フェ・アコンプリと、風呂でみんなが作った平和!
俺たちがやらかしたことを説明する言葉がある。
フェ・アコンプリ。
聞いたことあるか? なんかドヤ顔っぽい響きなのは仕様だ。意味はこう――「なんで?」って聞かれる前にやっちまって、後から全員に「はい既成事実でーす」って飲み込ませるやつ。
キング・グレミーも魔王も、今さら苦労していた。
もう兵士も将軍も、戦旗を浴衣に持ち替えてしまったからだ。
俺たちは平和を、クソみたいな拡張パック方式で作り上げた。
小刻みアップデート、善意のマイクロトランザクション、そして何より――止めようのないプレイヤーベース。
うちの《神聖スパ》で起きている種族混浴は、もはやそれ自体が外交だった。
オークは歌を飲み、スライムは人間の船乗りとグラスを鳴らし、天使は新しい水系アトラクションのたびに「包摂」ってやつを不器用に学んでいく。
フェ・アコンプリによる平和。
平和は、もう「成立してしまった事実」だった。
ただし、フェ・アコンプリは危険でもある。
例えば――ガチャゲーの陰鬱で変えようのない世界観。プレイヤーは直すんじゃなくて、せいぜい「管理」するしかない。
あるいは――永遠に先延ばしされるクライマックス。核心の謎が引き伸ばされ、解決はいつも手の届くギリギリの外側。なのに“遅延報酬”で鯨たちは忠誠を続ける。
幸い、現実はそこまで意地悪なルールで回ってない。
……とはいえ、歴史には似たような手口が山ほどある。
悪意のフェ・アコンプリは、戦争の最古のムーブだ。圧倒的な力で叩きつけ、「もう変えられない」と相手に飲ませる。
だからこそ、平和のフェ・アコンプリは一番美しい。
力でも服従でもなく、共通点で争いを終わらせる。
気づかれないくらい少しずつ、それでも楽しさで一気に固まって、気づけば橋になっていて、土地と土地を引っ張ってしまう。
その橋を作ったのは王でも勇者でもない。
酔っぱらいと、ナンパと、湯に浸かるやつと、潜るやつだ。
《神聖スパ》に足を踏み入れた一人一人の、あのカオスで最高な客たち全員が、平和を「事実」にする手を貸した。
なお、設計者側は全員寝ていた。
リンだけは残業していたが。
シャルロッテはタオル山マットレスに涎を垂らして雷神みたいにいびきをかき、俺は金と拡張の夢を見ていた。
そのリンですら、作業の手を一瞬止め、俺のコアを祭壇の上で「きちんと正位置」に直してくれた。表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
明ければ、王たちのサミット。
でも、真実はもう決まっていた。
平和は、もう起きていた。
「……俺を“押さえ込み”に来たのか?」
かすれた声が出た。
「起きてたんですね」
リンの声は、世界を並べ替えた後に埃一粒を見つけた人間の冷たさがある。
「こんだけワクワクしてて寝れるかよ! 明日、魔王が俺を戻す! スパは帝国の土台になる! 史上最強の帝国だ! 金が水みたいに流れ、水という無料資源が極限までガチャ化された利益として流れる――!」
「うん。自信満々。そういう虚勢、嫌いじゃないですよ、マスター」
「ガハハ! 虚勢じゃない。運命だ! 勝利前夜にビビる男がいるか! 少なくとも俺じゃない!」
シャルロッテが、明らかに盗んだでかいバスタオルの上で、ごろりと寝返りを打った。ハロが古いランタンみたいに傾き、目が半分だけ開く。
「へーへー。でっかい運命。怖い怖い。……なのにあんた、まだただの文鎮じゃん。自信あるならなんでシャンデリアみたいにキラキラ震えてんの」
「キラキラしてるのはな、魂の価値が計測不能だからだ!」
「……一理あります。眩しいですし」
「きっしょ……」シャルロッテがタオルの巣に丸まり直す。「部屋取れよ。……あ、待って。お前が部屋か」
「ハッ! ほらな、リンは分かってる。俺を大事にしてる。どこかの羽根の居候みたいに、戦略会議を寝ることで突破しようとせず――」
「わかってますよ。だから聞きます」
リンが視線を落とした。
「本当に、それだけですか」
「……何がだ」
「魔王の術。サミット。あなたが“概念の置物”のままになる可能性。移送陣は補強しました。レイラインも縫い直しました。札にはあなたのモチベスピーチを食わせました。たぶん持ちます。でも完璧な儀式でも、拒む魂は押し込めない。最悪――魂が迷子になります」
「そんなの――!」
「だから。起きてたのは、それが怖いからですか」
「……ちがう!」
シャルロッテが、もぞもぞと顔を出す。
「え、じゃあ何? ナプ代誰が払うの? ってやつ?」
「違ぇよ!!」
俺はむしろ小さくなった。
「……グレミーに“魔物”って言われたのがムカついただけだ! 俺、やっぱ人間の体ほしい!!」
「はいはい」
リンがわざとらしく優しい手つきで宥める。
でも、俺は続けた。
「王どもはな、成熟パッチが必要だ。まず試せ。風呂入れ。新しいもんに触れろ。嫌いなら嫌いでいい。でも“試しもしない”のが嫌なんだ」
俺は少しだけ、恥ずかしくなる。
「……俺が好きなもんを、みんなにも好きになってほしい。せめて“認めて”ほしい。そういうの、たぶん俺の成長課題だ」
「大丈夫だよ、カズキ。成熟しなくていい。欲深いあなたのままで。私たちは“欲深いあなた”が好き。だから死なないで」
「なに心配してんだ、ふわふわ鳥。俺には【流】系能力があるだろ。海まで流したんだぞ? その上、リンに手伝わせてスパ全体に魂縛り結界も張った。魂が迷子になるわけない」
俺は指を折れない代わりに、胸を張る。
「予測は三つだ。人間に戻る。ダンジョンコアのまま。もしくは――結界の内側で迷子の魂としてぷかぷか漂う」
「それを言うな!!」
「もしそうなったら、私、編み目ごと殴り込んででも引きずり出しますからね!? 魔王の作った厄介事から!」
「……ちょっと感動したって言うべきか?」
「明日言いなさいよ、そういうセンチなの。今は星明りが悪い」
「別に。俺は【星図投影】で上書きできるが?」
「最悪」
シャルロッテがまた丸まって、ぼそぼそ言う。
「とにかくさ。もし迷子になったら、私たちが助ける。……だから今日それ言うのやめて。明日無理」
「……はいはい」
俺は笑った。
「まあ、結局、俺は寝る前にこう思うんだよ」
友達も、能力も、金も、全部キープ。
人間に戻るか、最高に便利な装飾品になるか。
どっちに転んでも――俺らしい。
そういうわけで。
カズキは、明日のサミットを前にして、結局寝落ちした。




