スパ生活!
俺は――サボテンに押し潰されて死んだ。
そう、あの部屋の隅に置くだけで絵になる観葉植物だ。
きっかけは母さんの言葉だった。
「部屋を片付けなさい。何か世話するものがあれば、もう少し責任感も芽生えるでしょ」
ペットは手間も金もかかる。
じゃあ植物ならいいだろ、と軽く考えた俺は、ジャングル・ドットコムでサボテンを購入した。
――そして翌日届いたのは、まさかのゴジラ級脅威。
箱からドスンと落ちてきて、俺を漫画みたいにペタンコに押し潰した。
巨大な影が俺の顔を覆い、NEET人生は呆気なく幕を下ろした。
ガハハハ!!なんだよこのバカ!!
指をさして腹抱えて笑ってやりたい、この哀れで不運な高校生は誰だよ?!
――俺だ。
ぐすっ……ひっく……うわああああん!!
クソッッ!!!
あれなんなんだよ!?ジャックと豆の木の魔法の豆かよ!?
あれ絶対風力タービン運ぶトラックで来ただろ!?
朝のピーピー音、間違いなくあれだよな!?
父さん、母さん、ごめん!生命保険満額なんてまだ無理だった!
次の人生で絶対返すから!!
――で、俺はどうなったかというと。
勇者にも魔王にも、ましてやスライムにも転生しなかった。
俺は……天然温泉。
いや、正確には、この蒸気立ち込める洞窟を極上スパにする魔力の核、ダンジョンコアになっていた。
今の俺は動けない。まばたきもできない。
俺は水だ。鉱泉だ。泡立つ温泉の湯気そのもの。
意識は温かい水流や滑らかな石の間を漂っていた。
そしてその中心に――一人の女性が浮かんでいた。
いや、女性なんて言葉じゃ足りない。天使だ。
温泉を独り占めするように、湯に身を預けていた。
ふわりと揺れる桃色の髪が湯面に広がり、緑色の癒しの魔力が湯気のように立ち上る。
「はぁぁ……最高……」
普通なら、見下ろせば胴体と足が見える。
そして明日こそ腹筋するって無意味な誓いをする。
だが今の俺は違った。
この洞窟全体を、全方位から同時に見渡せる。
岩も、水も、彼女も。
まるで聖水で動く監視カメラの群れだ。
何か言いたい。でも口がない。肺もない。
あるのは中央の祭壇に鎮座する、赤い巨大な水晶――俺のコアだけだ。
「……バリアが?侵入者?」
革靴と金属ブーツの音が石畳に響き、怒鳴り声が反射した。
入口の方で影が揺れる。
剣と装備で武装した三人組の人間。目はギラギラ、完全に金の亡者だ。
「伝説の《永遠回復の聖泉》だ!見つけたぞ!」
「この水を瓶詰めして売れば大儲けだ!」
「てかあの女、独り占めしてんじゃねぇぞ!」
《このままじゃまずい。私一人じゃ戦えない……!》
天使はふわりと上昇し、羽から飛沫を散らした。
光輪が危うく揺れる。
「ここはお前たちの場所じゃない!」
俺は焦った。
助けなきゃ――!
すると、俺の中心から小さな音が響いた。
《能力解放:ホーリー・ガイザー》
《能力解放:ヒーリング・フロー》
完璧じゃん!
「《ホーリー・ガイザー Lv1》!!」
蒸気を含んだ光の温泉水が噴き出し、三人組を豪快に吹っ飛ばした。
壁に叩きつけられ、滑稽なうめき声を上げる。
「いってぇ……背中の痛み……あれ?消えてる……?」
「十歳若返った気がする!」
「ありがとよ聖泉さまぁ!!もっとくれ!!」
……は?
俺が与えたダメージが、癒えていく……?
傷が治っていく……!
リーダー格のイケメンは鼻を擦りながら立ち上がり、へし折れた鼻筋がピタッと綺麗に戻った。
横のやつは歯が二本抜けて転がったが、笑って吐き出した瞬間――
ピッカーン!
