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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
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第11話 想う②

「やっほー、ひーくん!」

「うおっ」


 剣道着から制服に着替え、まだ汗の冷え切らない首筋に空気が触れるのを感じながら、さて武道場を出ようかとしていた陽作の背中に衝撃が走った。わずかに前のめりになりながら振り向くと、そこには陽作の背中をひっぱたいた姿勢の、ジャージ姿の少女がいた。


「川島か」

「おうともさ、みんなのアイドル、川島由乃ですよー」


 にぱっと笑う彼女の口から、ちょこんと伸びた八重歯が見える。きっと鏡を見ながら何度も練習したのだろう。見た相手がかわいいと思う角度を熟知している動きだ。そこにわざとらしい横ピースまでついてくるのだから、陽作としてもはや苦笑するしかない。


「アイドルじゃないだろ」

「なにさ、男所帯唯一のマネージャーたる私は、間違いなく剣道部のアイドルに違いないでしょ」

「部員数たった4人のな。それにそのうちの一人はお前の兄貴だろ」

「へへっ。実の兄貴すらファンにしてしまうとは、私も罪な女だよ……」


 陽作のツッコミに、彼女はぎゅっと握りこぶしをつくってぶーぶー文句を言ったかと思えば、今度は頭に手を当て、嘆いてみせる。

 動きだけでやかましいとは、きっと彼女のための言葉なのだろう。


「部長がこの間、妹がうざすぎて辛いって、こぼしてたぞ」

「まじで!?」

「嘘だよ」

「だましたな!」


 川島由乃。その名前が示す通り、陽作が先ほどまで話していた剣道部の部長の妹である。そして、

「もー、ひーくんって、打ち解けた相手には意外と辛辣だよねー。ゆーくんがよく愚痴ってるよ」

「それは祐介がいつもいらないことを言うからだ。それと、俺は川島と打ち解けたつもりはない」

「ひどい!」


 陽作の友人である祐介の彼女さんでもあった。


 *


「まーアイドルというのは冗談として」

「冗談なのか」

「そりゃそうでしょ。本気でアイドルやりたいなら、こんな過疎部活じゃなくて、サッカー部とか、野球部とかそういう人員過密部活を選ぶでしょ」

 これでも私はマジメな女の子なのです、と由乃は言う。


「そういうもんか」

「そういうもんです。ちょっとお話しようよ」

 そう言うと、由乃は道場入口の段差になっている部分にちょこんと腰掛け、ポンポンと自身の隣をたたく。


「はぁ、分かった」

 陽作は由乃から離れた位置の壁にもたれかかった。


「おぅ、塩対応。ひーくんが冷たくて、わたしゃ悲しいよ」

「もし隣に座ったら、どうするつもりだったんだよ」

「え? 『きゃー、ひーくんのエッチー』って叫んで顔面にパンチするつもりだったけど?」

 何を当然のことを? とばかりに由乃は首をかしげる。


「そんなことだろうと思ったよ。ほんと、よく祐介はお前みたいなやつと付き合ってられるな」

「刺激的で癖になるとは、よく言われます」

「祐介、からいものは苦手なはずなんだけどなぁ」

「わっはっは。私とゆーくんのラブラブバカップル生活は別にいいのですよ。……ね、なんでひかちゃんと別れたの?」

「……」


 開きかけた口を閉じる。由乃はにこにこ笑顔のまま。


 だが、目だけは笑っていなかった。由乃の細められた目には、逃げることを許さない冷たさがあった。

 無意識に、唇の内側をかむ。


「川島には関係ないだ……」

「関係あるよ。だって私、ひかちゃんの友達だもん」

 突き放すような口ぶりの陽作に、かぶせるように由乃が続ける。


「ひかちゃん、泣いてたよ。めそめそ、しくしく、じゃないよ。ぎゃんぎゃん泣いてた。赤ちゃんみたいに泣いてた。なんで、どうしてって、もう泣き叫んでたよ」

 由乃の言葉には、はっきりと陽作を責める意図があった。


「なんで、今」

「私とひーくんは、クラスも違うし、選択授業もかぶってない。ゆーくんにくっついて会いに来てもよかったけど、ゆーくんの前でこんな話はしたくないし。だから私としては、ちょうどよかったんだよ。ひーくんが部活の手伝いに来てくれるの。で? なんで?」

