表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

飛行船の弾丸

朝霧が谷をふわりと巻き、森土と鉱泉の匂い俺たちの《聖なるスパ》の匂いを運んでくる。

俺はもう、人間王都の堅苦しい謁見を“フル尺の営業プレゼン”に変えてやる算段を組んでいた。


その時地面が、腹を空かせたドラゴンみたいにゴゴゴ……と唸った。


コアの内側で、力が跳ね上がる。“ピコン”が二回。


新【能力:水中呼吸】!

新【能力:陸上歩行】!


「これは」


森の地表が、しゅわっ、どおっ、と騒ぎ立てて海水の柱が天まで噴き上がり、崖に虹を散らした。

その噴水から飛び出してきたのは、見慣れた“魚臭い筋肉集団”。


「うおお、マジか!」俺は思わずはしゃいだ。「マーマンたち!!」


奴らはホラ貝ファンファーレが聞こえてきそうな勢いで弧を描き、うちのいちばん高い飛び込み台に着地した。

先頭の陽キャが、ピンク珊瑚の冠をきらりと光らせながら叫ぶ。


「ここが噂の聖なるスパか! カズキ! シャルロッテ! お前の水、海まで届いてるぞ、友よ!」

「《アビサル・トライデント評議会》は宣言する――この泉を“主権ある中立の水域”と認める! 我らの潮は、お前の潮だ!」


「うわー久しぶり! ハイタッチしたい!」

俺は手がないので心だけでハイタッチした。


その横で、夜勤明けのリンの手が完全に裏切った。

スパの貸借対照表が――湿った床に落ちそうになり、リンが竜巻みたいにバタバタして回収する。


「うちの受付は、君らの外交的な胸筋圧に圧倒されてるな」俺はクスクス笑った。


「サイレンまでいるじゃねえか! それに――港町クラスでも大きく動きがあるって聞いたぞ。おめでとう!」

「ありがとう、全部順調だ!」俺は胸を張った。

「ちょうど今から、人間王都に乗り込んで“戦争を終わらせろ”って言いに行くところなんだ」


「戦争……な」マーマンが渋い顔をした。

「人間と魔族がまだ殴り合ってるとか信じられねえ。だって見ろよ、ここ。もう“結末”が見えてるじゃねえか」


「そこが問題なんだよ」俺は水面をゆらした。

「長すぎて、戦うのが“初期設定”になってんだ。ガチャゲーが延々と同じ周回・同じバナーで回って、誰も疑わなくなるのと一緒。文化が固まる。固まると、明らかな変化ですら“不可能”に見える。だから必要なのは“ショック”だ」


「ガチャ的に言うなら、最悪なショックは――推しがナーフされてゴミになった時の大炎上みたいなやつ。

でも良いショックもある。天井や“確定”が初めて実装された時、『え、これ…純粋な苦行じゃなくていいの?』ってみんなが気づく。そこから新しい常識になる」


「天井? 確定? 宝石野郎、お前の言葉半分わかんねえよ」マーマンがゲラゲラ笑った。

「でも言いたいことは波で分かる。殺し波だと思ってたのに、急に引き波が来てズボッと持っていかれて“顔を上げる”――そういうショックだろ。そこは分かる」


「要するに“公平さ”ってことよ」リンが即座に通訳した。

「百回くらい牡蠣を開けたら、必ず真珠が一個もらえる、みたいな」


「なるほど! それは革命だな!」


俺は深く頷いた。

「今、種族間の争いそのものが文化だ。うちのスパはショック装置。違う種族が一緒にくつろげるって証明はした。でも王たちの頭を動かすには、まだ足りない。グレミー王と魔王――あの二人が、古い仕組みにしがみついてる“最後の鯨”なんだ」


「なら、手を貸せるかもしれない」先頭のマーマンが、珊瑚冠をきらりとさせ、騎士みたいに片膝をついた。


「マジで? 優しすぎるだろ。聞く聞く!」


「正直な話、海底宮殿は何百年も動かなかった。“中立”が俺たちのブランドだった。だが今は――」

彼は、果物スラッシーを賭けて腕相撲しているセラフとスケルトンを指差した。

「お前が完全に“インフレ”させた」


「インフレ!?」俺がきらめく。「つまり、うちが新メタってことか?」


「そうだ。どれだけ屈辱かわかるか?」

「水外交はずっと俺たちの独占だった。深海の熱噴出、ケルプ料理、イルカ合唱の同期演奏、なんでもあり。そこへお前が熱い石と雲プールを出してきた。そしたら海が、お前の泉の話で沸騰した」

