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夏、俺は魔法使いに恋をした  作者: クスノキ
第1章 春、俺は魔法使いと出会った。
1/3

第1話 陽作の日常①

「事件なんだよ。陽作」


 高校2年生になって2週間が過ぎた。桜の花もすでに散り、葉桜になった頃、向井陽作(むかいひさ)は数少ない友人である志波祐介と昼食をとっていた。


「事件?」

「そう、聞いたことないか? 最近、町から俺たちくらいの若者がいなくなっていってるって、噂になってるんだよ」


 陽作は購買で買った総菜パンをほおばりながら、記憶をたどる。もぐもぐとゆっくりパンを咀嚼し、ゴクンと飲み込んだ。


「いや、聞いたことない」

「おいおいまじかよー。まーしょうがないよな。陽作、友達少ないもんな」

「うるせぇよ」


 冗談めかして笑う祐介の横腹を、陽作は軽くひじでつつく。祐介は「うぉっ」と言いながら弁当箱片手に飛びのいた。


「行方不明事件ねぇ」


 陽作は自分たちのいる中庭の様子を眺めた。春の温かな日差しがたっぷり差し込むこの中庭には、ベンチがいくつも設置されていて、天気のいい陽に昼食や雑談をするにはちょうどいい場所だ。


 今日も中庭には多くの生徒がたむろしている。特に人が減っているとは感じない。

 いや、そもそも普段中庭にはどのくらいの人がいただろうか。


「ちょっ、危ないじゃないか! ゴリラの陽作にどつかれたら、か細い俺なんて死んじまうじゃないか!」

「俺はゴリラじゃないし、祐介も言うほどか細くないだろ。一回本気でどついてやろうか」

「やめて! ほんとに死んじゃう!」


 ゴリラじゃないが、体格がいいことは否定しない。180センチ越えの身長に運動部男子の平均以上の筋肉を搭載しておいて、ひょろい体をしているなんて言うつもりは陽作にはない。


 もっとも祐介も文化部男子の平均くらいの体つきはしている。決してか細くはない。

 か細くないだけだが。


「それで? パッと見、人が減ってる感じはしないけど。それに、学校の生徒がいなくなったらさすがに俺の耳にも入るだろ」

「まー、若者の行方不明つったって、俺たちみたいなマジメな学生の話じゃないからね。どっちかっていうと、アウトロー。夜にバイクで道路をビュンビュン行ったり、髪の毛ガンガン染めて肩で風を切ってる方々が消えてるらしいのよ。てか、陽作がこういう話題に興味を示すなんて珍しいね。」


 ひひっと、祐介が笑う。


「別に、なんとなく気になっただけだよ」

「ふぅん」


 祐介は陽作の隣に座り、弁当箱から唐揚げを取っておいしそうに食べる。


「そういう情報、祐介はいつもどこから手に入れてるんだよ」

「俺の友達の兄ちゃんがさ、そういうよくないグループに出入りしているらしくて、そこ情報。でも、噂ってあちこちから入ってくるからさ、他にもいろいろ。あと由乃からも聞いたし」

「相変わらず広い人脈だな」


 祐介は陽作と違って、友人が多い。いろいろな人間とまめに話しかけにいったり、連絡を取ったりしている姿を見ると、よくできるものだと感心してしまう。

 よく知らない相手と会話をすることを苦痛に感じてしまう陽作とは大違いだ。


「理由はわかってるのか?」

「わかってたらそれもセットで噂になってるだろうさ。これも噂だけど、みんな夜に出歩いているときにいなくなってるらしいぞ。陽作、バイトで夜遅くなること多いだろ?」

「あぁ、まぁ」

「だから、警告。とはいっても、陽作の場合、噂レベルでバイトを減らすわけにもいかないんだろうけど」


 祐介は真剣な表情で陽作の顔を覗き込んでいた。どうも真面目に心配してくれているらしい。その心が陽作はうれしい。


「そういうことか」


 遊ぶ金欲しさでバイトをしているわけではない陽作にとって、バイト代が減るのは死活問題だ。祐介もその事情は分かったうえで、言ってくれている。

 生活費はできる限り切り詰めたい。だから、昼食も家から持ってきたおにぎりとおかず替わりの総菜パン一つだけ。大柄な陽作にとっては物足りない量だ。


「そういや、川島とはうまくいっているのか?」

 空気が妙に固くなってしまった。さっき名前が出た由乃の名前を陽作は口にする。


「由乃? ひひっ、まーね。聞きたい?」

「そんな感じで言われると聞きたくなくなる」

「なんでだよ! そっちから聞いてきたんだろ」

「冗談だよ」

 互いに軽口をたたき合う。


「順調も順調よ。付き合い始めてそろそろ4か月? くらいになるけど、健全な高校生らしいお付き合いをしておりますよ」

「健全な高校生らしく、ねぇ……」

 にやにやと鼻の下を伸ばす祐介に、あえて白けた顔でつぶやく。


 川島由乃は陽作と同じ学年で、祐介が冬頃から付き合い始めた女子だ。小柄でかわいらしく社交的で、同じく社交的な祐介とは相性がいいように見えた。


「この間もさ、二人で遊園地に行ったんだけど――」

 祐介はデートがいかに楽しかったか、いかに由乃がかわいかったかを興奮気味に語る。適当に打たれる陽作の相槌にも気づいているのか、いないのか。

 祐介が彼女との青春を心の底から楽しんでいることは、よく伝わってきた。


 そんな風に楽しめることが、陽作からしてみればうらやましい。陽作には結局理解できなかった感情だ。


「んで、俺も由乃もイニシャルがYだから、お揃いの……っと悪い。ついしゃべりすぎた」

「いいよ。俺も聞いてて楽しかった。祐介はしゃべるのがうまいしな」

「よせやい。照れるじゃないか」


 嘘ではなかった。食べ終わったパンの袋におにぎりを包んでいたラップを入れ、丁寧に折りたたんで結び、近くのごみ箱に入れる。


「やべっ」

 おしゃべりに夢中で弁当をまだ半分残していたことに気付いた祐介も、急いで残りを食べ始める。


「へも、なんら」

「なんて?」


 口に白米をいっぱい詰め込んだまま、祐介は言った。


「ひはも、ははへなへりゃ」


「陽作くん、志波くん。まだここにいたの?」


 背後から声がした。ぴくりと、陽作の肩がはねる。その声は陽作にとって、聞き覚えのよくある、でもしばらくは聞きたくないと思っていた声だった。


「噂をすればなんとやら」

 弁当を飲み込んだ祐介がつぶやく。


「急がないと授業遅れるよ」


 心配を含んだ言葉の裏には、どんな思いが隠れているのだろう。自分の感情にすら鈍感な陽作にはよくわからない。

 返事してやれよと、祐介が陽作のわきを小突いた。


 ゆっくりと振り返る。見覚えのよくある背の高い、美人といえる同じ齢の女の子がいた。芯の強そうな顔に薄い笑みを浮かべて、少し離れた位置に立っている。


 最後に、彼女を見たときの表情を思い出す。夜、彼女は泣いていた。


「……そうだな」


 返事をしないと。


 そんな思いで、陽作が口からしぼり出せたのはそんな、そっけない一言だった。


主人公の名前は陽作ひさです。ようさく、ではありませんのであしからず。


1章完結(全8話)まで毎日投稿の予定です。ブクマなどしていただけると幸いです。よろしくお願いします。

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