危険! 湯に電気!
良い商品。チェック。
良い体験。チェック。
良いサービス――俺は問題児の相棒たちを見た。……チェック、なのか?
客は戻ってくるようになった。だが滞在時間は大体二時間。
二時間で帰る。入って、癒やされて、帰る。
……違う。
“リゾート”ってのは、帰らせない場所だ。
俺は考えた。
人はなぜ、滞在する?
何があれば「もう一泊するか」ってなる?
マスコット?
それなら、もうやってる。
ゴーレム系モンスターの協力で、俺はついに【能力:ロッキーアーム】を獲得した。
宝石みたいな“腕”を生やせるようになったのだ。
パワーアップ演出はすごかった。操縦席に座って巨大ロボを動かし、星に届きそうな気分。
……ただし現実は、腕を動かすのに“浮遊”が必要で、俺は一歩も動けなかった。ダサい。
それでも客は、俺をスパのマスコット扱いしてくれる。
なので、マスコットが答えじゃない。
チリン。
新規客ベル。
俺は現代日本で例えるのが早い。
旅行先でテーマパークに行きたくなる理由は何だ? スリル、ショー、イベント――つまり追加の“体験商品”。
じゃあ、俺が「何日も滞在したい」って思うのは何がある時だ?
いや、正確には――
俺が“何日も滞在できる”条件は何だ?
……来た。
宿と飯だ!
「ホテルと食事だ!!」
俺は思わず叫んだ。
見回せばわかる。
今のうちは“共同浴場”だ。リゾートじゃない。
シャルロッテのタオルふとんなんて、寝具じゃなくて事件だ。
俺たちに必要なのは、ちゃんとした寝床。個室。食事処。
湯上がりにダラける場所――つまり金を落とす場所!
その瞬間、別方向から悲鳴が上がった。
「こっち! こっちへ! 湯から出ろ!」
「そっちだ! 子どもを先に!」
「早く!!」
客が泳いで走って、俺の壁際へ貼り付いた。
巨大ザメが湧いた時よりパニックだ。
「なんだなんだ? 監査官まで来たんだ、もう驚くことなんて――」
俺の視界が受付へ向く。
「……母ちゃん助けて!!!」
受付カウンターの上で、光の球がバチバチしていた。
空気が裂けるような放電音。髪が逆立つ。
リンの金髪が静電気でふわっと広がって、完全に「雷に触った人」になっている。
「申し訳ありません!!」
光の球――電気球モンスターが深々と頭を下げた。
リンは震えながら叫ぶ。
「あなた……観光客とテロリストは全然違うんですけど!?」
「そうだそうだ! リン、言ってやれ!」
客が遠巻きに便乗する。
電気球は泣きそうな声で言った。
「ぼ、僕はただ……噂のスパに、入ってみたかっただけなんです……」
「僕、一度もちゃんとお風呂に入れたことがなくて……」
……待て。
浮いてる。
俺の脳内に、いやらしい電球が点いた。
浮遊。移動。運搬。俺の両腕を動かすための“浮力”問題。
こいつ、使えるじゃん?
「……リン。怒るのはやめろ」
俺は急に態度を変えた。
「は? なんで急に……ご主人さま……?」
リンが目を丸くする。
「怒ったらお前、クビな」
「えっ!?」
「うちは差別しないって言ったよな。規約第3章54条は?」
俺が聞く。
「え、えっと……『使い捨てタオルは徹底洗浄』……」
「逆だ。54条3項」
「……『リンはすべての項目の上位互換として扱う』……って、そんな条文ありません!」
リンがブチ切れかける。
「そもそもそれ、私に書かせたマニュアルですよね!?」
「とにかく!」
俺は強引にまとめる。
「俺はこの客を歓迎する! なぜなら、こいつは答えかもしれない!」
「最低限の可動域を取り戻す鍵! そして客!」
電気球はおずおずと聞いた。
「ぼ、僕は……本当に、入浴したいだけなんです……」
「同情はしない」
俺は即答した。
「だが、お前を幸せにしたい」
「……そのために今日は入浴延期だ。危険すぎるからな」
「延期……」
「名前は?」
「……スパーキー、です」
「スパーキー。今は我慢だ」
俺はシャルロッテに向けて吠えた。
「シャルロッテ! 世界一の科学者を呼べ!!」
「え?」
シャルロッテは湯から出る気ゼロで、ぷかぷかしている。
「何が起きてるの?」
「科学者がいなけりゃ、錬金術研究者でいい!」
俺は言い直す。
「いいから“一番頭のいいやつ”を連れて来い!」
「スパーキー、お前はリンのやる気を引き出すために、その辺でキラキラしてろ!」
「は、はい……!」
スパーキーが控えめにバチバチする。
リンが睨む。
「……ご主人さま、絶対またロクでもないこと考えてますよね」
「当然だ。俺は経営者だ」
翌日。
「うわ、ここが噂のスパ? マジでヤバくね? 超アガるんだけど」
やって来たのは――若いチャラ男の魔術師だった。
白髪、リングピアスが複数、でかい帽子。テンションが妙に軽い。
「この世界どうなってんだよ……」
俺は思わず本音が漏れた。
そいつ(自称・研究者)は俺の前で帽子を揺らし、ふむふむと頷く。
「うんうん。なるほどね? 原因、わかったわ」
よし! 頼もしい!(軽いけど!)
