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試食決勝

「時間切れぇぇぇ!!」


ラッキーバニーが叫び、ゴンッ!と鐘を叩いた。


湯気、香辛料、焦りが一気に噴き上がる。

六人の料理マエストロたちが、汗だくで皿を抱え、わっと前に出た。


観客も押し寄せる。

空のジョッキを振り回す冒険者、肩車、腹を鳴らす魔物、目をギラギラさせる魔族とにかく「食わせろ」の圧がすごい。


審査台の中央。

ミズチは扇子をパチパチ鳴らし、鱗を煌めかせながら、尻尾を玉座みたいに巻いて座っていた。

自分で作った王座。圧が強い。


最初の皿は、サルゴの傑作だった。


六本の腕で作り上げたステーキは、香草と黄金の照りがじゅうじゅうと踊っている。

盛り付けまで自分で仕上げたらしく、本人はシャツを大きくはだけたまま。

汗が褐色の胸を伝って流れていて、ここが別の風呂屋だったら「そういうサービス」と誤解されそうな絵面だ。


サルゴは、騎士が叙勲を受けるみたいにミズチの前へ膝をついた。

礼儀正しく頭を下げるが、勝負師の笑みは隠さない。


「ミズチ様。六重快楽の一皿」

「ロブスターの尾を三度焼き、ライム蜂蜜の火で艶を出した」


皿を指先でくるりと回し、最後にピタッと止める。

ナプキンの中心に、完璧に着地。


リンもシャルロッテも俺も、思わずメモした。

見せ方、完璧。


ミズチは銀のナイフで、透けるほど薄く一切れを切り取り――食べた。


……空気が変わった。


炎に反射した瞳孔が金色に光った。

扇子が口元に上がり、尻尾の奥から、ぞくりとする「良い反応」の吐息が漏れる。


よし!!

勝った!!

サルゴ優勝!!

王都がひれ伏す!!

借金が消える!!(たぶん!!)


ミズチが口を開く。


「この哀れな菓子……ではなく料理に、私は点数を――」


サルゴは勝ちを確信して、六本の腕を誇らしげに広げた。


「お分かりですか、ミズチ様! 深み! 百年の炎の研鑽! この六つの手が火を見守り、さらに――」


その瞬間。


ミズチの長い身体が、ぎゅるん、とねじれた。

王冠から尻尾の先まで、誇りが一気に砕ける動き。


「ぺっ!!」


ミズチは、盛大に吐き出した。


え?

えええ??


リンとシャルロッテは、口に運びかけた自分の試食を止めた。正しい。

皿の上の一部が、ぬるりと落ちて台無しになる。


ミズチが吐き捨てるように言った。


「汗」

「貴様の隠し味は汗よ」


サルゴは膝をついたまま瞬きをした。


「正直な労働の一滴! 献身の塩! それが旨味を――」


バキッ。


サルゴの膝が、ビリッと痺れたみたいに崩れかける。


「……な……っ?」


触れられていない。

だが足元を見ると、ミズチの尾が振り抜かれた場所の温泉石が、圧だけで“ダイヤみたいに”硬く変質して、そこから煙が立っていた。


「震える料理人の額の精……」

「その desperation の味、実に素晴らしいわね!」


他の出場者たちが、一斉にビクッと固まった。


終わった。

終わった終わった終わった。


「だ、大丈夫だよな? サウナ融合ってことに――」

俺が震え声で言いかけたところで、


リンの表情が完全に死んでいた。

修繕費を計算している顔だ。あれは人間が一番怖い顔。


ミズチが、審査台の上から蛇みたいに言い放つ。


「次」


一皿目、終了。

残り五皿。


頼む。汗はやめろ。

変な“自分”を入れるのもやめろ。


俺は叫んだ。


「出場者! もし料理に“自分の一部”を使ったなら、今なら正直に申告しても不問とする!」

「この大会は異種族融和に向いた料理長を探すためだ!」


観客がざわつく。


「オークの汗は珍味だぞ!」

「普通に食うけど!?」


「文化差が激しい……」リンが頭痛そうに呟く。

「ダンジョン料理は私の管轄外……」シャルロッテも珍しく困惑した。


その時。


獣人オオカミ肉屋が前に出た。尻尾がぴん、と立つ。


「安心しろ。俺は変なことはしねぇ」

「俺の飯は裏切らねぇ」


串焼きを掲げる。堂々。


ハーピー少女は薬草スープの後ろで震える。

ドラゴン男はニヤニヤが増した。

ゴーレムは静かに蒸気を吐く。

スライムはぶくぶく。


……俺たち、詰んでない?