「実は俺たちが真っ先に来た理由の一つは――水中の客が多すぎて、お前の川へのアクセスを一時“止める”必要があったからだ」


「海→スパ、検閲したの?」シャルロッテがタオルいかだから起き上がった。

「なんで?」


「だから最近、新能力が全然増えなかったのか……。クラスまで水流しまくったのに、回収弱っ」俺がブツブツ言う。


「閉鎖は一時的だ」マーマンが言い切った。

「同盟しないなら、俺たちの商売は“時代遅れ”になる。マーメイド・クイーンは“無価値”を許さない」


「ちょうどグレミー王の謁見を揺らす策を考えてたところに、そっちからもショック材料か」

俺はニヤリとした。

「いいね。これ、こっちの有利に“回せる”。いや、回す。よし、王都にこのネタを叩き込むぞ!」


人間王都に着く頃には、マーマンの派手な来訪と、クラスで広がる“休戦ムード”の噂が、俺たちより先に走っていた。

露店では「クラーケンと一緒に風呂入った」横断幕が売られ、パン屋では温泉石みたいな丸パンが焼かれている。


「……ほんと、あんた最低です」リンが、俺の横で震えながら呟いた。


「俺は“最高のご主人さま”だ」俺は自信満々に言った。

「それと会議にはその格好で行け。説得力が増す」


「格好の話じゃありません!」リンが踏み鳴らす。

「なんで私たち、こんな侵攻みたいな入り方してるんですか!?」


俺たちは今、戦艦の上にいた。

帆を張った木の“ミサイル”。城に一直線。


「呪われたフラスコ移動、もう嫌なんだよ。毎回ハンデがデカすぎる」


「なら英雄か、父に頼めば――」


「やだ」


「子どもか!!」


「これはビジネスだ」俺は言い切った。

「派手な入場ってやつ。しっかり掴まれ! 着地は守る!」


ズドオオオオォン!!


人間王都の城壁の一面が、派手に吹き飛んだ。


ギルド監査長――リンの父が、瓦礫と“寝てる天使弾”から王を庇う。

「リン! よく来てく――」父の目が俺に移った瞬間、顔が引きつった。

「……待て。正気か!? お前、そいつと一緒に来たのか!?!?」


玉座の間は、大理石と絹の海だった。

グレミー王は、金箔と“首切りの脅しによる焦り”で塗られたみたいなフレスコ画の下に座っている。太っていて、手入れされた口ひげ。

そして気絶したシャルロッテが、マフィアのボスの足元に転がり込んだ寝猫みたいに、ごろごろと到達した。


貴族たちは、俺たちの爆発入場よりも、王の反応のほうを恐れて固まっていた。正直、グレミー王は魔王より倫理観が薄そうに見える。

王は笏を俺に突きつけた。


「ダンジョンコア、カズキ。――で間違いないな?」


「はい、陛下」リンの父が素早く頭を下げる。


「貴様は我が軍を弱体化させ、混浴で若者を堕落させ、戦争の不幸で儲けている」

「その上、脱走兵をどう締め上げるかという政策会議に乱入だ。説明しろ!!」


「簡単だ」俺は言った。

「戦争はもう終わってる。お前の頭が追いついてないだけ。魔王は、お前がその気になり次第、和平する」


「和平は貴様の金庫を細らせる。足を引きずる兵が減る。必死の負傷者が貴様の湯に這って来なくなる」

「貴様は傷で儲ける。平和は破滅だ」


ああ、出た。“戦争は儲かる”論。


王の顎が動く。完璧な財政の短剣を突き立てたつもりで、ねじり続ける気だ。


誰も予想しなかったことをリンがやった。

濡れた帳簿を、大理石に叩きつけたのだ。インクが跳ねた。


「違います」リンの目が怒りで光る。そこに、朝からの熱がほんの少し残っている。

「陛下。直近の予約データは逆を示しています。平和になれば、人々は“生き延びるため”ではなく“楽しむため”に入浴します。結婚式、祭り、社内旅行、ハネムーン、リピーター。私たちは“トラウマ”ではなく“体験”を売ります」


ざわめきが広がる。


「それでも拒む。明日、軍を進めると言ったらどうする?」


俺はシャルロッテに合図した。


「シャルロッテ。起きろ、起きろ! 決め手が台無しだ!!」

「ラインハルトの件のあと一週間休ませるって言ったけど、今は必要!」


顔を埋めたまま寝ているシャルロッテが、珊瑚の封蝋が付いた勅書をずるっと出した。

《アビサル・トライデント評議会》の紋章。海底宮殿の署名リボンが潮みたいにくるりと巻いている。


「承認だ」俺は言った。

「海底宮殿から。“聖なるスパ”を中立水域として認めるってさ。つまり港と潮汐が、海の監視下に入る。お前の川も交易路も――半分は海の顔色を見て動くことになる」


玉座の間の奥で、誰かが盆を落としたみたいな音がした。

グレミー王の笏を握る手が白くなる。


「都市国家にでもなる気か?」


「誤解だ。手紙を字面通りに捻じ曲げるな」俺は、背後で城壁が崩れていく中で言った。

「俺は人間王国にも魔族領にも、領土的な脅しをする気なんて一切ない。欲しいのは平和だけだ」

「陛下、時間もそんなにない。英雄たちはもう離反し始めてる。兵士たちは俺の湯へ“休暇”で消える」

「攻めるって言うなら、こっちは止めないし反撃もしない。平和的に抗議するだけだ。――気づいたら軍が空っぽ、って可能性もあるぞ」


リンの父が、ゆっくり息を吐き、羽ペンを置いた。

「……これでは、首脳会談を避けられませんな」


グレミー王は廷臣たちを見渡す。うちのフランチャイズ申請を回している貴族。すでに珊瑚の徽章を付けた港商人。

理屈は王を包囲している。それでも抵抗する。


「……私は、風呂屋と“モンスター”に指図される気はない」


「される」俺は言った。

「人は『生きる』を枯らされると暴れる。でも今は、人生のほうが“種族間和平”を選んでる」

「それに“モンスター”? むしろ好都合だ。対立する意見を聞かなくなった瞬間、人間は“前に進む”のをやめるからな」


グレミー王の顔は、お気に入りのボードゲームの駒を全部抜かれて、代わりにゴムのアヒルを並べられた人みたいになっていた。


首脳会談は夜明けに設定された。サイは投げられ、戦争経済パッチは押し込まれた。

残りはPRだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