俺は即座に実験に入る。
「【浄化・水 Lv10】……ふぉぉ……! 【Lv50】……ふぉぉぉぉっ! 【Lv100】!!」
さらに保険で、
「【聖なる間欠泉 Lv1】!」
スパーキー用に、湯を別の小さな浴槽へ流し込む。観客は安全な距離で見学。
――ショーは集客にもなる。大事。
そして俺は、完璧な段取りで言い放った。
「シャルロッテ。お前が先に入れ。次にスパーキーだ。こいつに“うちの湯の素晴らしさ”を見せる」
俺はシャルロッテを使って、「危険じゃない」と全員に示したかった。
「なんで急に私が見せ物なのよ! 私、何か怒らせた!?」
「信じろ。俺の大切なビジネスパートナー」
俺は甘く言ってやる。
「お前が“顔”だ。うちの“可愛い広告塔”だ」
「嫌、嫌、嫌!!」
「入れって、天使猫!」
俺は畳みかける。
「——うわっ、ちょ、待て! 落とすな! やめろ! 俺を実験台にするな! 俺、前回のトラウマが!!」
「スパーキーも! ほら、入って!」
シャルロッテがにっこりしながら言った。
次の瞬間――
スプラァッシュ!!
シャルロッテが俺を投げ込んだ。
しかも、電気球モンスターのスパーキーごと、同じ湯船に。
「うおぉぉぉっ!!」
死ぬ! 感電する! 焼ける!!
俺は全力で覚悟した。――が。
……ん?
痛くない。
どころか、普通に湯だ。
浄化した水が、ちゃんと効いている。
俺は急に元気になった。
「ガハハハ! いける! 成功だ!!」
俺は勝利宣言した。
「見ろ! 超純水!!」
そして得意げに講義を始める。
「普通の温泉水は塩やミネラルが入ってるから電気を通しやすい」
「だが超純水は不純物がほぼない。電気を運ぶ“担体”がないから、絶縁性が高い!」
シャルロッテが恐る恐る足先を浸し、次に膝まで入れて――目を見開く。
「……本当だ」
チャラ魔術師が帽子を揺らして乗ってくる。
「マジそれ。てか超純水ってさ、電気源落としても分解しにくいから、水質保てばいけるっしょ。つまり、入れる!」
「ありがとう……!」
スパーキーが光を震わせ、嬉しそうに涙(?)をこぼす。
「人生で一番……嬉しい……!」
シャルロッテが眉をひそめる。
「……でも、なんかピリピリする」
「それな!」
チャラ魔術師が即答した。
「超純水って安全じゃない。肌からミネラル奪うから、長時間は普通の人ダメ」
「あと高電圧が続くと、絶縁性が破れる。雷が何回も落ちたら……君ら、普通に死ぬ。マジで。トータルで」
「なにそれ!? 今言う!?」
シャルロッテが叫ぶ。
「俺も初耳だ!!」
リンも叫ぶ。
「説明が雑すぎます!」
シャルロッテが俺を指差す。
「金のことしか考えてないからこうなるのよ!」
「考えてない!」
俺は即否定。
「考えてるのは“未来”だ!」
「でも……」
シャルロッテが小声になる。
「……ピリピリ、悪くない」
「え?」
「筋肉がほぐれる感じ」
シャルロッテが頬を赤くする。
「私の趣味じゃないけど……刺さる客は絶対いる」
スパーキーがぷるぷる光る。
その瞬間、俺のコアが鳴った。
—新【能力:電気風呂】獲得!
—新【能力:浮遊】獲得!
「……浮遊!?」
俺は歓喜で泡立った。
ついに! ついに俺に“動ける可能性”が来た!!