ミズチが身を乗り出し、オオカミ肉屋の串から一口、角切りを噛んだ。


「……及第点」

「説明しなさい」


オオカミ肉屋が胸を張る。


「秘伝の漬け液で――」

「最上の切り身で――」

「脂身は俺の口で噛んで柔らかさを――」


「ぺっ!!」


はい吐いた。


やめろ。

それ言うな。

“自分の口で”はダメだ。一般的にダメだ。


次。

ドラゴン男が進み出る。金の器に入った黒いソースが、上品に泡立っている。

焼いた脚肉にとろりとかける。まだピクピクしてない? 気のせい?


ミズチは骨を掴み、気品そのままに一息でしゃぶり尽くした。


ドラゴン男が角を寄せて囁く。


「追加の熱をご所望なら――これは俺の――」


「ぺっ!!」


はい吐いた。


ドラゴン男、顔が引きつる。

その横で観客が「おい今の絶対ヤバいやつだろ」とざわつく。俺もざわつく。


次。

ゴーレムが鍋を開けた。

ほっこりした湯気、香り、具材。見た目は勝ち。


ミズチがスプーンで一口すする。

うん、と頷く。


いけたか?


ゴーレムは、ルーン振動で空気を震わせて喋った。

聴覚障害者が使う魔術的な発話法だ。


「我が核腔で発酵」

「毎日循環」


「ぺっ!!」


吐くな!!

核腔はだめ!!

核腔はだめだって!!


