飛行船の弾丸
朝霧が谷をふわりと巻き、森土と鉱泉の匂い俺たちの《聖なるスパ》の匂いを運んでくる。
俺はもう、人間王都の堅苦しい謁見を“フル尺の営業プレゼン”に変えてやる算段を組んでいた。
その時地面が、腹を空かせたドラゴンみたいにゴゴゴ……と唸った。
コアの内側で、力が跳ね上がる。“ピコン”が二回。
新【能力:水中呼吸】!
新【能力:陸上歩行】!
「これは」
森の地表が、しゅわっ、どおっ、と騒ぎ立てて海水の柱が天まで噴き上がり、崖に虹を散らした。
その噴水から飛び出してきたのは、見慣れた“魚臭い筋肉集団”。
「うおお、マジか!」俺は思わずはしゃいだ。「マーマンたち!!」
奴らはホラ貝ファンファーレが聞こえてきそうな勢いで弧を描き、うちのいちばん高い飛び込み台に着地した。
先頭の陽キャが、ピンク珊瑚の冠をきらりと光らせながら叫ぶ。
「ここが噂の聖なるスパか! カズキ! シャルロッテ! お前の水、海まで届いてるぞ、友よ!」
「《アビサル・トライデント評議会》は宣言する――この泉を“主権ある中立の水域”と認める! 我らの潮は、お前の潮だ!」
「うわー久しぶり! ハイタッチしたい!」
俺は手がないので心だけでハイタッチした。
その横で、夜勤明けのリンの手が完全に裏切った。
スパの貸借対照表が――湿った床に落ちそうになり、リンが竜巻みたいにバタバタして回収する。
「うちの受付は、君らの外交的な胸筋圧に圧倒されてるな」俺はクスクス笑った。
「サイレンまでいるじゃねえか! それに――港町クラスでも大きく動きがあるって聞いたぞ。おめでとう!」
「ありがとう、全部順調だ!」俺は胸を張った。
「ちょうど今から、人間王都に乗り込んで“戦争を終わらせろ”って言いに行くところなんだ」
「戦争……な」マーマンが渋い顔をした。
「人間と魔族がまだ殴り合ってるとか信じられねえ。だって見ろよ、ここ。もう“結末”が見えてるじゃねえか」
「そこが問題なんだよ」俺は水面をゆらした。
「長すぎて、戦うのが“初期設定”になってんだ。ガチャゲーが延々と同じ周回・同じバナーで回って、誰も疑わなくなるのと一緒。文化が固まる。固まると、明らかな変化ですら“不可能”に見える。だから必要なのは“ショック”だ」
「ガチャ的に言うなら、最悪なショックは――推しがナーフされてゴミになった時の大炎上みたいなやつ。
でも良いショックもある。天井や“確定”が初めて実装された時、『え、これ…純粋な苦行じゃなくていいの?』ってみんなが気づく。そこから新しい常識になる」
「天井? 確定? 宝石野郎、お前の言葉半分わかんねえよ」マーマンがゲラゲラ笑った。
「でも言いたいことは波で分かる。殺し波だと思ってたのに、急に引き波が来てズボッと持っていかれて“顔を上げる”――そういうショックだろ。そこは分かる」
「要するに“公平さ”ってことよ」リンが即座に通訳した。
「百回くらい牡蠣を開けたら、必ず真珠が一個もらえる、みたいな」
「なるほど! それは革命だな!」
俺は深く頷いた。
「今、種族間の争いそのものが文化だ。うちのスパはショック装置。違う種族が一緒にくつろげるって証明はした。でも王たちの頭を動かすには、まだ足りない。グレミー王と魔王――あの二人が、古い仕組みにしがみついてる“最後の鯨”なんだ」
「なら、手を貸せるかもしれない」先頭のマーマンが、珊瑚冠をきらりとさせ、騎士みたいに片膝をついた。
「マジで? 優しすぎるだろ。聞く聞く!」
「正直な話、海底宮殿は何百年も動かなかった。“中立”が俺たちのブランドだった。だが今は――」
彼は、果物スラッシーを賭けて腕相撲しているセラフとスケルトンを指差した。
「お前が完全に“インフレ”させた」
「インフレ!?」俺がきらめく。「つまり、うちが新メタってことか?」
「そうだ。どれだけ屈辱かわかるか?」
「水外交はずっと俺たちの独占だった。深海の熱噴出、ケルプ料理、イルカ合唱の同期演奏、なんでもあり。そこへお前が熱い石と雲プールを出してきた。そしたら海が、お前の泉の話で沸騰した」
「実は俺たちが真っ先に来た理由の一つは――水中の客が多すぎて、お前の川へのアクセスを一時“止める”必要があったからだ」
「海→スパ、検閲したの?」シャルロッテがタオルいかだから起き上がった。
「なんで?」
「だから最近、新能力が全然増えなかったのか……。クラスまで水流しまくったのに、回収弱っ」俺がブツブツ言う。
「閉鎖は一時的だ」マーマンが言い切った。
「同盟しないなら、俺たちの商売は“時代遅れ”になる。マーメイド・クイーンは“無価値”を許さない」
「ちょうどグレミー王の謁見を揺らす策を考えてたところに、そっちからもショック材料か」
俺はニヤリとした。
「いいね。これ、こっちの有利に“回せる”。いや、回す。よし、王都にこのネタを叩き込むぞ!」
人間王都に着く頃には、マーマンの派手な来訪と、クラスで広がる“休戦ムード”の噂が、俺たちより先に走っていた。
露店では「クラーケンと一緒に風呂入った」横断幕が売られ、パン屋では温泉石みたいな丸パンが焼かれている。
「……ほんと、あんた最低です」リンが、俺の横で震えながら呟いた。
「俺は“最高のご主人さま”だ」俺は自信満々に言った。
「それと会議にはその格好で行け。説得力が増す」
「格好の話じゃありません!」リンが踏み鳴らす。
「なんで私たち、こんな侵攻みたいな入り方してるんですか!?」
俺たちは今、戦艦の上にいた。
帆を張った木の“ミサイル”。城に一直線。
「呪われたフラスコ移動、もう嫌なんだよ。毎回ハンデがデカすぎる」
「なら英雄か、父に頼めば――」
「やだ」
「子どもか!!」
「これはビジネスだ」俺は言い切った。
「派手な入場ってやつ。しっかり掴まれ! 着地は守る!」
ズドオオオオォン!!
