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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第2章 春、俺は魔法使いと約束をした。
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第10話 想う①

 防具をつけて、竹刀を持つ。剣道の防具は体の動きを制限し、視界もせまくして音も聞こえにくくする。ついでに臭い。使い込まれた防具特有の匂いが広がる。

 雑音が遮られ、視界がせばまる。最近あった様々なことが頭の外に追いやられ、竹刀を握る感覚と、目の前の相手だけが存在する。その環境は陽作にとって、邪心を振り払い、集中力を高めるのにちょうどよかった。


 祐介を経由して頼まれた剣道部の助っ人。陽作は部の防具を借りて、部長と模擬試合を行っていた。高校の武道場の、白線で区切られた中で、お互い一本もとれずに、時間は刻々と過ぎていく。陽作も部長も竹刀の切っ先を細かく動かし、相手のわずかな隙を探る。カチャ、カチャと竹刀同士が触れ合うわずかな音だけが道場に響く。


 じりじりと時間が過ぎていく。陽作は全神経を研ぎ澄まし、目の前の相手を見つめる。

 部長の竹刀がフッと沈み込んだ。作られた隙。飛び込んだら打たれる。そう理解していたのに、体が勝手に前へと出てしまった。

 気づいたときにはもう遅い。


「小手ぇぇぇっ!」

 陽作が部長の面を狙って手元を上げたところを、部長の鋭い一閃が、陽作の腕を打った。衝撃が腕に走り、じんと竹刀を握る手がしびれた。


 ピーッ! 審判が旗を揚げるのと同時に、タイムアップを示す電子ホイッスルが鳴った。

「まいりました」

 竹刀を納め、陽作は部長に向かって頭を下げた。


 *


「相変わらず強いよな、向井は」

「川島部長には負けましたけどね」


 陽作と部長の川島の模擬試合で、稽古は終わった。防具を片付ける陽作に川島が話しかけてきた。


「俺は毎日稽古してるからな。向井は普段全然稽古してないんだろ。それであんだけ動けるなら大したもんだよ」

「ありがとうございます」

「やっぱりさ、お前剣道部入らない? 昔はやってたんだろ? 向井がいてくれたら団体戦でも勝てるようになると思うんだよ。向井が先鋒やって1勝取って、俺が大将やって1勝する。特に俺は6月の県大会で引退だからさ。最後に一花咲かせたくて」

「誘ってくれるのはありがたいですけど、剣道って結構お金かかるじゃないですか。入部するってなったら、こんな風に借りた道具を使うわけにもいないだろうし、それにバイトもありますから」

「そっかー。そりゃ残念」

「先輩なら個人戦で一花咲かせられますよ」

「全国大会出場が目的だな!」


 と言って、川島はからっとした笑顔を見せる。

 久しぶりの稽古に体はずっしりと重たかったが、陽作は最近浮足立っていた心が落ち着いていくのを感じていた。あきらと出会い、別れてから数日。学校の授業の手につかず、バイトでも普段なら絶対にしないようなミスをいくつもしてしまった。ジンからも真顔で「具合でも悪いのか」と心配される始末だ。

 自分でもおかしいと思う。たった一度、いや二度会っただけの相手なのに。


「また頼むよ。できれば、大会にも参加してくれると助かる。個人戦は出なくていいから、団体戦だけでも」

「考えておきます。俺も、竹刀を振るのは好きなんで」

「ほー。そういえば、向井は小学生のころまでは剣道やってたんだよな」

「はい。知り合いにちょっと変わった人がいまして。その人に無理やり仕込まれました」


 陽作の両親が離婚した直後のことだ。当時の陽作は荒れていて、家に帰らず、夜遅くまで出歩いていた時期があった。

 居場所がないと感じて、放浪していたのだ。


「無理やりって?」

「夜遅くにぶらついていた俺を道場に連れてきて、竹刀でぼこぼこにぶったたかれました」

「なんだそれ」


 陽作が「師匠」と呼ぶ人物だ。思い返すとあれは「連れてくる」というよりも、「誘拐する」という表現の方が正しい気がする。


 夜の公園で一人ふてくされていた陽作の襟首をつかみ、道場までひきずっていった。そして、

『自分が世界で一番不幸だって面が気に食わねぇ』

 と言って、師匠は小学生だった陽作に竹刀だけ持たせて滅多打ちにしたのだ。まともに抵抗なんでできるはずもなく、全身あざだらけになった。痛かったし、それ以上に悔しかった。大人相手に勝てるはずないことは分かっていたが、何度倒されても立ち上がった。


「それって児童暴行じゃ……」

「そうなんですけど、当時の俺には必要だったんだと思います」

 自分と気遣いも優しさもなく、正面からぶつかってきてくれる大人が。

 自分を見てくれる大人がいるという事実が、陽作の心には必要だった。


「それに、なんでかわかんないんですけど、あの時の俺はめちゃくちゃ強くなりたいと思っていて」

 夜出歩く代わりに、師匠の道場に行くようになった。師匠は自分の剣道道場を運営していたが、陽作はその輪には加わらず、師匠と一対一で稽古をつけてもらうことになった。


「稽古と言っても、はじめは俺が竹刀持ってがむしゃらに打ちかかるだけ。剣道でもなんでもありませんでした。でもどうしても師匠に勝ちたかったから、師匠の構えとか、打ち方とか真似するようになって」

 気づけば、剣道の形になっていた。


 師匠の道場に通うこと自体は小学校卒業と同時にやめてしまったが、今でも交流は続いている。今のバイト先だって師匠が経営している会社だ。

 陽作にとって師匠は、頭の上がらない人物である。


「ほぇー。向井にも昔はいろいろあったんだな。そんながっついた向井の姿なんて、俺、想像できないや。今の向井は控えめっていうか、誰に対しても距離を置いてる感じだから」

「かもしれません。師匠からもよく言われます」


 曰く、覇気がないと。

「あーでも、今日はちょっと違ったかもな」

「え?」

「最後の試合、ほら俺が小手で勝ったやつな。俺の見事な出小手が炸裂したやつだ」

「はい」

「あれ、今までの向井なら誘いに引っかからなかったと思うんだよ。向井は相手の出方をうかがって攻め方を決めるスタイルだったから。でも、今日は違った。なんというか、攻めっけがあった」

「攻めっけ、ですか」

「うん。なんか、心境の変化でもあった?」


 川島の何気ない言葉にどきりとした。心境の変化はあった。それも特別大きな変化が。


 あきら。


 彼女の存在は、陽作の心を否応なく変質させてしまった。


「かも、しれません」

 あきらに対するこの感情の正体が一体何なのか、陽作にはいまだつかめていない。だが少なくとも、あの夜陽作は確かに一歩を踏み出したのだ。きっとこれまでの自分とは違う自分になる。そんな予感があった。

 もう一度会いたい。会って確かめたいという思いだけが、日に日に強くなっていく。


「ふぅん」

 川島ははっきりしない陽作の顔を眺める。


「あんまりよくわかんないけどさ、今の向井の方が俺はかっこいいと思うぜ」

 そう言って、川島は笑うのだった。


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