赤スライム料理人が、ぷるぷる進み出る。

透明ゼリーの体で、玉ねぎの澄んだスープを差し出した。金粉が渦巻く。


「味の秘密! 昨日の出汁を溶かして再利用! 無駄なし!」


「ぺっ!」

「下品ね」


「いや出汁ってそういうもんだろ!!」

観客が怒号を上げる。

「休ませたほうが旨いんだよ!!」

「金持ちが味わからんだけだ!!」


ミズチが扇子で顔を隠して、わざとらしく笑った。


「まぁまぁまぁ……可哀想な庶民」

「私の高貴な乙女心を、そんな不潔な料理で汚すなんて」

「カズキ。黙らせなさい」


「ミズチ様、庶民呼ばわりは――」リンが頭を下げる。


「そうだそうだ。客の声が最優先だ」

俺も頷いた、その瞬間。


ミズチが視線を一振りした。


観客の冒険者の一人が、カチン、と宝石になった。


「おい戻せ!!」

俺が即ツッコむ。


「何が問題?」

ミズチは涼しい顔で机に手紙を叩きつける。

「私の金庫宛の小切手よ。これで黙らせなさい」


「落ち着いてください、ご主人さま!」

リンが焦る。


「リンか金か……選べない……!」

俺が本気で揺れる。


「一秒で選んでください!!」

リンが指を突きつける。


ミズチがもう一枚、小切手をサインした。


「……どう?」

「選べる?」


「選べません!!」

シャルロッテが叫ぶ。

「ミズチは天敵!!」


「よし、ミズチ。引き続き審査員を頼む!」

俺は手のひらを返した。


「当然」

ミズチが得意げに頷く。

「今のスライムの皿は、悪くはない。でも浅い」

「平坦さを深みと勘違いしている」


扇子がパチン、と閉じる。

そして、震えているハーピー少女を指した。


「最後」

「あなたよ。早く出しなさい。私にふさわしい品位と礼節でね」


ハーピー少女が、よたよた前に出た。

小さな両手で、祈りみたいに黄金色のスープ椀を差し出す。


「……ママのレシピ……」

「……あったかい……」


声が震える。お椀も震える。


ミズチが、上品に一口すする。


……空気が、柔らかくなった。


フラッシュバックが来た顔だ。

やった。

これだ。

これが勝ち皿だ。


俺の金庫が呼吸した気がした。


少女が、涙目で言う。


「う、歌ったの……」

「ママが、煮る時に歌うと美味しくなるって――」


「ぺっ!!」


吐いた。


「えっ!? それは別に不快じゃないだろ!?」

観客が怒鳴る。


ミズチは扇子を鳴らす。


「家庭の味ね」

「でも私の屋敷の味じゃない」

「くだらない感傷よ」


ハーピー少女が、翼ごと崩れ落ちそうになる。


六皿。

六回の拒絶。

六回のぺっ。


ミズチは口元を拭き、扇子を握る手が細かく震えた。


「哀れ」

「汗、汚れ、子守唄……」

「気持ち悪い」


会場が凍った。


ドラゴン男が唸る。

ハーピー少女が泣く。

ゴーレムの胸の光が灰色に沈む。

サルゴが力みすぎて皿を割る。

オオカミの尻尾が鞭みたいにしなる。

スライムはしゅんと縮み、蝶ネクタイがスープに沈む。


観客が爆発した。


「何が不満だ蛇姫!!」

「文化で味つけしてんだよ!!」

「最高の料理を出しただろ!!」


ミズチが、わざとらしく笑う。


「おーほほほ」

「庶民は繊細さも洗練も知らないのね」

「客が宝石を買う時、売り手は“自分の感情”じゃなく“客の感情”を満たすべきよ」


「舐めてから吐いただけだろ!」

「ブー! 最低審査員!」


ミズチの頬が、ほんのり赤くなる。


「……どうして……」

「どうして皆、私の高貴な舌が分からないの……!」


さらにブーイング。


「ただのワガママだろ!」

「蛇姫、香辛料に負けてんぞ!」


ミズチが尻尾をドン!と鳴らした。子どもみたいに。


「だ、黙りなさい!!」

「私は恐ろしい継承者よ! ガキじゃない!!」

「止めなさいよ! ねぇ!?」


俺は、小切手をスッと押し戻した。


「悪い、ミズチ」

「この六人からチャンピオンを選ばないといけない」

「全員に唾を吐くのは、やりすぎだ」


観客も追撃する。


「帰れ帰れ!」

「宝石の金庫で泣いてろ!」


ミズチの扇子がバキッと閉じる。


「もういい」

「あなたのスパ、制御不能よ。汚い」


ミズチは皿をゴミみたいに払い、立ち上がった。

王女のように。

でも、鱗が少し震えている。

誇りが床にこぼれていくみたいに。


「ミズチ様、待って!」


遅かった。

ミズチは審査台から滑るように離れ、ホールへ消えていった。


俺は追いかけた。


廊下が流れる。

ゴブリン給仕が避ける。

冒険者が杯をこぼす。

ドワーフが米カートに躓く。今日も地獄。


前方でミズチは、何事もなかったみたいに優雅に進む。

でも分かる。

俺の声が背後にあるだけで、身体が微妙に硬くなる。


ミズチが、扇子の端で目元を拭う。ほんの少しだけ。


「……ねえ」

「商売人として質問」

「ここ、みんな私のこと嫌いなの?」


「嫌いだな」


「それは修辞疑問でしょ!?」

ミズチが泣きそうな声になる。

「ここ、異種族……なのに……!」


