役立たずのビジネスパートナー
目を覚ました瞬間、頭が割れそうなほど痛かった。
――いや、そもそも今の俺には頭なんて存在しないのだが。
こめかみを押さえようとする。
……が、当然こめかみも無い。
滴る水の音、苔むした岩壁の感触のようなもの。
どうやら俺は、天然の癒しの泉を管理するダンジョンコアになったらしい。
転生の頂点形態:巨大な宝石。
笑えない。
俺はデカすぎる魔法でもぶっ放して気絶したんだろうか?
「おい、一樹。落ち着け。まず状況確認。これは幻覚だ。寝落ちしてアニメ見ながら夢を見てるだけだ」
そう自分に言い聞かせる。
だが最後に覚えているのは――あの忌々しいサボテン。
もし週刊誌にバレたら、絶対一生ネタにされる!
俺のすぐ横には女がひとり浮かんでいた。
神官服のようなローブを半分だけ身にまとい、翼をだらんと湯に浸し、幸せそうにいびきをかいていた。
しかも盛大によだれまで垂らして。
「おい。なあ、お前。寝ぼけ鳩」
……無反応。
「おいって! 鳩天使! 蒸発させる前に起きろ!」
ビクッと跳ね上がり、翼をバサッと散らして、俺の泉の半分を壁へとぶちまけた。
眠そうに目をこすりながら、こちら――宝石の俺――を見つめる。
俺はできる限り神秘的な“温泉の精霊”っぽい声を出した。
「説明しろ。なぜ俺は高級足湯になっている?」
「……んぁ? ああ、起きた。よかった。ふぁぁ……。転生おめでとうございます。ここは神聖温泉のダンジョンコアです。なお供物は別料金」
「温泉? 誰が俺をここに置いた?!
俺には身体があった! ガチャ石だって貯めてたし! そしてあの最強のサボテ――」
「私だよ。私があなたを受け取ったの」
平然と言いやがった。
「何も残ってないほど悲惨な死に方だったから、転生用の器もつくれなくてね。あんまりにも恥ずかしい死に方だったから、上位神様があなたの魂をここに縛ったの」
俺の泉がボコボコ波打つ。
「拾ったって言ったよな、今。俺は捨て猫か?」
「そう。捨て猫と違って家具に爪とぎしない分、扱いやすいよ」
「なんでそんなに詳しいんだよ」
「手紙来た」
実際に浮遊する手紙。
本当に俺の魂は保護団体みたいに回され、この天使が最終的に“引き取った”らしい。
彼女は伸びをしながら、完全に俺を銭湯扱いして溜息をつく。
翼に俺の湯がしみこむたび、変な感覚が走る。
「おい! タダ湯するな寄生虫!」
「失礼ね! ちょっと休んでるだけ!」
「何から? 天使の仕事か?」
「魂の導き、作物の加護、祈りの処理、その他もろもろよ。もう疲れたの。
だからこの温泉は私のプライベートスパにする」
「そこが問題だって言ってんだ! 一般公開はどうした!?」
彼女は岩の裏から看板を取り出す。
手書きの、乾きかけの聖なるインクでこう書いてある。
『シャルロッテの聖なるスパ 気分が向いたら営業』
「ふざけんな。俺がダンジョンコアなら、せめて儲けさせろ!
客を入れて金を稼ぐ。そしたら元の身体を取り戻す!」
「でも私は休暇中」
「前回どうなったか覚えてるよな? 覚えてるだろ」
「俺は枯渇して石ころになるぞ」
「やってみな、アホコア」
にらみ合う――いや、宝石だから正確には光で威嚇し合う感じだが。
「この世界のこと何も知らないくせに。幻覚魔法で頭真っ白にしてやろうか? 分をわきまえろよ下級――」
「《エナジー・ドレイン・フロー レベ――》」
「二人とも気絶する気!? しょうがない! 共同経営よ!」
「よし、五分五分」
「六四でしょ。私が看板娘なんだから」
「五五か、硫黄ガス噴くぞ」
「ちょっ……わかったわよ!」
バン、と俺の結晶に手を叩きつけた。
「契約成立。ビジネスパートナー、おめでとう。今日だけは私の専用スパとして使わせてもらうから」
言い終える前に、シャルロッテはもう爆睡していた。
翼を広げ、俺の温度に全身を沈めて。
――俺はとんでもない奴と組んでしまった気がする。
でも仕方ない。どう考えても他に選択肢なんてなかった。
身体を取り戻すためには、
この最悪の相棒と、世界最高の天然温泉を運営していくしかない!
かかってこい!!




