきらにも異形にも遭遇できていない。

 ぶんぶんと頭を振る陽作に、祐介は心配そうなまなざしを向ける。


「……そっか。俺ももう少し呼び掛けてみるよ。俺も気をつけて町中見てみるし」

「ありがとな」

「おう」


 祐介はこぶしを陽作の前に向ける。青春映画の一幕のように、陽作もこぶしをぶつけて返した。


 *


 その日の夜も、陽作は徹夜の捜索に出ていた。バイトも部活の助っ人もない日だった。家に一度戻って短時間仮眠をとる。

 陽作は祐介からもらった情報は全て地図アプリに記録して、あきらの足取りに特徴がないか探っていた。


 あきらは町内のいたるところに出現していた。町の東側で目撃されたかと思えば、次の日には西の端で目撃されている。特定のどこかにいるというよりも、まんべんなくパトロールをしているように見えた。

 だが、そんなあきらの目撃情報が一切ない地域がいくつかあった。そのうちの一つに今夜陽作は来ている。


「何が違うんだろ」

 懐中電灯片手に、陽作は夜を歩く。そろそろ5月になるということで、初夏の雰囲気も漂ってくるが、夜の風はまだまだ冷たい。一軒家の多く集まる地域だ。あきらの目撃情報があった場所には同じようなところがあったし、陽作には違いが判らない。


「お母さん! 今日の晩御飯は何!」

 カーテンの隙間から団らんの光をこぼす家の中から、元気のいい男の子の声が聞こえてきた。「肉じゃがよ!」と返す母親らしき声も男の子と同じく威勢がいい。けらけらと、楽し気に笑う他の家族の声。


 陽作は思わず足を止めて、その家を見上げていた。手入れのなされた芝生の引かれた庭のある平屋の家だ。庭の端には小さな三輪車や、子ども用らしいプラスチックのおもちゃが置かれている。

 胸の奥がチクリとする思いを振り払い、陽作は歩き続ける。このあたりも新しい家が増えたな。そう考えて、ふと気づく。


「この地域って、師匠の道場があるところか」


 偶然だろうけど。

 最近はバイト先で会うことの多い師匠だが、たまには道場に来いと言っていた。見た目の印象の強い人ではあるが、なぜか陽作はよく師匠のことを失念してしまう。

 得体のしれないところのある人だ。もしかすると、思わぬ情報をもっているかもしれない。


「行ってみるか」

 師匠の道場はここから10分も歩けばつく。事前に連絡を入れようかと考えたが、別にいいかと考え直す。そういうことを気にする人ではない。


 ――新しい一軒家の立ち並ぶ住宅地の端の方に、師匠の道場はある。塀つきの立派な日本家屋の隣に併設されている。道場には案の定、明かりが灯っていた。お屋敷のような邸宅があるというのに、師匠はもっぱら道場の方ばかりにいる。邸宅の方はほとんど客間兼物置にしているらしい。


「失礼しま……え?」

 勝手よく知る道場だ。門をくぐって、鯉の泳いでいる池の横を通る。扉を開けると、思わぬ人物と出くわすこととなった。


「ん、おう我が弟子じゃねぇか! ようやく来たか!」

 道場に入ると、かぎなれた剣道の防具の匂いがした。同時に地鳴りのような声が道場に響く。道場にいたのは二人。一人は陽作がまさしく会いに来た師匠だ。


 作務衣を着て、あぐらをかいて片膝を立てている。手に一升瓶を持ち、それをまるで水でも飲んでいるように、ごくごくと音を鳴らしながらラッパ飲みしている。上背こそないが、巨岩のような威圧感を感じさせる。彼の存在が、道場の空気を重く沈ませるようだった。存在感の塊のような男だが、特に特徴的なのは目。