人間王都の城壁の一面が、派手に吹き飛んだ。
ギルド監査長――リンの父が、瓦礫と“寝てる天使弾”から王を庇う。
「リン! よく来てく――」父の目が俺に移った瞬間、顔が引きつった。
「……待て。正気か!? お前、そいつと一緒に来たのか!?!?」
玉座の間は、大理石と絹の海だった。
グレミー王は、金箔と“首切りの脅しによる焦り”で塗られたみたいなフレスコ画の下に座っている。太っていて、手入れされた口ひげ。
そして気絶したシャルロッテが、マフィアのボスの足元に転がり込んだ寝猫みたいに、ごろごろと到達した。
貴族たちは、俺たちの爆発入場よりも、王の反応のほうを恐れて固まっていた。正直、グレミー王は魔王より倫理観が薄そうに見える。
王は笏を俺に突きつけた。
「ダンジョンコア、カズキ。――で間違いないな?」
「はい、陛下」リンの父が素早く頭を下げる。
「貴様は我が軍を弱体化させ、混浴で若者を堕落させ、戦争の不幸で儲けている」
「その上、脱走兵をどう締め上げるかという政策会議に乱入だ。説明しろ!!」
「簡単だ」俺は言った。
「戦争はもう終わってる。お前の頭が追いついてないだけ。魔王は、お前がその気になり次第、和平する」
「和平は貴様の金庫を細らせる。足を引きずる兵が減る。必死の負傷者が貴様の湯に這って来なくなる」
「貴様は傷で儲ける。平和は破滅だ」
ああ、出た。“戦争は儲かる”論。
王の顎が動く。完璧な財政の短剣を突き立てたつもりで、ねじり続ける気だ。
誰も予想しなかったことをリンがやった。
濡れた帳簿を、大理石に叩きつけたのだ。インクが跳ねた。
「違います」リンの目が怒りで光る。そこに、朝からの熱がほんの少し残っている。
「陛下。直近の予約データは逆を示しています。平和になれば、人々は“生き延びるため”ではなく“楽しむため”に入浴します。結婚式、祭り、社内旅行、ハネムーン、リピーター。私たちは“トラウマ”ではなく“体験”を売ります」
ざわめきが広がる。
「それでも拒む。明日、軍を進めると言ったらどうする?」
俺はシャルロッテに合図した。
「シャルロッテ。起きろ、起きろ! 決め手が台無しだ!!」
「ラインハルトの件のあと一週間休ませるって言ったけど、今は必要!」
顔を埋めたまま寝ているシャルロッテが、珊瑚の封蝋が付いた勅書をずるっと出した。
《アビサル・トライデント評議会》の紋章。海底宮殿の署名リボンが潮みたいにくるりと巻いている。
「承認だ」俺は言った。
「海底宮殿から。“聖なるスパ”を中立水域として認めるってさ。つまり港と潮汐が、海の監視下に入る。お前の川も交易路も――半分は海の顔色を見て動くことになる」
玉座の間の奥で、誰かが盆を落としたみたいな音がした。
グレミー王の笏を握る手が白くなる。
「都市国家にでもなる気か?」
「誤解だ。手紙を字面通りに捻じ曲げるな」俺は、背後で城壁が崩れていく中で言った。
「俺は人間王国にも魔族領にも、領土的な脅しをする気なんて一切ない。欲しいのは平和だけだ」
「陛下、時間もそんなにない。英雄たちはもう離反し始めてる。兵士たちは俺の湯へ“休暇”で消える」
「攻めるって言うなら、こっちは止めないし反撃もしない。平和的に抗議するだけだ。――気づいたら軍が空っぽ、って可能性もあるぞ」
リンの父が、ゆっくり息を吐き、羽ペンを置いた。
「……これでは、首脳会談を避けられませんな」
グレミー王は廷臣たちを見渡す。うちのフランチャイズ申請を回している貴族。すでに珊瑚の徽章を付けた港商人。
理屈は王を包囲している。それでも抵抗する。
「……私は、風呂屋と“モンスター”に指図される気はない」
「される」俺は言った。
「人は『生きる』を枯らされると暴れる。でも今は、人生のほうが“種族間和平”を選んでる」
「それに“モンスター”? むしろ好都合だ。対立する意見を聞かなくなった瞬間、人間は“前に進む”のをやめるからな」
グレミー王の顔は、お気に入りのボードゲームの駒を全部抜かれて、代わりにゴムのアヒルを並べられた人みたいになっていた。
首脳会談は夜明けに設定された。サイは投げられ、戦争経済パッチは押し込まれた。
残りはPRだ。