「よっしゃあああ!! これで俺は……!」
「ちょ、落ち着いてくださいご主人さま!」
リンが呆れた声を出す。
「今のは“可能性”であって、“まだ動ける”とは――」
「うるさい! 可能性は最強なんだよ!」
俺は叫んだ。
「可能性があれば課金は正当化される! 人生だってガチャだ!」
「それを正当化してるの、ご主人さまだけです!」
スパーキーは嬉しそうに控えめにパチパチし、シャルロッテは湯の縁で頬を赤くしている。
「……やっぱ、ピリピリ悪くない」
「お前、そこハマるな」
騒ぎが落ち着き、客たちがざわざわと“新アトラクション”に目を輝かせ始めたところで――
帽子をゆらゆら揺らしていたチャラ魔術師が、俺の前で軽く手を振った。
「じゃ、俺もう帰るわ。面白かったし」
「待て待て待て!」
俺は即座に止める。
「お前、いい仕事したじゃねぇか。雇ってやる」
「は?」
そいつは、リングだらけの耳を掻いて笑った。
「雇うって、何の?」
「当然、“客寄せ”だ」
俺は言い切る。
「お前、見た目が強い。女客が増える。浴衣イベントで立ってるだけでSSRだ。ギャル男枠の需要は世界共通だ」
リンが「うわ……」って顔をした。
シャルロッテは「わかる」と頷いた。余計なお世話だ。
「いやいや」
チャラ魔術師は肩をすくめる。
「俺、組織とか無理。縛られるのダルい。研究が本業だし」
「じゃあ外注契約だ。週一常駐でいい」
「こういうのは“プロモーション”って言うんだよ。俺は経営者だぞ」
「経営者って、ガチャ中毒の別名?」
チャラ魔術師がにやっとする。
「……お前、口が減らないな。採用見送りで」
「それはこっちのセリフ~」
俺は即座に条件を変えた。
「じゃあ報酬はどうする? 金か? ジェムか? それとも“電気風呂の無料パス”か?」
チャラ魔術師は一拍置いて、帽子のツバを指で上げた。
その顔が、無駄に整っている。くそが。
「金はいらん。欲しいのは――」
チャラ魔術師は俺の湯を見た。
「その湯」
「……は?」
「聖なる温泉水。てかさ」
チャラ魔術師は軽いノリで言った。
「ちょっと分けて。持ち帰って実験する。ポーションの調合、捗るから」
リンが硬直した。
「え、持ち帰り……?」
俺の中で嫌な予感がした。
「……おい、まさか」
チャラ魔術師は口角を上げる。
「飲むけど?」
「飲むな!!!!」
俺は反射で叫んだ。
「それは俺だ! 俺の湯だ! 俺の……え、ていうか、もう飲んだ奴いるのか? このスパ」
リンが視線を逸らした。
絶対いる。絶対既にいる。なんなら“裏メニュー”になってる可能性すらある。やめろ。
「冗談冗談。まあ、ちょい舐めるくらい」
チャラ魔術師は指でつまむジェスチャーをして、平然と言った。
「研究者は味で成分把握する時もあるし? つーか、ホントに効果あるなら飲む奴、もう結構いるでしょ」
「言うな!! 現実を突きつけるな!!」
シャルロッテが湯面から顔を出して、あっけらかんと追い打ちした。
「いるよ。貴族とか、瓶で買って帰ってる。『一樹の聖水』って言ってた」
「やめろぉぉ!! 俺のブランドが変な方向に固定される!!」
リンが咳払いする。
「……ご主人さま。落ち着いてください。売上は――」
「売上は正義だけど今は違う!!」
チャラ魔術師は笑いながら手をひらひら振った。
「別にタダでくれって話じゃない。俺の知識と交換な」
「水質、魔力反応、薬効の安定条件、全部まとめて渡す」
俺の中の経営者脳が、即座に電卓を叩いた。
(研究データ=将来の新商品)
(安定条件=安全性)
(維持方法=再現性)
(再現性=量産)
(量産=利益)
「……採用」
俺は即答した。
「いや、違う。提携だ。共同研究」
「それそれ」
チャラ魔術師は指を鳴らす。
俺は条件を“悪徳っぽく”整える。
「湯は無料で提供してやる。その代わり、研究成果は共有」
「新商品が当たったら、利益分配だ。お前にも還元してやる。逃げられないよう契約書も書く」
「うわ、急にちゃんとしてきた」
チャラ魔術師が目を細める。
「名前は?」
「ダンジョンコア一樹。経営者だ」
俺は自慢げに言う。
「お前は?」
チャラ魔術師は帽子をくいっと上げて、笑った。
「カナメ。魔術薬学・研究屋。……まあ、好きに呼べよ」
リンが小さくため息をついた。
「……ご主人さま。女客目当てで雇おうとした人を、共同研究相手にするんですか」
「そうだ」
俺は堂々と言う。
「客も研究も、全部“滞在時間”に繋がる。これがリゾート化の第一歩だ」
「結局、金じゃないですか」
「金は燃料だ。目的は能力回収だ」
「……能力回収?」
「客が増えるほど、俺は能力を吸える。新アトラクションは新能力に直結する」
「宿と飯で滞在時間を伸ばす。稼いで、吸って、強くなって、動けるようになる。全部セットだ」
カナメは俺の湯を小瓶に移しながら、ふっと言った。
「ま、面白いから付き合うわ。あと――」
「あと?」
「“飲む客”の統計、取っとけよ」
カナメはニヤリとした。
「ビジネスになる」
「やめろ!!!」
俺が叫ぶ横で、スパーキーが控えめにバチバチ鳴った。
そして俺のコアは、まだ浮遊の余韻で震えている。
動ける。
動けるかもしれない。
動けるなら――次は“宿”と“飯”だ。
俺のリゾート計画は、いよいよ加速する。