「……そもそもなんで、川島は光瑠が泣いてたことを知ってるんだよ」

「へー。ひかちゃんが泣いてたことは知ってるんだ。そりゃ知ってるか。目の前で泣いたんだもんね」


 なじるような言い方に、陽作の胸に重苦しいものが積み重なる。喉の奥がひりつく。うまく息が吸えない。


「ひかちゃんがふられて、ひーくんの前から走っていったでしょ。あの子、あのあと私の家に来たんだよ。私、ひかちゃんとこっそり親友だから。で、事情全部聞いた。ひかちゃんさ、みんなに公平でいなきゃって気持ちが強い子でしょ? だから、こういうことを相談できる相手って、実は私くらいしかいないんだよね」


 そもそも光瑠が由乃と仲がいいということ自体初耳だった。光瑠は全員に平等で、同時に一目置かれている。いろんなグループと少しずつ関わって、特定の友人はいないと思っていた。


「だったら、俺がなんて言ったか、川島は知ってるだろ」

「うん。全然理解できなかった。資格がないってなにさ」

「それは……」

「ひーくんは、あのひかちゃんがほれた男だよ。自信もちなよ。別に、ひかちゃんのことが嫌いになったわけじゃないんでしょ?」


 由乃からはすでに、刺すような怒りは消えていた。むっとした顔のまま、由乃は両手で頬杖をつく。


「嫌いじゃないなら、付き合ったままでよかったんじゃないのって、由乃ちゃんは思うのですよ。なんなら、私、ゆーくんのこと最初は大嫌いだったし。顔見るだけで虫唾が走るーって感じ」

「そうなのか?」

 今ではあんなにバカップルをやってるのに?


「そうなのです。ほら、ゆーくんってあざといでしょ。同族嫌悪ってやつ」

「あざといって、男子にはあんまり使わないだろ」

「でもあざといとしか言いようがないでしょ。でもそんな私たちでも紆余曲折あって、こんなに愛し合うようになったわけですよ。聞きたい? 私とゆーくんのおそらく2時間映画、全米が泣くだろうラブロマンスを!」

「何時間話すつもりだよ。下校時間が過ぎる」


 由乃と祐介の間にあったことを、陽作はよく知らない。ただ、二人が付き合う直前、祐介がよく思いつめた顔をしていたことは知っていた。事情を聞いても、「これは陽作に頼らず、俺一人で解決すべき問題だから」と言って話してくれなかった。


「つまり、私が何を言いたいかというと!」

 勢いよく立ち上がり、ぱんぱんとお尻をはたく。


「『嫌い』が『愛してる』に変わることがあるんだから、『好き』が『愛してる』になることだって当然あるってこと!」

「そっか」

「でもね」

 由乃は陽作と向かい合って、にっこりと笑った。計算された笑顔ではない、自然な笑顔だった。


「もし、ひーくんが他に好きな女の子ができたら、私は応援するよ!」

 なぜ? 陽作は首をかしげる。


「川島は光瑠の味方じゃないのか?」

「味方だよ。だからこそ、中途半端に失恋ずるずる引きずっちゃってるひかちゃんを助けたいの。よりを戻すなら、よりを戻す! 新しい恋を見つけたなら、新しい恋を追いかける! そうすれば、ひかちゃんも諦めがつくでしょ」

「……川島はすごいな」


 結局、川島由乃という女は陽作のことも心配してくれたのだろう。情に厚く、優しい女なのだ。


「ふふふ、当然。だってあたしは恋の名探偵なんだから!」

「アイドルの次は名探偵か。お前は何になりたいんだよ」

「そりゃもちろん、ゆーくんのお嫁さんだよ……って、言わせんなよ、恥ずかしい」

「自分で言ったんだろ」


 由乃の後に続いて、陽作も道場を出る。思っていたより空気は冷えていて、体の熱を奪っていく。外はすっかり暗くなっていて、陽作たちと同じ部活終わりの生徒たちが校門へと急いでいた。


「あーでもそうだ。一つだけ忠告」

 暗がりに立って、由乃は言った。


「もしひーくんが新しい恋を追いかけるなら、ひかちゃんのことはこっぴどく突き放してあげて」

「……それはひどくないか?」

「ひどくないよ」


 夜空を見上げ、由乃は独り言のように言った。校舎の窓明かりが、風に揺れる木の影を地面に落としている。由乃の顔にもまた、影が差していた。


「ひかちゃんはみんなに優しくて公平だけど、とーっても嫉妬深くて、こわーい女の子だからね」


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