「異種族だからって、お前が他人を雑に扱っていい理由にはならない」


「審査員は正直であるべきよ!」

ミズチが食い下がる。

「あれが良かったって言いなさいよ! あの料理が最高だったって!」

「言えないでしょ!?」


「……ミズチ、ごめん!!」

俺はつい叫んだ。

「世界一のレストラン、必ず作る!!」


「は、は、は!? やめなさいよこの無礼な石!!」

ミズチが慌てて扇子を振る。

「あなたの居酒屋の味は完璧よ!」

「長期で資金回収して、整えなさい!」

「焦って拡張するな!」


「でもさ」

俺は言い返す。

「お前、全部“舐めてから”吐いたよな」


「私は汗を食わされたのよ!? 理解してる!?」

ミズチが頬を膨らませる。

「汗!! 汗!!」


子どもか。


「来週また来る」

「利息を取りにね」

「次も不快なら、客をやめる。闇金の融資も消す」


「準備して待つ」


「欲張りな石」

ミズチがぎろり。

「私をからかえると思ってるの?」

「コアを首飾りみたいに――」


「準備して待つ、ほんとに」

俺は真顔で言った。


ミズチが一瞬だけ戸惑った。


「……真面目ね」

「さっき言ってた“要素”のせい?」

「魔王の試練、もう失敗した可能性が高いんでしょ」


「それ、鐘が鳴ってからずっと噛みついてる」

俺は正直に言った。

「でもな、それより大事なのは今だ」


俺は続ける。


「六人は失敗した」

「でも才能がないからじゃない」

「ルールを破って、魂ごと料理に突っ込んだんだ」

「分かるか?」

「あれは傲慢じゃねぇ」

「必死だ」

「お前に認められたくて、魂を煮込んだんだよ」


ミズチが扇子で顔を半分隠す。


「言い訳」

「料理人は食材を高みに引き上げるもので、家庭の味に溺れるものじゃない」


「本当にそうか?」

俺は食い下がった。


「宝石だって、切れる形には限りがある」

「でも“価値”は積み重ねで圧縮される」

「今日の六人は、それを見せた」


「飯ってさ」

「弁当みたいな単純なものでも“宝箱”なんだ」

「一品一品が物語だ」


俺は、ぽつりと本音を漏らした。


「……あのハーピーのスープ」

「俺、もう一回ちゃんと食いたい」

「人間の身体で」

「……このスパを何より大事にしてる。でも、それと同時に、俺がいた場所の味も恋しいんだよ」


そして、最後に。


「ミズチ」

「本当に、あれ不味かったか?」

「それとも、全員に平等に罰を与えたくて吐いたのか?」


ミズチの頬が、じわっと赤くなる。

鱗の上に薄い赤。


「……わ、私……そんな優しくない」


「誰か正直じゃないなぁ」


ミズチの尻尾が、床をドン、と鳴らした。

拗ねた子どもみたいに。

でも扇子は貴婦人のままだ。


「それがあなたの大義名分?」

「無能を可能性と呼ぶ?」

「私が揺らぐと思って?」


「揺らがなくていい」

俺は言い切った。

「これで一つだけ確定した」


「六人は替えなくていい」

「必要なのは“導く料理長”だ」

「魂をぶち込むんじゃなく、異種族料理を真の調和へ引き上げる統率者」


俺の中で、閃いた。


「そうだ!!」

「魔王が見たかったのはそれだ!!」

「一人の天才を冠することじゃない」

「六人全員の火を見せることだ!!」


俺は廊下で高笑いしそうになり、必死で抑えた。


「よし」

「決めた」

「この六人全員が、新レストランの柱だ!!」

「アルフレードに連絡する!!」


ミズチが、扇子の陰で小さく鼻を鳴らす。


「……本当に」

「救いようのないほど、熱いわね」


でも。


「……ちょっとだけ」

「私までその熱に当てられそう」


その言葉だけで、俺は勝利した気分になった。


「優しいな、ミズチ」


――もちろん、真実は違う。


希望なんて言葉で塗ってるだけだ。

本当は。


完全に。

盛大に。

伝説級の大失敗だった。


食材予算は燃えた。

料理人は晒し者になった。

ミズチはブチ切れかけた。

魔王の試練は失敗寸前。


でも俺がここで折れたら、拡張が崩れて、全員が飢える。

だから俺は――


【聖なる間欠泉】を、感情で噴かせた。


どばぁぁぁぁ!


涙みたいな水流が床を滑り、通りかかったサテュロスが足を取られて、うっかり廊下でサーフィンを始めた。


「うわぁぁぁ! 波ぁぁぁ!!」


ミズチが慌てて扇子で顔を守る。絹がびしゃびしゃだ。


「ちょ、ちょっと!」

「落ち着きなさいよ、バカ石!」

「子どもなの!?」


「ミズチ、優しい!!」


(違う!! 優しいとかじゃない!!)

(外部救援が必要なんだ!!)

(ヘラで世界を救う救世主が必要なんだ!!)


ミズチが扇子で俺の額をパシンと叩き、疲れた声で呟いた。


「……私、審査員じゃなくて子守してない……?」


でも扇子の奥で、ほんの少しだけ笑っていた。


アルフレード!!

魔王の執事!!

この厨房地獄を“旅団”にまとめる男!!

頼む、来てくれぇぇぇ!!

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