天界を脱がす
魔王――追放された身でありながら、心の奥では“認められたい”と渇いている男。
あいつは今回の件を、普遍性の試験として包んだ。
「天界に選ばれた者たちですら、お前のスパに価値を感じるなら。お前はビジネス以上のものを築いているのだろう」――と。
だが、その裏には個人的な傷が見えていた。
天界に拒まれ、居場所を奪われた。
もし、追放した側の天使たちが、あいつと同じもの――休息、安らぎ、癒やし――を密かに欲しているのなら。
追放は不当だったのか。あるいは、あいつは失われた“何か”を取り戻せるのか。
天界社会は、安定のための隔離でできている。
種族、階級、役割。全部、分けて管理。
混ざることが「堕落」と「混乱」の原因だと信じている。
一方で、うちのスパは真逆だ。
種族が警戒を下ろし、同じ湯に浸かり、肩を並べて笑う場所。
天界と教会が突きつけてくる厄介さは、「隔離は必ずしも悪ではない」という点だった。
混乱を防ぐ。衝突を減らす。
同一種族内の隔離が抑圧につながるのは分かる。
でも、天の民と魔族、人間と魔物みたいに“違いすぎる存在”を分ければ、争い自体が減る――そういう理屈だ。
天使父が宣言する。
「お前の言う平和は、油と水を混ぜようとするだけだ。我らは秩序を選ぶ」
俺は即座に返す。
「真の平和は、離すことじゃない。中立で安全な場所で、理解する機会を作ることだ」
「安らぎ、快適さ、無防備さ……それは隔離じゃ生まれない。壁が落ちる時にしか生まれない!」
「油と水が混ざらなくても、どっちも空を映せば一緒に輝くんだよ!」
天使父は困ったように首を傾げた。
「統合入浴日……魔族、人間、魔物、天の民を同じ空間で争いなく“接客”する、というのだな」
「だがそれは不可能だ。天の民は神威と結界ゆえ、魔族と同じ空間にいられない」
「できる!」
俺は胸を張った。
「シャルロッテがその証拠だ。天使だって魔族や人間と同じものを求める。休息、癒やし、喜び!」
天使父が視線を向ける。
「シャルロッテは天界の務めを捨て、地位を捨てた」
シャルロッテが一歩前に出る。
「私がカズキのスパにいたのは……初めて、“天使”じゃなくて、“私”でいられたから!」
「言い方が重い!」
俺が慌てて割り込む。
「シャルロッテは俺にとっても客にとっても天使だ!」
「あと、“同じ空間にいられないほどの神威”とか、そんなの絶対言い訳だ!」
「多様性を消さずに一緒に休める、新しい仕組みを作ればいい!」
「天界の隔離は政策として機能してるかもしれないが、根っこは恐怖から生まれた防衛反応だろ!」
天使父は、譲らないまま、それでも少しだけ柔らかく言った。
「魔王にとって、甘苦い任務だろう。追放した者たちが自分と同じ欲望を持つ証明を望み、同時に天界がそれを“公に認める”ことを望む」
シャルロッテがリンと俺を見て、うなだれる。
「だから私は天界を出たんだよ……」
「天界の隔離は平和だけど、無菌。うちのスパの混浴はカオスだけど、成長がある」
「欲望の普遍性だよ。食欲、安らぎ、愛、休息……全部、どの種族にもある!」
「その通り!」
俺は叫んだ。
「みんな何かを欲してる! 天使だって!」
天使父は淡々と返す。
「秩序が、混乱より優れている」
「休息は混乱の中でしか成立しないんだよ!」
俺は食い下がる。
「警戒を知ってるから、ゆるめられる!」
「無防備になるには壁を壊すしかない!」
……やばい。
これ、商品を売る話じゃなくて、哲学バトルになってる。
天界は隔離=安定。
うちのスパは“制御されたカオス”で共同体を作れる証明。
なら、見せるしかない。光を。
必要なら、天界のプライドを脱がせる。
天使父が祈るように手を組む。
「ゴールド、回数券、持分……地上の概念は我らを動かさない」
「天界はすでに完全だ。欲も、嫉妬も、罪もない」
「互いに無防備で、純粋。それが我らの強さだ」
周囲の天使たちも頷き、ハローが少し明るくなった。
“ほら、正しいだろ”と言わんばかりに。
俺は鼻で笑った。
「笑わせるな!」
「同じ考えのやつだけで囲って、檻に入ってるから言えるんだ!」
「純粋は強さじゃない! 停滞だ!」
「誘惑も欲望もドラマもない世界に成長はない!」
俺は岩の指を突きつける。
「いいか、天使ども」
「歴史上、純粋さを売って成功したガチャゲーは一つもない!」
「売れるのは色欲! 強欲! 傲慢! 嫉妬!」
「課金ってのはそういうもんなんだよ!」
「な、なんて下品な……」と天使がざわつく。
俺はさらに、致命打の営業トークを投げた。
「教えてやる」
「下界では、裸で混浴する」
近くの天使が息を呑み、頬が赤くなる。