「なんで俺だけ歯戻らねぇんだぁぁ!!」
いやそこ喧嘩しろよ!?
俺は追い出すつもりなんだよ、癒す気ないんだよ!!
天使がギロリと俺を見た。
「このマヌケなコアめ!」
黒い翼の入った小袋を俺に放り込む。
再び能力解放の音。
《能力:エナジー・ドレイン・フロー》
いいね、上出来。
「《エナジー・ドレイン・フロー Lv5》!」
湯が渦を巻き、三人の足元に絡む。
光の粒が体から引き抜かれ、俺のコアへ吸い込まれていく。
「ふざけんなぁぁ!」
「ナイス!」
天使は輝く瞳で俺を見た。
力が満ちていく。
エナジードリンク十本飲んで、ガチャでSSR引いた時みたいな多幸感だ!
リーダー冒険者は岩に突っ伏して寝落ち。
高級スパ水の上で幸せそうにいびきをかいている。
天使は俺のコアの前に優雅に降り立ち、軽くノックした。
「ありがとう」
金の瞳はとろんとして、陽だまりの猫みたいだった。
「最高のダンジョンコアね。水温そのままお願い。まだ入るから」
そして俺は――俺の名は鈴木カズキ。
サボテンに殺された元NEET。
そして今は、世界一不運で、世界一人気の《温泉系ダンジョンコア》。
俺の湯は傷を癒し、魔力を奪い、天使をダメにする。
「なぁ、天使」
「なに?」
「俺の声、聞こえてるよな?」
「もちろん。下等存在の声でも聞こえるわ」
「下等――だとぉ!?!?」
怒りで湯がボコボコ泡立つ。
彼女は完全に無視して湯に沈んだ。
「静かにして。すぐ次の客が来るわよ」
「次の……客?」
――その瞬間、理解した。
冒険者。モンスター。王族。盗賊。英雄。魔族。
全員ここへ来る。
俺を倒すためじゃない。
手に入れるためだ。
利用するためだ。
奪い合うためだ。
俺の温泉は良すぎる。美味しすぎる。利益が出すぎる。
放っておけば、この洞窟は破壊され、泉は干され、
変態貴族に《カズキの入浴水:特級》として売られるに違いない。
そしてこの天使は永遠に居座り、俺に全部やらせる気だ!
ふざけんな!!!
どうせこうなったなら、俺は俺のやり方でやる。
もう侵略されるダンジョンじゃない。
俺が作るのは――《癒しと平和の楽園》。
人間も魔物も喧嘩する暇を与えない極上スパ。
癒されて、金か魔力か供物を置いていって、
俺を生かし、争いを止める温泉にする。
温度は常に最適。
客は全力でもてなし、
強欲な連中は吸い尽くして泣かせる。
サボテンひとつ満足に育てられなかった俺だけど――
この世界の誰か一人ぐらい癒してやれるかもしれない。
「なぁ天使」
「……今度は何」
「お前が先に来たからって、偉そうにすんな。俺たちはビジネスパートナーだ。
これから来る奴らは全員平等だ。
人間も、魔物も、悪魔も、天使もだ。いいな?」
天使は片目だけ開け、じっと俺を見る。
そして面倒くさそうに閉じた。
「ふん」
《エナジー・ドレイン・フロー Lv1》
「答えろよ」
「あとで」
効かねぇのかよ!?天使補正ずるい!!
「返事しろって言ってんだろ!!」
《エナジー・ドレイン・フロー Lv1000》
――気絶した。
おいぃぃ!マジかよ!!
こうして俺、鈴木一樹は――
NEETからスパへ生まれ変わった。
この世界全部、浄化してやる。
嫌でも癒してやる。
天国が俺を受け入れないなら――
俺が作る。湯船から始める天国を。
「覚えてろよ!!絶対また来るからな、ダンジョンコア!!」
三人組は悔しそうに逃げていった。
――そして俺のスパ伝説が、今始まる。