 師匠の右目は白く白濁していた。


 残るもう片方の目でギョロリと陽作を見て、ニタニタと笑っている。

 そんな男の隣にひっそりと、枯れ木のような男が座っていた。彼は蛇のような視線を陽作に向ける。


「向井か」

「あん? んだよ、お前ら知り合いかよ!」


 陽作の学校の美術教師の御子柴だ。師匠と相対するように正座している御子柴の傍らにはウイスキーの瓶があった。瓶の中身は半分以上減っている。手には氷すら入っていない、原液のウイスキーの入ったグラスを持っている。にもかかわらず、道場の明かりに照らされた御子柴の顔は、まったく赤くなっていない。


「うちの学校の生徒だ。新しい話し相手なら来ただろう。私はもう失礼する」

「おう。またな!!」

「お前の話し相手は疲れる」


 そう言うと御子柴はグラスに残った酒を音もたてずに一気に飲み干すと、酔いを全く感じさせない足取りで陽作の横を通り抜け、道場を出て行った。

 ふわりと、濃い酒の匂いが道場の匂いを上書きした。


「……」

 その際、唖然としたままの陽作を一瞥する。その目から陽作は何の感情もうかがうことはできなかった。


「陽作が智則の教え子だったとはな。驚いたぜ」

「智則?」

「あいつの名前だよ。知らねぇのかよ!」

 と師匠はゲラゲラ笑う。


「師匠こそ、御子柴先生と知り合いだとは思いませんでしたよ」

「俺様とあいつは古い馴染みでな。気が合うんだよ」

「さっき疲れるって言ってましたけどね」

「本当に疲れるだけなら、こんなところにわざわざこねぇだろ」


 師匠は一升瓶をグビリとあおる。師匠の顔も赤くなっていない。師匠はザルだ。いくら飲んでも顔色一つ変えない。

 師匠と御子柴。対極に位置するような二人だが、一体どんなつながりがあるのだろうか。


「それでなんですけど、師匠。俺が今日ここに来たのは……」

「おい弟子、ちょっと待て。お前の考えを当ててやる」


 陽作の言葉を遮り、師匠はギョロリと左目で陽作を視る。息苦しいほどの圧迫感。子の視線で射抜かれると、背筋の奥が冷えるようだ。師匠の隻眼は陽作の心の奥底まで見透かていると感じてしまう。

 実際、師匠はこうして陽作の考えをよく当ててみせた。押し隠した感情や、隠し事まで師匠の目はぴたりと当ててみせる。


「……へぇ」

「なにかわかりましたか?」

「あぁ。ばっちしな」


 とはいえ、今回はさすがに無理だろうと思った。不思議な力をもったあきらや異形のことまで当てられるはずがない。

 けれど師匠は、ペチンペチンと禿げ上がった頭を二度たたくと、面白い悪戯を思いついた少年のような顔をして言った。


「〈暴け〉」


 空気が、揺らいだ。


 瞬間、陽作の視線は道場の奥に転がされていたものに向いた。引き寄せられた。視線がくぎ付けになり、呼吸すら忘れてしまう。


「それ……は」

 道場の明かりに照らされたのは、乳白色の骨の構造物、だったものだ。元は細長い骨で構成された化け物だったはずのそれらは、細かく切り刻まれて打ち捨てられている。

 見間違えるはずもない。あの夜陽作があきらとともに出くわした異形の怪物。その残骸だった。一体や二体ではない、数十の異形の残骸がまとめて置かれていた。


 かなり目立つはずなのに、それまで陽作は一切そこにそれがあることに気付かなかった。道場に入ったとき、奥まで確かに見たはずだ。それなのに、異形の残骸は陽作の視界から、丸ごと抜け落ちていた。

 見えているはずのものが、見えていなかった。


「そら、ばっちしだったろ」

 陽作はその言葉に答えることができない。ただ、当たりだ。そんな考えが頭をよぎった。


「よぉこそ、魔法使いの世界へ。歓迎はしないが、優しくもてなしてやるよ」

 ニタニタと、師匠が笑った。


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