「い、一緒に!? は、裸!?」
「そうだ葉っぱもローブもなし。湯気とタオルと肌だけ」
「不適切!」
別の天使がひっくり返りそうな声。
「不浄! 誰がそんなことを!?」
「うちの客です……」
リンが遠い目で呟いた。
「全員だ! いつもだ!」
俺は畳みかける。
「しかもな、風呂に入りながらジュースを飲む」
「さらに混ぜる。酒を」
「教会の聖職者みたいにな!」
ハローが、集団で少し暗くなった。
天使が扇ぎ始める。
ローブの襟元を引っ張って、息苦しそうにする者もいる。
「反天の者め!」
天使父が一喝し、場を締め直す。
「お前の商売は我らの教えの逆だ!」
「だから魔王に使わされたのだろう!」
リンが小声で俺を見る。
「ご主人さま……“あれ”、やるんですか」
「やる」
「やめ――」
「やる」
俺は叫んだ。
「リン! 無防備を見せろ! 不要なものを全部、脱ぎ捨てろ!!」
「はぁぁ!?!?」
リンが悲鳴を上げた。
シャルロッテも叫ぶ。
「ご主人さま、文字通りじゃ――!」
……が、リンのプライドが引かない。
彼女は頬を燃やしながら、外側のローブの紐に指をかけた。
一回、するり。
布が落ち――
光が溢れた。
いやらしい光じゃない。
聖なる光だ。
俺は内心でガッツポーズしていた。
やっぱりな、リン。お前はハマる。
前回の章で俺が罵倒した瞬間、口元がピカッと光って言葉を“検閲”された。
つまりこの世界の天界は、下品なものを光で隠す。
なら逆利用できる。
リンの衣が落ちるたびに、光が勝手に遮っていく。
見えない。見せない。
その代わり、眩しさだけが増す。
脱いでるのに、清らかさが上がっていく。
罪っぽいのに、神々しさが伸びていく。
「……なんだ、この……」
天使父が絶句した。
聖書を取り落として、床に落とした。
天使たちも騒然。
「銀の……」
「いや、魔の誘惑者だ!」
「両方だ!!」
「この光……教義を超えてる……」
「……商品になる」
「そうだ!」
俺は便乗して叫ぶ。
「お前らの隔離は停滞だ!」
「うちのラッキーバニーは天界リゾートより眩しい!!」
「俺たちにしか出せないものがある!」
「カオス、快適さ、そして――クーポン!!」
「預言者だ!」
と誰かの天使が叫んだ。
未来の客だ、確定。
俺はさらに押す。
「分かったか? お前らは夢が小さい」
「古い習慣はもう汚れた!」
「より明るい光を見せつけられた!」
「彼女が進む道! 俺が進ませる道だ!」
「ご主人さま!!」
リンが涙目で震える。
「恥ずかしい! もう着させてください!!」
天使の列がぐらつく。
「虹色の光……抗えない……」
「誓いが……崩れて……」
「これは……誘惑……?」
シャルロッテがすかさず営業口調で追撃した。
「その罪、うちの湯で洗えます!」
「同じ天使として言わせて。私が初めてカズキに会ったときも言ったよね」
「世界の“汚いもの”を洗いたいって!」
「うちのスパなら、心配も不安も、ぜんぶ流して、もっと大きいものを体験できる!」
天使父が汗をかき始める。
「だが……彼女は人間だ」
「天の民に近い。魔族や魔物とは違う!」
「それを言うなら――」
俺はニヤッと笑った。
【能力:俊足バニー耳】!
リンの頭に、うさ耳が生えた。
しかも光でピカピカしてて、余計に神々しい。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
リンが顔を覆った。
俺は吠える。
「今の言い方だと、“魔族はこの輝きを持てない”って言ってるのと同じだぞ!」
「それ、隔離じゃない!」
「差別だ!!」
「うちのスパは、天界リゾートよりずっと眩しい!!」
「より良い世界を願って、努力することが罪なわけあるか!!」
天使たちは動揺しながらも、目が離せなくなっていた。
“興味”の扉は、もうノックされている。
その時。
セラフの羽根が、灰みたいな残り火になった。
「時間切れ!」
シャルロッテが叫ぶ。
俺は即座に指示を出す。
「でも第二の試練は終わらない!」
「シャルロッテ、ここからはお前が繋げ!」
「天界は最初、降りてこない。変化は遅い。思想は一日じゃ変わらない」
「でも、もう好奇心は芽生えた」
「だから、あとは“うっかり”送ればいい」
俺は悪い笑みを浮かべる。
「カップル割引クーポン」
「飲み放題」
「魔族サウナ付き」
天使の何人かが、その文言だけで気絶した。
やがて天の民は下界に降りてくるだろう。
「研究です」とか言い訳しながら。
そして俺たちは、彼らに開けてやる。
素晴らしすぎるパンドラの箱、ただのスパという名の、地上の天国を。




